第17話 メインヒロインは遅れてやってくる

 お化け屋敷に足を踏み入れた瞬間、ヒヤッとした冷たい空気が肌を撫で、思わずビクッ! と絶頂直後の生娘きむすめのように身体を震わせてしまう。


 もう使われていない病院をそのまま使っているのか、受付のロビーに居るだけで背筋がゾワゾワしてくる。


 だ、大丈夫? これケガとかしない?


 ゴクリッ、と生唾を飲みこむ俺を無視して係員さんの話に耳を傾ける芽衣。


 その内容はまぁ、簡単な注意事項みたいなもので、オバケはスタッフがやっているモノもあるので殴る蹴るなどの暴力行為はしないでくださいといったものだ。


 正直ネタバレというか、係員さんのおかげで『作り物だよ♪』感が充満し、ちょっとだけいつもの冷静さを取り戻すことに成功する。


 が、1歩ロビーから抜け廊下に飛び出ると、すぐさま引き返したい衝動に駆られてしまう。



 そこには異質な空間が広がっていた。



 舞台はもう廃墟になった病院。


 その病院は『病院』とは名ばかりで、入院患者に無許可で人体実験を繰り返し、生物兵器を造り上げていた怪物製作所モンスター・ファクトリーだった。


 参加者はモンスターが徘徊するこの病院の秘密を解き明かし、無事脱出することを目的とした『お化け屋敷』×『謎解き』を合わせた新感覚のアトラクションホラーで……うん。


 ……もう、帰りたい。



「おぉ~、けっこう暗いわねぇ」



 わくわく♪ といった様子でキョロキョロ辺りを見渡す芽衣。


 芽衣の言う通り廊下は薄暗く、ごく最低限の明かりしかない。


 しかもその光源の配置が巧妙に視線を誘導するように置かれていて、おどろおどろしいシンボルやら飛び道具的な人を驚かせるアイテムが隠れるように鎮座していて……ふぅ。



「やれやれ、子ども騙しもいい所だな。――芽衣っ! ちょっと手ぇ握っててくれ、チビりそうだっ!」

「なに強気で情けないこと言ってんのよ……」



 呆れたような表情を浮かべながらも、「しょうがないわねぇ」と俺の手を握ってくれる我らが生徒会長様。


 まったく、俺じゃなければうっかり惚れてプロポーズしている所だぞ? 気をつけろよな!


 と、注意しようとしたタイミングで、




 ――バンッ!




 と、突然生首が俺たちの目の前に飛び出してきた。


 瞬間、間髪入れずにび媚びの口調で俺に抱き着いてくる芽衣。


「きゃぁ~、こわぁ~い♪ 助けてぇ、しろぉ~?」

「うわあああぁぁぁぁァァァ――ッッッ!?!? 出たぁぁぁぁぁぁ――ッッ!? こ、こここ、殺されるぅぅぅぅ――ッッッ!?!?」

「なんでアタシよりもビビってんのよ……」



 飛んできた生首を押しのけながら、呆れたようにそううそぶく芽衣。


 だが残念ながら今の俺は彼女を相手にしている余裕はない。


 なんせ気を抜けばすぐにでも膝から崩れ落ちてしまいかねないほど、両足がプルプル状態。


 なんならトコロテンよりもプルプルしている。


 まさに気分は生まれたてのメスブタッ!



「ちょっ、芽衣さん!? 置いて行かないで!? もっとゆっくり歩いて! 俺を1人にしないで! 優しく愛をささやいて!?」

「要望が多いわね。ってちょっと? そんなに引っつかないでよ、歩きにくいでしょ?」

「嫌だッ! 死が2人を分かつまで、この手は絶対に離さないっ!」

「想いが重いわ……もしかして士狼?」



 ギュッ! と芽衣の身体にしがみついていると、我らが生徒会長様は何かに気がついたのか瞳をキラッ! と輝かせ、ひっじょ~~~~に嫌ぁ~な笑みを頬にたたえて、





「アンタ、怖いの苦手だったりする?」




 と言った。


 おいおい、いきなりナニを言い出すんだ、このあまは?


 知的でクールなナイスガイの俺がこの程度の子ども騙しにビビるワケがないだろう?



「怖い? 何が? What? というか怖いってなに? 誰か俺に怖いって感情を教えてくれぇい」

「そっ。それじゃアタシ、ちょっとクレープが食べたくなったから先に1人で行くわね」

ウェイト待ってウェイト待ってッ!? ウソウソっ! 怖い、超怖いっ! だから俺を1人にしないで、ずっと傍に居てっ!?」

「最初からそう言えばいいものを……」



 俺の手を振り切って、さっさと歩いて行こうとする芽衣に慌てて泣きつく16歳男子の図。


 おそらくはたから見ていれば、最高のエンターテインメントを提供していたことだと思う。


 でもごめんね? もう周りに気を配ってる余裕とか全然ねぇから!


 お化け屋敷、超怖ぇぇっ!?



「ひぃぃぃっっ!? 首のない人間が立ってるぅぅぅぅ――っっっ!?!?」

「落ち着きなさい、アレはマネキンよ」

「ひぎぃぃっっ!? 青色の火の玉がビュンビュン飛びってるぅぅぅぅ――ッッ!?!?」

「ただの炎色反応よ」

「うわぁぁっっ!? 俺の隣にすっげぇ美少女が居るぅぅぅぅぅぅ――ッッ!?!?」

「そりゃどうも」

「ほげぇぇっっ!? 壁にムカデがぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?!?」

「人生楽しそうね士狼」



 さまざまな意地の悪いトラップに引っかかりながらも1歩、また1歩と出口に向かって前進する俺たち。


 俺は持前のレディーファースト精神を十二分に発揮し、芽衣を先頭に微速前進していく。


 危ない場所にまず足を踏み入れるときは、何が何でも女性に先に行ってもらって安全を確かめないとねっ!


 ほんとレディーファースト万歳っ!


 俺のフェミニストぶりに胸がキュンキュンしているのか、死んだ魚のような目で俺を見てくる芽衣。


 もしかしたら惚れられたかもしれない。



「これだけ怖がってもらえたら、スタッフの方も嬉しいでしょうよ――うん? あれは……」

「ど、どうした芽衣? そんなマジマジと俺の後ろなんか見て? も、もしかして誰か居るの!?」



 ちょっ、怖くて振り返れないんですけど!?


 誰ぇ? 誰が居るのそこにぃっ!?


 ぷるぷると震える俺の背後に視線をよこしていた芽衣が、急に何かを考えるように「ふむ」とそのシャープな顎に指先を這わした。


 かと思えば何かを思い出したかのようにパチンッ☆ と指先を鳴らしてみせた



「今の大神くんなら、そうそうデリカシーの無いことは言わないだろうし……。よしっ!」

「め、芽衣さん? なんで俺から距離を取るの?」



 何故か俺の身体をグイッ! と押し退け、数歩距離を確保する我らが女神さま。


 戻っておいで? さぁ、怖くない、怖くない――と、風の谷に住む少女のような面持ちで芽衣を見るのだが……なんかすっげぇ意地の悪い顔をしているのよね、彼女。


 あっ、ヤバい、何かヤバいッ。


 と思ったときにはいつもアフター・フェスティバル。


 気がつくと芽衣は俺をその場に置いて早足で出口へと駆け出していた。



「ちょっ、芽衣さん!? どこ行くの!?」

「ごめんね士狼? ちょっと屋台のクレープが食べたくなったから先に出口で待ってるわね?」

「えっ、嘘でしょ芽衣さん!? 芽衣さぁぁぁぁぁぁぁぁ――んッッ!?!?」



 俺の悲痛な叫びを追い風に、さっさとその場から遁走とんそうする芽衣。


 えっ、うそ? マジで放置?


 マジで放置なの芽衣さん?



「じょ、冗談はその胸だけにしてくれよマジで……ひぃぃぃっ!?」



 慌てて我らが女神さまを追いかけようとするのだが、そのタイミングを見計らったかのように天井から生首が落ちてきて、腰が抜ける。


 その場で尻もちをつきながら「あばばばばばばばっっ!?!?」と百戦錬磨のヤリマンギャルに詰め寄られる男子中学生のように硬直してしまう。



「や、ヤバい……腰が抜けて力が出ない……」



 バイキンに水をかけられた愛と勇気だけが友達のパン祭り野郎みたいなことを口ずさみながら、芽衣の去って行った方向へと視線を向ける。


 どうやらマジで1人で行ってしまったらしい。


 帰ってくる気配が微塵も無いんですけど?



「えっ、どういう状況コレ? こんな殺人鬼が徘徊する(注意、徘徊しません)場所で1人放置なんて、例えるなら敵陣のど真ん中に放置されるガ●マ・ザビですが!?」



 カムバック芽衣ちゃぁぁぁぁぁぁ――んっ! と、俺が叫んだその瞬間。




 ――カツン、カツン。




 と、背後から足音が響いてきた。



「ま、マジかよ……このタイミングで来やがった」



 どうやらオバケさんが俺の背後でスタンバイを始めたらしい。


 ヤベェッ! 後ろ振り向けないヤベェッ!?


 プチパニックに陥る俺を無視して、その硬質な足音はどんどん俺に近づいてくる。



「ごめんなさい、ごめんなさいっ! いい子になりますから、もう悪いコトはしませんからっ! だから命だけは勘弁してくださいお願いしますっ!」



 俺の命がけの命乞いはどうやら相手さんには伝わらなかったようで、どんどん足音が大きくなっていく。


 あば、あばばばばばばばっ!?


 に、逃げなきゃっ! はやく逃げなきゃっ!?


 と思うのだが、やっぱり腰が抜けて力が入らないチクショウッ!


 やがてカツンッ、と足音も止まり、俺のすぐ後ろに誰かが立っている気配がした。


 あっ、死んだ。俺、死んだわ。



「来世は異世界に転生してチートでハーレムを築けますように」



 未来への多大なる希望と共に、この世からバイバイするべく覚悟を決めて目を閉じる。




 ――と、聞き覚えのあるポワポワした声が背後から降ってきた。




「だ、大丈夫ししょー? どこかケガでもしたの?」

「はえっ?」



 その妙に安心感を覚える声音に引っ張られるように背後に振り返ると、そこには例のトレンチコートとキャスケット帽を身に纏い、心配そうな顔でコチラを見下ろしている、



「こ、古羊?」

「いちおう絆創膏とか持って来てるけど、使う? ――って、うわわっ!? どうしたの、ししょーっ!?」

「古羊ぃぃぃぃぃっ! 会いたかったよぉぉぉぉぉっっ!!」

「えぇっ!?」



 気がつくと俺は我が不肖の1番弟子、古羊洋子のおみ足に抱き着いてわんわん泣いていた。

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