第12話 チェリー少年の事件簿

 ママンが我が家に襲来し、俺の『ドキドキ☆テスト大作戦っ!』計画が3日目に突入した月曜日の早朝。


 俺は「日直の仕事がある」ということで先に行った芽衣の代わりに、学校へと続く坂道を古羊と共に歩いていた。



「はいししょー、古文のテスト範囲から問題ですっ! デデンッ♪ サ行変格活用の文語を答えてください」

「あぁ~、アレだ。え~っと、『せ・し・す・する・すれ・せよ』?」

「凄いよ、ししょーっ! 正解も正解、大正解だよぉっ!」



 架空のイヌミミとシッポをブンブン振り回しながら、いつもの調子に戻った古羊が嬉しそうな声をあげる。


 コイツはこういうちょっとした事で盛大に褒めてくれるから、苦手だった古文も楽しく勉強出来てすごくありがたい。



「やっぱりししょーは地頭がいいんだよっ!」

「ガハハハハッ! 褒めるな、褒めるな♪」



 俺の中の自尊心がこれでもかと満たされ、勉強に対しての苦手意識が薄れていくのが自分でも分かる。


 何気に人をノリ気にさせる言葉遣いといい、古羊の天職は学校の先生、もしくは俺のお嫁さんなんじゃないのか?


 なんてことを考えながら、俺は「ふふんっ♪」と得意げに鼻を鳴らした。



「今なら何でも答えられる気がするぜ。歩く六法全書とは俺のことさっ!」

「それじゃ次は公民から出題するねっ? 三権分立は『司法』と『立法』とあとナニで成り立っているでしょうか?」

漢方かんぽう

「うんっ、その分からなくても答えてみるチャレンジ精神はボクも見習わきゃねっ!」

「おいおいっ、ほめ過ぎだバカ野郎~♪」



 自分の知力がメキメキと上達していくのを肌で感じつつ、昇降口前へと辿り着く俺たち。



「答えはね『行政』だよ――っとぉ。もう着いちゃったね。それじゃ続きは放課後にね?」

「おうっ。そんじゃま、後でなぁ」

「うんっ! また後でね、ししょーっ!」



 ぶんぶん手を振りながら2年C組専用の下駄箱へと駆けて行く古羊。


 そんななんちゃってギャルの後ろ姿を見送りながら、俺も自分の下駄箱へと移動し、上履きへと履き替えていると、



「お、大神ィぃぃぃ――ッ!? た、大変だ大神ぃぃぃぃぃ――ッッ!?!?」

「あんっ?」



 名前を呼ばれた気がして振り返ると、廊下の方から我が残念な友人その1である三橋倫太郎みつはしりんたろうこと『アマゾン』が、必死の形相を浮かべながら俺の方へと駆けてくる光景が視界いっぱいに広がった。


 う~ん、爽やかな早朝から見たい顔じゃないや。



「どうしたアマゾン? 朝から暑苦しいぞ、顔面が」

「そんな事言ってる場合じゃねぇぞ!? し、シンデレラマップが……猿野のシンデレラマップがっ!?」

「??? 元気のシンデレラマップがどうしたよ?」



 ちょっと半狂乱のアマゾンにドン引きしつつ、1歩後ろへ後ずさる。


 まったく、こういう男にだけはなりたくないものだ。


 男、いやおとこたるもの常に優雅であれ。


 どんなときでも冷静に落ち着いて対処してこそ、漢の価値が発揮されるというもの。


 廊下を走るだなんて、そんなはしたないマネ、俺には出来ない――




「――さ、猿野のシンデレラマップに×バツ印がっ!?」




 瞬間、俺は廊下を全力疾走していた。


 もちろん、男子トイレに設置されている『シンデレラマップ』を確かめるためだっ!


 もう説明するまでもないとは思うが、一応説明しておこうと思う。


 全国どこの進学校の男子トイレにもあると思うのだが、1番奥の個室トイレのドア裏には各クラスの座席表が張られている。


 俺たちはそれを『シンデレラマップ』と呼んでいた。


 このシンデレラマップ、大人の階段を登った者……つまり魔法使いとなる権利を放棄した軟弱者だけが×ばつ印をつけることが出来るマップである。


 このマップは自己申告制で、そこには絶対に見栄を張らないという暗黙の掟があり……クソッ!?


 無事で居てくれ、元気の元気っ!


 俺は我が親友の息子に想いをせながら、男子トイレへと駆けこんだ。


 一番奥の個室トイレ、そこには2年A組男子一同が集結していて、ガタガタと小刻みに震えていた。



「お、大神……コレ」

「ッ! ど、どいてくれみんなっ!」



 さくらんボーイズ達を押しのけ、個室トイレのドア裏に張られた座席表へと……シンデレラマップへと視線を滑らせた。


 そこにはデカデカと黒のサインペンで×印が書かれていた。




 ――元気の座席表の上に。




「げ、元気の元気が大人になった……ッ!?」



 瞬間、俺が膝から崩れ落ちると同時に、2年A組の野郎共から悲鳴のようなざわめきが奔流ほんりゅうとなって男子トイレを支配した。



「ば、バカなっ!? ありえねぇっ!?」

「さ、猿野が、あの猿野がっ!?」

「な、何かの間違いなんじゃねぇのかコレ!?」

「でもシンデレラマップには、脱出した刻印がしっかりと刻まれているぞっ!?」

「相手はっ!? 相手は一体誰なんだぁぁぁぁっ!?!?」



 そうだ、相手は?


 一体ヤツの相手は誰なんだぁぁぁぁ――ッッ!?!?


 一体誰で俺たち『さくらんボーイズ』から卒業したんだぁぁぁぁ――ッッ!?!?


 あぁぁぁぁぁっっ!?!? と頭を抱えている俺たちに、突如何かを思い出したかのようにアマゾンが「あっ!」と声をあげた。



「どうしたアマゾン?」

「大神……もしかしたらオレ、猿野のカノジョが誰か分かったかもしれん」

「「「「なんだとっ!?」」」」



 アマゾンの言葉にここに居た同志全員が即座に反応した。


 みな無言で『はよ話せっ!』とアマゾンを急かす。


 アマゾンはゆっくりと荒くなった呼吸を整えながら、



「実はさ、2日前の土曜日……見ちゃったんだよ、オレ……」



 な、なにを? と全員の心が1つとなり、俺の口を代弁して現世へとまろび出る。


 アマゾンは右目だけツツーッ、と涙を流しながら、ハッキリと、こう言った。




「アイツが1年のあの司馬葵ちゃんと一緒に――大人のテーマ―パークから出てくる所を」

「「「「なん、だと……っ!?」」」」




 バキィッ!?


 と、今度こそこの場に居る全員の心が折れる音がした。


 ば、バカなっ!? 司馬葵ちゃんだと!?


 司馬葵ちゃんと言えば、今年入学してきた女子生徒の中で、あの大和田信菜おおわだのぶなちゃんと人気を二分する超大型ルーキーじゃないかっ!?


 気がつくと俺は涙を垂れ流しながらアマゾンに詰め寄っていた。



「おいっ、アマゾン!? あのウ●娘界から転生してきたとしか思えない抜群の容姿と脚力で、学年問わず話題になった陸上部の期待のホープ、司馬葵ちゃんが元気とお出かけ、いや『おでけけ』していただと? 寝言は寝てから言えっ! ハイレベルな学校へ入学するための話題づくりか? 全然エレガントじゃないぞ!?」

「嘘じゃねぇよっ! 1年B組在籍、出席番号9番。好きな食べ物は苺パフェ。嫌いな食べ物はブロッコリー。上からバスト79、ウェスト57、ヒップ86の司馬葵ちゃんが猿野と一緒に愛を語らうホテルから出てくる所を、オレはこの眼にしっかりと焼きつけたわっ!」



 俺と同じく涙で顔をグシャグシャにしたアマゾンが、苦悶の表情を浮かべる。


 その瞳はどこまでもにごっていて、ヤツが嘘を言っていないことはすぐに分かり……俺は身を震わせた。


 怖い、神様のイタズラが怖いっ! 


 神は一体なぜ元気と司馬ちゃんをお出かけさせるという愚行を犯したというのか?


 どうして2人は愛を語らうホテルから一緒に出てきたのか?


 そして何気に微塵みじんの停滞もなく司馬ちゃんのスリーサイズを語れるこの男アマゾンは一体何者なのか?


 謎が謎を呼び、スパゲティみたいに絡まり合う疑問。


 とりあえず現状分かることは、ただ1つ!


 司馬ちゃんのスリーサイズはあとで用検証しておこう♪



「ど、どうして猿野とマイスィートハニーがガガガガガガガッッ!?!?」

「美女と野獣じゃねぇか……ファ●ク!」

「ほ、ホテルで一体ナニをしたんだ葵ちゃぁぁぁぁぁ――んっっ!?」

「もう何も信じらんねぇっ! おれは二次元の国に帰るぞぉぉぉぉぉっっ!」

「ママァ――ッ!?!?」



 世界の不条理を呪う言葉が野郎共の口々から飛び出ていく。


 世はまさに大混乱時代。


 そんな混沌と化す男子トイレを浄化するように、朝のホームルームを知らせる予鈴が俺たちの肌を優しく叩いた。



「落ち着け野郎共っ! もうすぐホームルームだ、この混乱をヤツ元気にだけは見せてはならんっ! なんとか平静を保つんだっ!」

「平静を保つったって大神……」

「大丈夫だ、安心しろ。お昼休み、俺が元気にさりげなく司馬ちゃんとヤッたのか聞き出してみせるっ! だから皆、俺を信じて待っていて欲しいっ!」

「「「「お、大神ぃぃぃ――ッッ!!」」」」



 俺たちは男子トイレで熱い抱擁を交わし合った。


 こうして緊急クエスト『猿野元気の疑惑のカノジョを追求しろっ!』計画は発足したのであった。

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