第9話 オオカミシロウ七変化

 ドン羊飼とピ●コ古羊のファッションチェックにより、全身を魔改造されることになった俺は、強風の中、スカートで街中を歩く女子校生の気持ちを理解していた。


 というのも。



「……なんか、仕切りがあるとはいえ、カーテン1枚へだてた向こう側には女の子が居るんだよなぁ」


 なんてことを考えたら、試着室の中だろうとちょっと着替えるのを躊躇ちゅうちょしてしまうワケでして。


 いやね? もし何かしらの不具合でカーテンが外れたら、俺の裸体を全世界に向けて同時配信することになるワケじゃん?


 しかも真っ先に俺の裸体を鑑賞するのはカーテンの向こう側にいる古羊と羊飼なワケで……。


 彼女たちが一体どんな絶景を目撃するのか、想像するだけで……オラ、わくわくすっぞ!


 股間にハチャメチャが押し寄せ、今にも『アイヤイヤイヤイヤー』と叫びながら光る雲をぶち抜き天空にむけてスパーキングしそうになる俺の思考をぶった切るように、カーテンの向こうから古羊の声が響いてきた。



「ししょー、準備できたぁ?」

「開けるわよ大神くん?」

「ッ!? ま、待て待て! すぐ着替えるから、もうちょっと待て!」



 慌てて1番上に置いてあった服を身に纏い、出撃準備を完了させる。



「エントリー№1番シロウ・オオカミ。準備できましたっ!」

「それじゃ開けるね?」



 心の中で『シロウ、いっきまぁぁぁ――す!』と叫ぶのとほぼ同時にカーテンの仕切りがシャッ! と外れた。


 途端に古羊から「おぉ~っ!」と歓声の声があがった。



「最初はアタシが選んだ服からみたいね」

「イイっ! すごくイイよ、ししょーっ! なんだかモデルさんみたいだよっ!」

「そ、そうか?」



 ふがふがと鼻息を荒くしながら、興奮したようにくし立てる古羊に、らしくもなくちょっとだけ照れてしまう。


 俺は改めて試着室の中にある姿見で自分の姿を見返してみた。


 そこには白のピッチピチのインナー1枚というシンプル過ぎる装いをした俺が居た。


 う、う~ん?



「これは流石にシンプル過ぎないか? というピチピチ過ぎないか?」

「そんなことないわよ。ねっ、洋子?」

「うんっ! 身体にピッタリだから筋肉の凹凸がエロ――キレイだし、なにより腕回りの血管がエロ――カッコいいよっ!」



 珍しく興奮しているのか、喜々として口をひらく古羊。


 いや喜んでもらえるのは純粋に嬉しいんだけどさ、なんかチミ……ちょっと目が怖くない?


 まるで肉食獣のように血走った瞳で舐めるように俺の全身を眺めてくる古羊に、居たたまれない気分になってくる。


 気がつくと、俺は逃げるように試着室の中へと引き返していた。



「つ、次のヤツに着替えるからちょっと待っててくれ」

「あぁっ!? もうやめちゃうの……?」

「……今日の洋子、ちょっと怖いわね」



 残念そうな声をあげる古羊に、若干ドン引きしたような声をあげる羊飼。


 分かる、分かるぞ羊飼。


 今日の古羊はちょっと怖いよな? 別ベクトルで怖いよな?



「え~と次は――おっ?」



 2番目の服を持ち上げ、思わず声が漏れてしまう。


 これは中々どうして、俺好みの色合いの服じゃないかっ!


『綾波☆レイワ』Tシャツや、あの『I LOVE 虚乳』Tシャツに比べると若干クールさが足りないが、それでも俺の好みドストライクである。


 ん? コイツはズボンも用意されてるのか?


 どれどれ、着てみてしんぜよう♪



「ししょーっ? もう開けてもい~い?」

「OK牧場っ!」


 再びシャッ! とカーテンが開かれると、今度は羊飼が「おぉ~っ」と感嘆の声をあげた。



「これは洋子が選んだ服ね。へぇ、なかなか様になってるじゃない」

「えへへ、でしょっ? どうかな、ししょー? 春をイメージして合わせてみたんだけど?」

「すげぇな古羊、気に入ったわコレ。『綾波☆レイワ』Tシャツと同じくらい気に入ったわ、コレ」

「アレと比べられるとちょっと複雑だけど、気に入ってもらえてよかったよ!」



 そう言って、はにゃっ! と微笑む古羊を尻目に、俺は自分の格好を見下ろしていた。


 ピンクとシロのストライプ模様のポロシャツに、落ち着いた薄茶色のズボンを合わせたソレは、ファッション上級者である俺から見ても満足のいく1品だった。


 これは後で買おうと思っていた『I LOVE 虚乳』Tシャツと一緒に買っておいても損はないだろう。



「ピンクと白の縞々模様が可愛いわね、ソレ」

「ししょーはちょっとワイルド系だから、ギャップを狙ってみたんだ。上手くいってよかったよ!」

「なるほどね。これはアタシも負けてられないわね」



 大神くん、次のヤツよ――と、何故か対抗心がメラメラバーニングしたらしい羊飼からお着替えの大号令が発せられる。


 もちろん拒否権なんてあるワケもないので、俺はいそいそと試着室の中へと引き返し、三度カーテンを閉めた。



「え~と、次は……ゲッ!?」



 服の山の中から1枚取り上げて……おいおい正気かコレ?


 えっ、コレ着るの?


 マジで? 大丈夫?



「どうしたのししょー? なんか変な声が聞こえたけど?」

「いや……えっ? 着るの、コレ? マジで?」

「えぇっ、マジもマジ。大マジよ」



 本気と書いて『マジ』と読む! と言わんばかりに、羊飼の力強い声が鼓膜を震わせた。


 どうやら冗談とかではなく、本気で言っているらしい。


 いやでもコレは流石に……と俺が躊躇っていると、無慈悲にも羊飼からのカウントダウンがスタートした。



「ちなみにあと10秒以内に出てこないと、例の写真が広大なネットの海に羽ばたくわよ?」

「はっは~ん? さてはおまえ、ドSだな?」



 もはや地獄の鬼どころか上弦の鬼でさえドン引きする所業を平然と行う我らが生徒会長。


 おいおい、テメェの血は何色だぁっ?


 とツッコんでやりたいこと山の如しだったが「7、6、5――」と着実にカウントダウンが進んでいたので、慌ててお着替えに突入する。


 チクショウ、もうここまできたらヤルしかねぇ!


 覚悟を決めろ、俺!



「3、2、1――」

「だぁぁぁ――ッッ!!」

「ふわぁぁぁぁぁ――ッッ!?!?」



 俺の怒号と古羊の奇声が奇跡のシンクロを果たし、店内に木霊する。


 それどころか、店員、果ては女性客までもが頬を染めて俺をガン見していた。


 それも当然だよねっ!





 だって俺、今、ビキニパンツ1枚という有様なんだもん。





 もはやほぼ半裸で現世に君臨しているようなもんだもん、開放感がハンパじゃねぇよ。


 どこの神々の民だ?



「あば、あばばばばばばばばっ!?」

「やっぱりアタシの見立てた通りね」



 顔を真っ赤にしながらも、目を逸らすことなく、あの『白い死神』シモ・ヘイヘを彷彿とさせる歴戦のスナイパーの如き瞳で俺の身体を凝視し続ける古羊。


 そんな彼女の隣で、なにを満足しているのか1人「うんうん」と頷く羊飼。



「いや見立ても何も、何も見立ててないよね? というか、何も着てないよね、俺?」

「何を言ってるのよ大神くん? アンタはもう立派な服を着てるじゃない、筋肉という名のオシャレ着を、ね?」

「なに『上手いこと言ったわアタシ!』みたいな顔してんの?」



 何も上手いこと言ってないよ? 


 ちょっ、やめて? そのドヤ顔腹立つからやめて?


 乳もぐぞテメェ!?



「どう? どこぞのデザイナーが机の上で考えた布きれの集合体とは違う、世界で1つだけの、大神くん自身の手で作り上げたフル・オーダー・メイドのオシャレ着よ? しっくりくるでしょう?」

「ねぇ? デリカシーが足りないのは俺じゃなくて、おまえの方なんじゃねぇの?」



 それから気のせいか、遠巻きでカシャカシャと写真を撮られているような気がしてならない。


 とくにあの女の店員さんなんて、鼻から熱いパトスが迸りながらも、一心不乱に俺の裸体をスマホに納めてるし……。



「でもよく似合ってるわよ? 洋子もそう思うでしょ?」

「うんっ! その太い首回りとか、割れた腹筋とかすごいエロ――エロいよっ!」

「とうとう言い切ったわね、この……」



 自分で話を振っておいて、静かに親友にドン引きする羊飼。


 もうおまえ、やりたい放題だな。


 古羊は「きょ、今日という日の記念に1枚写真を撮ってもいいかなっ!?」と俺に確認しながらも、指先は別の生き物のようにシャッターを切り続けていた。



 怖い。古羊が怖い。


 

 あの血走った眼も怖いが、なにより怖いのは何故このタイミングで写真を撮ろうと思ったのか? そして明らかに1枚以上撮っているのに、何故だれもツッコまないのか?


 彼女にこそデリカシーポイントが必要なんじゃないのか?



「あっ、じゃあじゃあっ! コレも着てみて欲しいな、ししょーっ!」



 そう言って古羊が神速の如く持って来たのは……貝殻でアソコを隠すだけの紐パンツだった。


 なんでこんなのが普通のアパレルショップで売ってるの?


 あと2人は気づいていないみたいだけさ、俺はもうバッチリ気がついているからね?


 このお店の外で、どこかで見たことあるような青い服を着たサンタさんがコメカミをピクピクさせながら俺のことをロックオンしていることに、ね。


 それはもう……凄いぞ?


 アメリカンポリスの如くクチャクチャとガムを噛みながら、警棒を手のひらでペシペシ叩くその姿は、俺に治外法権の終わりを予感させたよね!


 なんで彼らはいつも俺がトラブルに見舞われたタイミングで現れるの?


 もはや俺のファンとしか思えないんだけど?


 そんなに俺が大好きなの?



「なんだか楽しくなってきたねメイちゃんっ!」

「そうね、それじゃガンガン着替えていきましょうか大神くん」



 そう言って国家権力に気づくことなく、どんどんきわどい服を渡してくる2人に、俺は心の中でこう呟いた。




 ――減点100、と。

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