第21話 大神士狼の長ぁ~い1日

 ゴールデンウィーク6日目。


 祭りの終わりを予感させるような寂しい雰囲気が街中に漂い始め、新入社員が退職代行サービスに電話をし始めるこの時期。


 俺はここ数日の激務が嘘だったかのように、布団の中でまったりとした時間を過ごしていた。


 本来であれば、このまま布団さんとしっぽりイチャイチャ❤ しながら夢の世界へ出航ボンボヤージュする所なのだが……俺の指先は自然と枕もとに置いてあったスマホへと伸びていた。


 そのままゴロンッ、と横になりながら、特に意味もなく『佐久間亮士』という名前を検索エンジンに入力してしまう。


 すると我が心の愛読書バイブルである『月刊 イケメンパラダイス』の公式サイトで彼の詳細な情報がズラリッ! と並んでいた。




 ――佐久間亮士。


 県立星美高校在籍の2年生。


 中学の頃から上級生・下級生問わず、生徒達からの信頼が厚く、高校に入学してから3カ月足らずで生徒会長に就任。


 剣道部に所属しており、インターハイ優勝経験アリと文武両道。容姿端麗。眉目秀麗びもくしゅうれい。偉才秀才。


 とくに剣道に至っては100年に1人の逸材として、残りの4人の天才と合わせて『五剣帝ごけんてい』と呼ばれ、剣道界の歴史を塗り替える人物として注目を集めている。


 性格は明るく社交的で、誰に対しても分け隔てなく優しい人気者。



「……どこかで聞いたことがある言葉だなぁ」



 俺の脳裏に1人の腹黒女会長の姿がよぎった。


 が、すぐさま脳のすみっこに追いやり、佐久間についての文章を読みふけっていく。



「えーと……『親は星美病院の院長で、本人も将来は家を継ぐべく勉学にいそしんでいる。また剣道部副部長でもあり、現在でも既に多くの大学からスカウトの声がかかるほど。バレンタインでは軽トラ3台分のチョコが送られてきたという逸話もある。さらには見識を広めるべく読者モデルもやっており、彼が載った雑誌は必ずと言っていいほど売り切れる』……ねぇ。なるほど、なるほど」



 俺はスマホを放り投げ、「んん~っ!」と布団の中で大きく背伸びをした。


 とりあえず1つ学んだよ。


 この胸に湧き起こるラードのような粘つき、それでいてドライアイスよりも冷え切り、マグマよりも煮えたぎるこの感情。なるほど、これが殺意か。


 見なきゃよかった☆ いやマジで。


 なんだよあの男……異世界転移者か何かなのか?


 もう玉座で女の子をはべらかしながら、下卑た笑みを浮かべる『なろう』主人公にしか見えないよ。


 そのうちスマートフォンを持って異世界に転生しそうだ。


 明らかに俺とは人間として、いや男としてステージが違い過ぎる。


 少女マンガでも中々いないぞ、こんな男?


 まさに女の理想を体現したかのような完璧な人間だ。


 どれくらい完璧かと言えば、『まるで将棋だな』とかほざきながら真剣に囲碁を打っているくらい完璧な人間だ。……頭がおかしいのかな?


 しかし、そんな完璧人間と羊飼の間に一体何があったのか? う~ん?



「あ~っ、考えても埒があかねぇ」



 殺意の波動に目覚めかけた俺は、頭をブンブン振るや否や、布団に潜って静かに横になった。


 ダメだダメだ、せっかくのお休みの日に余計なことを考えるのはナンセンスだっ!


 休む時はとことん休む、それが大神スタイル☆


 俺はベッドの上に手足を放り、ついでにプライドも放って、目を閉じた。


 ここ数日ずっと慌ただしく働いていたおかげか、目を閉じればすぐに睡魔が。




 ――ピーンポーン。




「……んぁ? 誰だよこんな朝早くに?」



 微睡まどろんでいた意識を無理やり覚醒させるような呼び鈴の音に、思わず顔をしかめてしまう。


 おいおい、一体誰だぁ? 俺の眠りを妨げようとする不届き者は?


 世が世なら打ち首獄門だよ?



「誰か居ねぇのか? ……って、そうか。今、俺しか居ねぇのか」



 ママンは普通に長期出張中だし、パパンはお友達と旅行中、我が偉大なる姉上に至っては、



『あたしより強いヤツ会いに行ってくる』



 なんて言って大学病院内の入院患者さんにボランティアとしょうしてゲームの楽しさや対戦の熱さを教えに……いや違うな。

 

 正確には【ベテランゲーマーの方々に勝負を挑みに行った】という方が正しいな、うん。


 俺も1度付き添いで行ったことがあるのだが、何故か我が姉が足繁あししげく通っている大学病院内の入院患者さんたちは、全員漏れなくメチャクチャ格闘ゲームが強いのだ。


 その腕前はもはや全国を通り越して世界レベル。


 もうね、みんな洒落になんないくらい強いなんの。


 大学病院って言うより暗黒武術会の会場って言われた方がしっくりくるレベルでみんな強いのね。


 病室なんてもはや天下一武道会の控室みたいな状態になってたからね? って、なんの話をしてたんだっけ俺?


 あぁそうだ、今現在、我が家には俺しか居ないから、対応できる人間は誰も居ないってことだった。



「まぁ、ほっときゃ帰るだろ」



 さてそれじゃ、もう1度布団さんとイチャイチャゴロゴロ♪ するべく目蓋を閉じて―― 



 ――ピーンポーン。



 ――ピンポン、ピンポーン。



 ――ピーンポポポポポポポポポポポポポポポポーン。




「うるせぇぇぇぇぇぇぇ――ッッ!?!?」



 高橋名人もビックリの呼び鈴16連射に、堪らず布団から跳ね起きる。


 何だこの質の悪いイタズラは!?


 クイズ王でももっと優しくボタンを押すぞ!?


 まるで「壊れろ!」と言わんばかりの連打である。


 コイツは我が家の呼び鈴に恨みでもあるのだろうか?



「もう我慢出来ねぇっ!」



 俺は一言文句を言ってやろうと、大股で玄関まで行き、勢いよく扉を開けた。



「うるせぇっ!? 今何時だと思ってんだ!?」

「……朝の9時よ」

「あれ、もうそんな時間だった? って、はいっ!? は、ははは、羽賀先輩っ!? と、古羊に羊飼。それに廉太郎先輩も!?」



 玄関を開けると、そこには我らが生徒会役員が全員集合していた。



「お、おはようししょーっ!」

「おはようございます大神くん」

「おはようシロちゃんっ! 今日も気持ちがイイ朝だね!」

「あっ、これはご丁寧に、おはようございます――じゃなくて!? なんで全員ウチに居るんですか!?」



 順に古羊、羊飼、廉太郎先輩と三者三様の挨拶を交わし、目を剥く俺。


 えっ、なんでみんな我が家に全員集合してるの? 8時じゃないんだよ? 今は9時なんだよ? 


 と、1人混乱している俺を無視して、羽賀先輩が不機嫌な顔を隠すことなく、



「……来ちゃった」

「来ちゃいましたかぁ~……」



 かつてここまで嬉しくない「来ちゃった♪」が存在しただろうか? 


 おかしい、姉貴の部屋から借りて読んだ少女マンガでは、こういうときヒロインは必ず男にトゥンク❤ するはずなのに、羽賀先輩の瞳からは俺への憎しみしか感じ取れない。


 何この人? 我が家に何しに来たの? 嫌がらせ?



「も~う、ネコちゃん? ダメじゃないか、罰ゲームなんだからもっと可愛く『来ちゃった♪』って言わないとぉ~。あっ、なんなら猫耳も貸そうか? 今ちょうど持ってるから――うっ!?」

「……すみません会長、ちょっとこの生ごみを処分してきますね?」



 羽賀先輩の右フックにより、一瞬で意識を刈り取られた廉太郎先輩がズルズルと引きずられて我が家の中へと消えていく。……って、ちょっと待て!?


 なんでこの人たちは普通に我が家に入ってきてんの?


 というか、その動かなくなった廉太郎先輩をどこに連れて行くの? あの世?



「ちょっと!? なに勝手に我が家に上がってるんですか先輩っ! というか罰ゲームってなに!? 俺と話すことがですか!?」

「ち、違うよししょーっ!? ば、罰ゲームっていうのは、誰がししょーの家の呼び鈴を押すかってことで、そこに廉太郎先輩の悪ノリが重なっただけなの!」

「な、なんだそうか」



 ほっ、と安堵の吐息をこぼす。


 よかったぁ、危うく死んじゃうところだったわぁ。


 ……いやっ、良くないねぇ。何も良くないねぇ。


 だって何の疑問も解決してないんだもん♪



「おい羊飼よ、これは一体どういうつもりだ? 俺に恨みがあるのは知っているが、別にアレのことを言いふらすつもりは俺にはないぞ!」

「別に恨みなんかありませんよ、それとアレの話しはしないでくださいね? 殺すぞ?」



 先輩たちも居るせいか、いつもの猫を被ったエンジェルスマイルの状態で俺に語りかける羊飼。



「そもそも今回の件については、わたしは無関係です」

「無関係、だと?」

「えっと、実は前からししょーにナイショでししょーの歓迎会をやろうって企画してたの!」



 羊飼の代わりに古羊が照れた様子で口を開いた。


 お、俺の歓迎会?


 俺の歓迎会だと!?(大事なことなので2回言ったよ♪)


 こ、こんなことまでしてくれるなんて、コイツ、いい子すぎるだろ!? 結婚しよ?



「実はししょーの家でケーキを作ろうと思って材料も買って来ちゃったんだけど……ダメだった、かな……?」

「い、いや! いやいやいやっ! 全然まったくこれっぽっちもダメじゃねえよ!」

「ほ、ほんとに?」

「おうっ! むしろ女の子の手作りケーキが食べれてラッキー☆ ってくらいで……あっ、とりあえず上がれよ」



 古羊は、ほにゃ、とした笑みを浮かべると、「お邪魔します」と言って我が家に上がった。


 そのまま「それじゃ、台所借りるね?」と言って居間の方へと消えていく古羊。


 その後ろを羊飼がしずしずとついて行き、



「洋子と廉太郎先輩がどうしてもやりたいって言うから、仕方なくね」

「暗に『自分はやりたくない』アピールとかしなくていいから、知ってるから」



 相変わらず、一言多い女である。


 かくして俺の運命をまたもや激変させる長ぁ~い1日は、こうして騒がしく幕を上げたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る