第20話 狂い始めた日常

 ゴールデンウィーク5日目。


 羊飼との『わくわくデート大作戦♪』を終えた2日経ったある日の昼下がりにて。


 残すところお休みも今日を入れてあと3日となったこの時期に、俺はこの休みの間に溜まった生徒会としての仕事を消化するべく、昨日から企業戦士よろしくサービス残業に身を投じていた。



「……以上が各自の今日の予定になります。忙しい1日になるとは思いますが、みなさん頑張ってください」

「「「はいっ!」」」



 生徒会室でのお昼のミーティング。


 もうすっかり生徒会の雰囲気に慣れた俺は、古羊や廉太郎先輩と一緒に元気のいい返事を羽賀先輩に返してた。


 最初は半ば強制的に始めさせられた生徒会だが、今となってはほんの少しだけやりがいを感じている。


 ほんと「ありがとう」は人生のご褒美だよね!


 さあ今日もバリバリ仕事するぞ!


 と、やる気に満ち溢れている新入社員フレッシュマンな俺とは対照的に、ボケーとしている人物が1人。



「…………」

「……それと会長には今日中に済ませて欲しい書類があるので、そちらを優先して――会長? 聞いていますか?」

「えっ!? あ、あぁ、ごめんなさい。何でしたっけ?」

「……いえ、ですから書類を――大丈夫ですか会長? 顔色が悪いようですが?」



 羽賀先輩が心配そうに羊飼の顔を覗きこむ。


 すると、もう仕事に取り組んでいた廉太郎先輩が帳簿を見て「んん?」と眉を吊り上げた。



「あれれ?」

「どったんすか廉太郎先輩? そんな萌えキャラみたいな声を出して?」

「いやね? ちょっと気になることがあって……うん、やっぱりだ。めぇちゃん、ここの帳簿の計算また間違ってるよ?」

「ほ、ほんとですか!? す、すみません! すぐ直しますから!」

「いや、これくらいなら僕が直しておくよ」

「……本当にすみません」



 しゅんっ、と肩を落とす羊飼。


 遊園地で羊飼と古羊が中学時代のクラスメイトと再会して2日。


 どうもあの日以来、我らが羊飼の様子がおかしい。


 なんというか、ボーとしていることが増えたというか、今みたいに小さなミスを連発することが増えたのだ。


 最初は役員全員、「たまにはこんな日もあるか」と楽観的に捉えていたのが、こうも短時間で連続してミスが起こるとなると、さすがに看過できなくなってくるわけで。


 今まで完璧に仕事をこなしていた手前、みんな「どこか体調が悪いんじゃないか?」と心配しているようだ。



「なぁ~んか『あの日』以来、羊飼の様子がおかしいよなぁ。あっ!? 『あの日』って言っても別にいやらしい意味じゃないからな!? 勘違いしないでよねっ!」

「今日もししょーは平常運転だね」



 ここ最近で俺の扱いにだいぶ慣れたのか、倦怠期けんたいきの人妻並みにフラットな口調でそうつぶやく古羊。


 そんな軽快なやり取りをしている間にも、羊飼がまたミスをしたようで、目を通していた書面がビリビリに破れていた。



「だ、大丈夫かなぁメイちゃん?」

「いや大丈夫じゃねぇだろアレ? はやく何とかしないと倒れるぞ……羽賀先輩が」



 青い顔を浮かべながら必死に羊飼のフォローに回る羽賀先輩を眺めながら、1人しんみりと頷く。


 もともと体力が無い人なのか、羽賀先輩の顔は妙に疲れ切っていて、今にも倒れてしまいそうだった。


 これは我らが偉大なる先輩の心の安寧(あんねい)のためにも、羊飼には早くもとに戻って貰わなくては。


 そのためにも、まずは隣のなんちゃってギャルの力を借りることにしよう。



「ところでアイツ、昔、あの佐久間って『元カレ』と何かあったワケ?」

「な、なんで今ソレを聞こうと思ったのかな?」

「いやだって、アイツに会ってから羊飼の様子がおかしくなり始めたし。それに2人のやりとりからして、なんだか『ワケあり』って雰囲気がぷんぷんするし」



 どうなの? と視線で問うと、古羊は観念したかのように小さくため息をこぼした。



「ハァ……確かにししょーの言う通り、メイちゃんと佐久間くんには浅からぬ因縁があるよ」

「やっぱり」

「でも――」



 羊飼を一瞥いちべつした古羊が、少し逡巡しゅんじゅんした様子を見せながら意を決したように口をひらいた。



「でも、その件に関してだけはボクの口から説明することは出来ないんだよ」

「なんで?」

「メイちゃんの過去に関わる大事な話だから」

「羊飼の過去?」

「うん。だから聞くならメイちゃんに、直接聞いてみて」



 古羊はまっすぐ俺の瞳を見据えながら、



「でももし、ししょーがその話を聞いて何かを感じたのなら、メイちゃんを……けてあげて? 結局それは、ボクには出来なかったことだから」

「えっ?」



 それだけ伝えると、古羊は苦笑交じりの笑みを溢しながら羊飼のもとへと歩いて行った。


 俺は彼女が残した言葉の意味がよく分からず、その場で立ちつくした。


 ただ、彼女が置いていった言葉だけがやけに耳に残った。







『もし、ししょーがその話を聞いて何かを感じたのなら、メイちゃんを――助けてあげて?』

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