第20話 兎はとんでもないものを盗んでいきました。

『警告、警告! 本館に不審者が侵入、警備員は今すぐ玄関に集合せよ! 繰り返す。本館に不審者が侵入、警備員は今すぐ――』



 ウォン、ウォン、ウォン、ウォン! と甲高い音が屋敷中に響き渡る。


 さらに耳を澄ませば、バタバタと人が忙しなく動き回っていることが簡単に聞き取れた。


 司馬ちゃんの咆哮が闇夜を切り裂いた5分後の司馬家にて。


 現在俺たちは弾かれたように司馬ちゃんの部屋から脱出し、2階の長い廊下を必死で駆けながら、全速力で司馬邸からに逃げ出そうと、1階へと走り向かっていた。



「チクショウ! うさみんがパンツなんかに気をとられるから、バレちまったじゃねぇか!」

「ワガハイのせいか!? 元はといえば古羊同級生が大きな声を出すから!」

「ご、ごごごご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

「終わったことをグチグチ言っている場合ではありませんよ、みなさんっ! 口を動かしているヒマがあるなら、足を動かしてください!」



 お互いに悪態を吐きながら(若干1名泣いているが)全力疾走で廊下を駆け抜ける。


 その間にも後ろの方から野太い男の「居たぞ! 2階の中央廊下だ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。


 ビリビリとした緊張感が肌をあわ立てる。


 自然と呼吸が荒いものへと変わっていくのに、そう時間はかからなかった。



「ヤバいぞ、どんどん人が集まってくるのじゃ! このままでは捕まるのも時間の問題じゃぞ!?」

「えぇ~んっ!? 助けてお母さぁ~んっ!」

「泣くな古羊! まだ諦めるような時間じゃない!」

「士狼っ!」



 芽衣が鋭く俺の名前を呼び、前方の窓に視線を向けた。


 その窓は、どういうわけか開けっ放しで、頑張れば3人一緒に通れるくらいの大きさだ。


 ……なるほど、そういうことか!


 俺はすぐさま芽衣のやろうとしていることを理解し、小さく頷いた。


 瞬間、パワードスーツの恩恵を得た芽衣の身体がグンッ! と加速。


 その勢いのまま、どこからともなく取り出したハイブリッド偽乳パッド――通称ハイパッド1号を地面に力いっぱい叩きつける。



「全員、目をつむりなさい!」



 芽衣の掛け声と共に激しい閃光が廊下を包み込む。


 その目が眩むほどの圧倒的な光を前に、俺たちを追いかけていた使用人たちが「うぅっ!?」と目元を押さえてうずくまる。


 俺は『なんでパッドに閃光弾なんか仕込んでるの? バカなの? イカレなの?』というツッコミをグッと抑え、廊下を駆ける。


 使用人たちの視力が回復した頃には、すでに芽衣は勢いよく窓の外へと身を放り投げていた。


 そのまま真下にあった木を利用して、器用に降りると、何事も無かったかのように塀の傍へと走り出す。


 それに続くように俺も古羊とうさみんを小脇に抱きかかえ、窓から弾丸の如く身を投げ出した。



「ひゃわーっ!?」

「ナニをするんじゃ1号ぉぉぉぉぉッッ!?!?」

「喋ってると舌噛むぞっ!」



 一瞬の浮遊感のあとに、自由落下という名の不自由な加速が俺たちの身を襲う。


 悲鳴をあげる巨乳とロリ巨乳のお乳さまが重力に逆らうかの如くブルン♪ と大きく揺れるのと同時に、俺は芽衣と同じくパワードスーツの能力をフルに活用して地面へと着地する。


 2階の窓からは俺たちを追っていた警備員たちが驚きの声をあげていた。



「な、なんだあの身のこなしは!? あの2人、本当に人間か!?」

「なんて運動神経してやがるんだ!? 普通に気持ち悪いわ!」



 酷い言われようである。


 ちょっと司馬ちゃん? 使用人の教育が行き届いていませんわよ?


 もっとしっかりしてください!


 俺は2階の警備員たちに中指を突き立て、そのままきびすを返し、塀の傍まで走り出した。


 そこにはもうすでに芽衣が準備万端とばかりに塀に背中を預け、腰を降ろし、両手を重ねて俺が来るのをスタンバイしていた。



「行くぞ!」

「来なさい!」



 芽衣の掛け声とともに、俺は2人を抱きかかえたまま、全速力で走り抜ける勢いで我らが会長さまの元まで急接近。


 そのまま彼女の両手を踏み台に、カタパルトの要領で塀の上まで登りきる。


 すぐさま抱えていた2人を下ろし、塀の下に手を伸ばす。


 途端にパワードスーツで強化された芽衣の脚部がギチギチと唸りを上げ、大ジャンプ。


 3メートルほどジャンプしたところで、芽衣の右手をガッツリキャッチ。



「ファイトぉぉぉぉぉぉっ!」

「いっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」



 気合一閃。


 グイッ! と芽衣の身体を強引に塀の上に引っ張り上げミッションコンプリート。


 そしてどこからともなく4人同時に頷くと、全員揃って司馬邸の外へと飛び降り、闇夜に溶けるようにして司馬ちゃんのお宅を後にした。



「た、助かったよぉぉぉぉぉ~」

「さ、さすがのワガハイもヒヤヒヤしたのじゃ……」

「ぶはぁ~っ!? つ、疲れたぁぁぁぁぁっ」

「ほんと冗談抜きで死ぬかと思いましたよ……」



 追手おってが来ないことを確認し、ようやく足を止める俺たち。


 途端に身体中からドッ! と汗が噴き出してきた。


 それはどうやら他の3人も同じようで、覆面を脱ぎながら荒い呼吸を繰り返している。


 どうでもいいけど、荒い呼吸を繰り返す女の子ってなんかエロいよねっ!



「もうこんなコトはコリゴリだよぉ……」

「そうですね、流石に今回の件で司馬さんの方も警戒しちゃったでしょうし、今後は司馬さんの周りをウロウロするのは控えましょうか。何か別の案を考えないといけませんね」

「あ、危ないことはもうナシだよ、メイちゃん!」

「分かっていますよ。そもそも、今回の作戦立案は士狼なんですから、わたしを責めるのはお門違いですよ洋子」



 必死の形相で芽衣に釘を刺す古羊。


 よほど怖かったのだろう、目元が月の光に照らされてキラキラしていた。


 そんな2人のやりとりを目視しながら、俺は手の甲で額の汗を乱暴に拭(ぬぐ)っていた。



「あぁ、もう緊張やら興奮やらで汗がすごい。ほんと鬱陶うっとうしい!」

「ならコレを使うか下僕1号?」



 そう言ってうさみんは何故か手に持っていた布きれを俺に手渡してきた。


 ほぉ、うさみんにしては珍しく優しいじゃねぇか?


 さては俺に惚れたな?


「うさみんにしては気が利くじゃねぇの。よくハンカチなんて持っていたもんだ。これが乙女のたしなみってヤツか?」

「いやぁ、ワガハイも不思議なんじゃよ。本当は持ってきていないハズなのじゃがなぁ」

「……はっ? じゃあこのハンカチは何だよ?」



 綻びかけた顔がピシリッ、と固まる。


 ……なんだか、すげぇ嫌な予感がする。


 俺は背筋に走り悪寒に突き動かされるように、ロリ巨乳から受け取ったハンカチをその場でペロン♪ と広げてみせた。



 それは明るいキャンディーカラーに、妙にスベスベした生地で作られていて、三角形で穴が三つ開いている、中央にチョコンと小さな赤いリボンがあしらわれている、とてもとてもポップでラブリーな、




「パンティーじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!?」




 グシャッ! とパンティーを握り締める。


 おい、待て! おまえ、コレまさか!?



「うさみん、テメェこれ……司馬ちゃんのパンティーじゃねぇの!?」

「ど、どうやら気が動転して持って来てしまったらしいのう……どうしよう?」

「『どうしよう?』じゃねぇよ!? ほんとどうすんだ、コレ!?」



 司馬ちゃんのパンティを力強く握りながら、頭を抱える。


 俺達の騒ぎに気付いたのか、芽衣と古羊が俺の握り締めているパンツを確認し「ま、まさか!?」といった表情を浮かべた。



「う、ウサミさん!? まさかソレ、持って来ちゃったの!?」

「古羊同級生……どうしよう、コレ?」

「ど、『どうしよう』って……。それはまぁ……返しに行くしかないよね?」

「洋子? アナタ、もう1度あの場所に忍び込む勇気、ありますか?」

「むむむ、無理だよぉっ!? 出来っこなよぉっ!?」

「わたしもです」

「もちろんワガハイも無理じゃっ!」



 と3人同時肯定する。


 もちろん俺だってMU☆RI♪


 正直あの屋敷に再び忍び込むのはもうコリゴリだ。


 ならやるべきことは1つ。



「……明日、さりげなく学校で渡すしかない」

「いや、もう普通に捨てればよくないかえ?」

「ふざけんな! 司馬ちゃんのパンティーを捨てろだと!? 貴様それでも人間かぁ!?」

「そ、そんなに怒るでない、ちょっとしたジョークであろうが」



 突然男に威嚇されたからか、瞳に涙の膜を作るロリ巨乳。


 チッ、これだから素人は。


 コイツは知らないんだ、このパンティーに一体どれだけの価値があるのかを。


 これをウチの高校の野郎カス共に売れば、1年間はお小遣いに困ることはないだろう。


 それほどまでにプレミアムなパンティーなんだぞ!


 テメェの染みつきパンツとはワケが違うんだよ!


 率直に言えば、我が家の家宝にしたいくらいだ!


 まぁ、芽衣と古羊が殺戮者さつりくしゃのような目で睨んでくるから、しないけどさ!



「とりあえず、司馬ちゃんの弱味を握るのは後回しだ。まずはこのパンティーを無事に司馬ちゃんに返すことを最優先目的とする。異論は認めん!」

「えぇ~、それってワガハイも絶対に手伝わないといけないヤツかえ?」

「当たり前だろうが!」



 当然だ、と首を縦に振る。


 瞬間、ガクッ、と肩を落とすうさみん。


「こんなの天才のワガハイがする仕事じゃない……」なんて愚痴りながら、俺の隣をトボトボ歩く。


 そんな彼女と家路につきながら、どうやってパンティーを返すべきか、俺はずっと頭を悩ませ続け――




「ところで士狼? そのポケットに仕舞い込んだ司馬さんのパンツは、一体どうするつもりですか?」

「まさか、ししょーが持って帰るつもりじゃないよねぇ?」

「お、おいやめろ! 満面の笑みで俺に近づくな! ちょっ、やめ!? やめてぇぇぇぇぇっ!?」




 不自然なくらい笑顔な芽衣と古羊にお宝をボッシュートされる。


 瞬間、俺のお股に住んでいたシロウジュニアが「あぁっ!?」と切ない声をあげた。


 ごめんよ、パパが不甲斐ないばかりに……。ホントごめんよっ!?


 結局、司馬ちゃんのパンツは、うさみんが保管するという納得いかない形で、今夜はお開きという流れになった。


 ふと見上げた星空は雲1つない綺麗な夜空なハズなのに、なんでか俺にはにじんで見えた。

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