第18話 嵐の前の……

「いいか古羊? やめるときも、すこやかなるときも、俺の傍から離れるんじゃないぞ? ずっと傍に居るんだぞ? ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ!?」

「ししょーっ? なんだかししょーの手、すごくプルプル震えてるよ?」

「武者震いだな、きっと」



 芽衣に見捨てられた10分後のお化け屋敷内の廊下にて。



 俺は何故か俺たちを尾行していたハズの古羊と合流し、彼女の柔らかいお手々を宝物のようにギュッ! と握りしめながら出口に向かって歩き続けていた。



「あっヤバい。汚い言葉出ちゃう。ふぁっく、おふぁっく! 破壊っ! 汚職っ! 絶望っ! ふるさと納税っ! 羊飼めぇぇぇぇぇぇいっ!!」

「メイちゃんは別に汚くないよ?」

「いやいや、あの性根と意地はとんでもなく汚い――きぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?」



 バンッ! と勢いよく物陰からのっぺらぼうの男が出てきて、絹を裂いたような声音が俺の口から溢れ出る。


 まさか生娘のような声を自分が出すとは思わなかった。


『きぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?』とか生まれて初めて口にしたよ、俺。


 どっから声が出たんだ今?



「うぅ、ぐすん……もうお家帰る」

「だ、大丈夫っ! 大丈夫だよ、ししょーっ! もうすぐ出口だから、頑張って。ねっ?」

「ほ、ほんとに?」

「ほんと、ほんとっ! あと少しで出口だよっ!」



 そう言って俺を安心させるようにやんわりと繋いだ手に力をめる古羊。


 あぁ、癒される……結婚したい。


 古羊のおかげで俺の中で一握りの勇気と婚活意欲がムクムクと復活してくるのを感じる。


 よしっ、頑張ろう。


 頑張ってここから脱出して、古羊と子作りをしよう。そうしよう。



「もうちょっとで出口だから、頑張ろう、ししょーっ?」

「……うん、頑張る」

「……ししょー、弱ってるときは可愛いね?」



 何故か古羊の瞳が一瞬、肉食獣のような危ない光を発したような気がしたが、きっと気のせいだろう。


 俺たちは1歩、また1歩と歩みを進めていく。


 もちろん無言で歩いていると今にも膝から崩れ落ちそうなので、気を紛らわすための雑談は忘れない。



「そういえば、すっげぇ今さらな質問なんだけどさ」

「うん? なにが?」

「なんで今日、朝から俺たちを尾行してたんだおまえ?」

「えっ? ……えっ!? ば、バレてた!? バレてたのっ!?」

「えっ? アレでバレてないと思ってたの?」



 だとしたら将来が心配になるレベルで可愛すぎるんですけど?


 可愛すぎて思わず唇を奪っちゃうところなんですけど?


 と、俺がそう口を開くよりもはやく、古羊がアワアワしながらそのメープルシロップに漬けたような唇を動かした。



「ち、違うよ!? アレは別に尾行とかそういうのじゃないよっ!」

「あっ、そうなん? ならなんでストーキングしてたのん?」

「それ同じ意味だよね!? だから違うよぉっ! アレは尾行でもストーキングでもなくて……そうっ! 男性恐怖症克服の特訓だったんだよっ!」

「マジか。おまえ自主練してたのかよ」

「う、うん。ししょーやメイちゃんにばっかり頼るワケにはいかないからね」



 キョロキョロキョロキョロ、と瞳が高速で左右にバタフライ泳法をかましている古羊を見つめながら、思わず感嘆の声をあげてしまう。


 こんな休みの日でも頑張って苦手を克服しようとするなんちゃってギャルの心意気に、俺の好感度はガソリンの原油価格並み爆上がりである。


 アニメや漫画やア●カツやプ●キュアでもそうなのだが、目標に向かってコツコツ頑張る女の子はどうしてこう神々しく、俺たち大きなお友達の胸を激しく打つのだろうか?


 なんていうかもう、エッモ。


 やっべエッモ。


 うそエッモ。


 ちょっ、エッッッッモ!


 ……エモォ。



「やっぱおまえスゲェな。師匠として鼻が高いぜ」

「あ、ありがとう」



 ツツー、と俺の視線から逃げるように顔を逸らす古羊。


 その表情はどこか気まずそうで……なんだコイツ照れてんのか?


 ハハッ、と古羊の乾いた笑い声がコロコロと床に転がり落ちる。



「あ、あぁ~っ!? 見て見てししょーっ! 向こうの扉が明るいよ? きっと出口だよっ!



 ちょっとワザとらしくテンション高めの古羊が指差す病室の先には、確かに淡い光が差し込んでいて、



「よっしゃ! よくやった古羊っ! これで俺を置いてこぼりにしたあの腹黒虚乳娘のハリボテおっぱいを、心の底からバカに出来るぞっ!」

「どうせ仕返しされ返されるから止めときなよ……って、うわわっ!? そんなにグイグイ背中を押さないでよぉっ!?」



 はやく、はやく♪ と急かすように古羊の背中を押しながら、若干の早足で出口へと駆け出す俺たち。


 そのまま出口を駆け抜けると、視界が一瞬だけホワイトアウト。


 だがすぐさま目が慣れ、視界が明瞭めいりょうになり、ジェットコースターやらコーヒーカップやらのアトラクションに乗っているゲスト達の悲鳴やら笑い声が鼓膜をくすぐり、お天道様てんとうさまの居る現世へと帰ってきたことを実感する。


 あぁ、光が満ち溢れる世界、なんと素晴らしい世界。


 この素晴らしき世界に祝福をっ!


 と爽やかな気持ちでいられたのは、ほんの数秒だけ。


 係員さんの「お疲れ様で~す」という労いの言葉を無視して、我らが生徒会長様を回復した視界でギョロギョロ探す。



「どこだぁっ!? あのハリボテ虚乳娘はぁぁぁっ!?」

「お、落ち着いてししょーっ? 初号機よりも初号機らしくなってるよ?」

「うるせぇぇぇっ! 俺はあの女のハリボテおっぱいを見て『ピピッ! チッ、バストサイズAカップ戦闘力たったの5か……ゴミめ』ってスカ●ターごっこをしてやるんだぁぁぁぁ――っ!!」

「だから止めときなよ、絶対泣いちゃうよ? 主にししょーが」



 まるでおバカな子犬を見守る飼い主のような生温かい視線を向けてくるなんちゃってギャル。


 安心しろ古羊、そのあとキチンとお口直しとして、おまえのBIGパイパイを眺めながら『ピピピッ! バストサイズCカップ……Dカップ……バカなっ!? まだ上がるだと!?』と偽乳ぎにゅう特戦隊ごっこをしてやるからさ!



「ッ! 見つけた、見つけたぞっ! めぇぇぇぇぇぇぇ――いっっ!!」

「ま、待ってよししょーっ!?」



 クレープ屋の前で男2人に声をかけられている女神さまを発見するや否や、間髪入れずに彼女のもとまで走り出す。


 大神士狼の名において命ずるっ! 我が足よっ、今だけ羽より軽くなれっ!


 古羊の「速いよししょ~っ!?」という泣き声を置き去りにして、芽衣のもとまで全力ダッシュしていて、ふと気がつく。



「おいコラ、よくも俺を置いてけぼりにしたなっ!? ――って、うわっ!? ど、どうしたその顔!? 真っ青じゃねぇか!?」

「お、大神くん……」



 どうやら恋人ごっこは終わったのか、山で1人遭難したような登山者のように血の気が失った顔で俺を見てくる芽衣、いや羊飼。


 その身体はガタガタと震えていて……なんでコイツこんなに怖がっているんだ?



「おい、大丈夫かよ羊飼? とりあえずどっかの店に入って休憩でもするか? あっ、休憩って言ってもエロい意味じゃ――」

「え~と、ちょっとお話中のところゴメンね? 君は芽衣の知り合いかな?」



 ――ないよ、と言いかけた俺の言葉を奪うように、芽衣と相対していた野郎が言葉をつむいだ。


 そこでようやく俺は目の前の男たちを視界に納める。


 なんだ、なんだ?


 もしかして芽衣のヤツ、一丁前にナンパでもされてたのか? 


 まぁ性格はともかく、顔だけは絶世の美少女だし、そりゃ1人で居たらナンパくらいされるか。


 俺は声をかけてきた野郎に見栄を張って「カレピです♪」と言おうとして……言葉を失った。



「えっと、そんなにマジマジと見つめられると照れちゃうんだけどな?」



 ボクの顔に何かついていたかな? と、苦笑を浮かべる野郎に呼吸を忘れて見入ってしまう。


 俺の目の前、そこにはテレビでしか見たことがないようなイケメンが立っていた。


 歳の頃は俺たちと同じか、少し上だろう。


 落ち着いた雰囲気のせいか、やけに大人っぽく見える。


 その整えられた顔は、なんだか作り物の人形のようだ。って、ちょっと待て?


 イケメンの隣に居るあの勉強が出来そうな髪型の少年は、もしかして少年Bか!?


 なんかもう情報量が多すぎて、脳内処理が追いつかないですけど?



「もう、速いよししょ~っ!? そんなに慌てなくてもメイちゃんは逃げない――ッ!?」



 と、俺のあとを追いかけて来ていた古羊が目の前のイケメンを視界に納めるや否や、ギョッ!? と大きく目を見開いた。


 どうやら俺と同じく目の前のイケメンの美貌に驚いている……ということではないらしい。


 なんせイケメン君を視界に納めた瞬間、古羊の瞳に烈火の如き怒りと、剣呑の色が浮かびあがったのだから。


 古羊は俺の脇を走り抜けると、ガタガタと震える芽衣とイケメン君を遮るようにその豊満な身体を割り込ませた。



「やぁ、久しぶりだね古羊さん。中学以来だから2年ぶりかな? 元気だった?」

「……よくメイちゃんの前に顔を出せたね、佐久間さくまくん?」

「そんな怖い顔しないでよ。いやぁ、まさかこんな所で『偶然』中学の同級生に会えるだなんて、嬉しいよ」

「ボクは2度と会いたくなかったよ」

「ハハハッ、手厳しいなぁ」



 爽やかに苦笑を浮かべるイケメンくん。


 そんな彼とは対照的に、がるるるるるるるっ! と人当りのイイ彼女にしては珍しく敵意剥き出しでイケメン君を睨む古羊。


 って、うん?『佐久間』?


 はて? どっかで聞いたことある名前だけど……どこだったっけ?


 と、首を捻る俺に気がついたのか、例のイケメン君がそのアンティークじみた精緻せいちな唇を動かした。





「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクの名前は佐久間亮士さくまりょうし。県立星美高校の2年生で、そこに居る羊飼芽衣さんの『彼氏』だった男だよ」





 そう言ってほがらかに笑う佐久間亮士との出会い、いや再会が羊飼芽衣の生活を一変させることになるなんて、俺はおろか本人すらも知らなかった。


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