第26話 例え『それ』が茨の道だとしても……

 人気のいない倉庫の中は、とてもホコリ臭く、正直に言って長居はしたくなかった。


 それでもワタシ、鹿目窓花はここを立ち去るわけにはいかない。



「ま、窓花ぁ~」

「大丈夫だよダイちゃん、ワタシがついているから」



 隣でカチカチと歯を鳴らし、今にも気絶しそうな彼氏に笑顔を向け安心させる。


 そうだ、大丈夫だ。


 絶対なんとかなる、と何度も呪文のように胸の中で連呼する。



「大丈夫……絶対大丈夫だから」



 その言葉はダイちゃんに向けて言ったのか、それとも心が折れそうになる自分に向けて言ったのかワタシにはもう分からなかった。


 バクバクと高鳴る心臓を無理やり抑え込み、薄暗い倉庫の中へと足を進める。


 倉庫の中央ではワタシたちと同い年か、それよりも少し上の男の子4人が、楽しそうに談笑していた。



「うん? おぉ、やっときたか大仏だいぶつちゃ~んっ!」



 男の1人がワタシたちの存在に気づき、気さくな感じでダイちゃんの下の名前を呼びながら近づいてくる。


 それに釣られて他の3人もワタシたちを取り囲むように寄ってきた。


 もう逃げ場はないぞ、と言われているような気がして足が震えそうになる。



「それで? 噂の喧嘩狼ちゃんはどこに居るのかなぁ? んん~?」

「あ、あの……きょ、今日は用事があるみたいで、こ、来れないって。は、ははっ!」

「はぁ? 何ヘラヘラしてんだテメェ? じゃあ金は? 金は持ってきたんだろうな、あぁん?」

「うぐぅ!? く、首締まる……襟首を握らないで……っ!?」



 グッ、とダイちゃんの身体が宙に浮く。


 そんなことおかまいなしに、襟首を掴んでいる男はダイちゃんの身体を強く揺する。



「『うぐっ!?』じゃ分からねぇんだよ! 金はっ!? ちゃんと持ってきてんのか? どうなんだ、おい!?」

「や、やめて! お金ならあるから、ダイちゃんから手を離して!」



 ワタシが叫ぶようにそう言うと、男の蛇のようなヌメッとした視線がワタシを襲った。



「なんだおまえ? 誰?」

「お、オレの彼女です……」

「へぇ、おまえ生意気にも彼女が居たんだ。モテなさそうなナリしてるクセに……ふぅぅぅん」



 その身体中を舐めまわすような、値踏みされているような不快な視線に、思わず眉根を寄せてしまう。


 こんな場所に1分1秒でも居たくない。


 ワタシは鞄から10万円の入った茶封筒を男に渡した。



「ここに10万円入っているから、もうダイちゃんは解放してあげてよ」

「そうだなぁ……いいぜ。解放してやるよ」



 そう言ってあっさりとダイちゃんから手を離す。


 もっと抵抗されるかと思っていただけに、その態度に面を喰らってしまう。


 咳き込むダイちゃんに「大丈夫?」と声をかけつつ、無理やり立たせる。


 目的は果たした、あとは帰るだけ。


 と安心しきっていたところで、



「――代わりに姉ちゃんが、俺らの相手をしてくれよ」

「えっ? キャァァァァァァっ!?」

「ま、窓花!?」



 さっきまでダイちゃんの襟首を握り締めていた男に、思いっきり抱きしめられていた。


 そのままその場で押し倒され、強引に制服の上から胸を揉まれる。



「や、やめて! やめてよ! お、お願いします、や、やめてください……」

「や、やめてくれ! ま、窓花から手を離せ!」

「チッ、うるせぇな……おい」



 男の号令で周りに居た3人が、ダイちゃんを羽交い絞めにして口を封じる。


 最初は抵抗しようとしていたダイちゃんも、お腹を1発殴られると途端に大人しくなってしまった。


 そんなダイちゃんを見て、満足そうに笑みを深める男たち。


 その笑顔がワタシには得体の知れないモノに見えて、ひどく怖かった。



「い、嫌っ! そんなところ揉まないで! や、やめてよ!」

「暴れんなって。すぐ気持ちよくさせてやるからさぁ」

「だ、誰か助けて!」



 もちろん叫んだところで、ここ人気の居ない倉庫。


 助けがくるとは思っていない。


 誰も、助けになんか来ない。


 頭では分かっているけど、ワタシは叫ぶのをやめなかった。



「誰か助けて! 助けてください! 誰か、誰かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 助けを呼びながら、ふと思う。


 あぁ、きっとバチが当たったんだ。


 センパイの心につけこんで騙そうとしたから、神様はワタシたちにバチを与えようとしているんだ。


 悔やんだところでもう遅いのは分かっている。


 だけど1度だけでも、キチンとセンパイに謝っておくべきだったなぁ。



「さて、俺のゴッドフィンガーでヒィヒィ言わせて――」



 瞬間、ワタシの身体に覆いかぶさっていた男が、何の脈絡もなく、いきなり真横に吹っ飛んでいった。



 全員「はっ?」と声をあげ、何が起きたのか分からないという顔をしていた。


 けど、ワタシだけは理解できた。


 蹴りだ。


 蹴り飛ばされたのだ。


 男の手がワタシのスカートの中をいじろうとした瞬間、目には見えないほどの速い蹴りが男の顔を捉えたのだ。


 ゴムボールのように吹き飛んでいった男の姿に、誰もが何も言えなくなる。


 静寂がこの場を支配する。


 が、それも長くは続かなかった。




「すいませぇ~ん、天下一武道会の会場はここで合ってますかぁ?」




 その静寂を破ったのは、本来ここに居るハズのない人だった。


 その間の抜けた声の主に全員の視線が集まり、ワタシは息を呑んだ。


 ど、どうして?


 どうしてあなたがここに居るんですか?



「大神センパイ……?」

「よっ、鹿目ちゃん。久しぶり」



 元気だった? とまるで散歩中にあった知り合いと話すように、気軽に声をかけてくるセンパイ。


 明らかに1人だけ場違いのテンションで、あの人懐っこい笑みを浮かべる。


 久しぶりに見たその笑顔は、ひどく子どもっぽく思えた。

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