第2部 にゃん娘に恋はムズかしいっ!?

プロローグ 貧乳少女の生きる道

 森実の街から桜色の花びらが徐々に姿を消し始めた4月の後半。


 ピカピカ光るお月様に見守られながら、俺、大神士狼はスマホの画面を見下ろしつつ、感嘆の声をあげていた。



「――ほぉ~、これが中学時代の古羊かぁ」

『は、恥ずかしいから、あまり見ないでぇ~』



 何とも情けない声が、スマホから聞こえてくる。


 俺はそんな声を無視しながら、しげしげとスマホに映された中学時代の古羊洋子の写真を眺め続けた。


 時刻は午後10時ちょうど。


 俺は最近急激に仲良くなった同級生、古羊洋子と男性恐怖症克服の特訓のため、かれこれ30分ほど自室でビデオ通話している最中だった。


 寝巻きに使っているのか、薄手のトレーナーを着こんだ古羊が恥ずかしそうに身をよじる。


 そのたびに画面越しからでも分かるほどの彼女の爆乳がフリーダムに暴れ回った。


 しかも薄手のトレーナーのせいで胸の形がハッキリと分かるソレは、俺の視線を吸い込んで離さないっ! まさにブラックホール!


 その吸引力は人類が誇るイギリス製最強サイクロン式掃除機ダイソ●の約10倍に匹敵するだろう。


 なんならもうスカウターがぶっ壊れそうなほどの吸引力だ。やばいですね☆



『??? どうしたの、ししょー?』



 谷間ブラックホールに意識を吸い込まれかけた俺に、古羊が不思議そうに声をかけてくる。


 もちろんアメリカの国防省よりも強固なセキュリティを有する俺の精神力はこの程度でのハプニングではまったく動じることなどなく、「左手は添えるだけ」とシュートのコツを心の中で呟きながら爽やかな笑みを浮かべて口をひらいた。



「いやぁ、やっぱり古羊って高校デビュー組だったんだなって思ってさぁ」

『う、うん。その、引っ込み思案な自分を変えたくて……それでメイちゃんにお願いしてメイクの仕方とかファッションなんかを教えてもらったんだ』



 卒業アルバムを持った古羊が照れくさそうにはにかんだ。


 そこに写っていた古羊は、亜麻色の髪を三つ編みにし、いかにもグルグルメガネが似合いそうな真面目っぽいセーラー服姿だった。


 う~ん、制服を着崩している今とは180度見た目が違う。


 が、写真からでも分かるレベルで、今と同じくらいおっぱいが大きい。


 これの半分でもいいから羊飼に分けてあげられればなぁ、と失礼な感想を抱いていると、ふとあることに気がついた。



「そういえば羊飼はどこ行ったんだ? 確か一緒に住んでたよな?」

『メイちゃんは今、お風呂だよ』

「ほーん。それにしては長くない?」

『そ、そうかな? 別に普通だと思うけどなぁ?』



 コテンと可愛らしく首を傾げる古羊。


 そのキョトンとした顔は実に愛らしくて……チクショウ、可愛いじゃねぇか。


 キスしてやろうかコイツ?



「そういえば、なんで2人は一緒に住んでるワケ? 親御さんはどうしたよ?」

『あっ、まだししょーには話してなかったっけ? ボクとメイちゃんはね、県外受験なの』

「えっ? おまえら地元民じゃねぇの!?」

『うん、ボクとメイちゃんはね【星美町】って所から引っ越してきたんだ。ししょーは【星美町】って知ってる?』

「知ってる知ってる! アレだろ? 日本で1番星が近い町だよな!」

『ピンポンピンポ~ン♪ 大せいか~いっ!』



 と、その可愛らしいお口から正解のファンファーレを奏でる古羊。


 おいおい、画面越しじゃなければ今頃、正解のご褒美としてそのプルプルの唇を美味しく頂いている所だぞ? 気をつけてくれよな!



『その【星美町】がボクたちの地元なワケ。でね? さすがに県外からは通えないから、2人でお互いの両親を説得して、学校に近いこのマンションを借りたんだ』

「はぁ~、よくこんな何もないところに引っ越そうと思ったもんだ」



 星美町といえば、日本でも「住んでみたい町ベスト5」に入るほど有名な町である。


 交通の便はもちろんのこと、高校だってウチとは比べものにならない位イイ所がたくさんある。



「そんなに森実高校ウチに入学したかったのかよ?」

『う~ん? 別にそういうワケではないかなぁ。ただこの地域はどこのマンションも家賃が安いから、それでこの学校を選んだんだよ』

「ほ~ん。でもなんで地元の高校には進学しなかったんだ? 学力的にもアッチの高校の方が偏差値高いよな?」

『それはその……えへへ』



 古羊が誤魔化すようにペロッ! とその真っ赤な舌を出す。


 どうやら聞いて欲しくない話題らしい。


 本来なら根掘り葉掘り聞き出すところだが、可愛いモノも見れたし、勘弁してあげよっと☆



「まぁいいや。じゃあさ、真反対の性格のおまえらがどうやってそんなに仲良くなることが出来たのか、そのくだりを教えてくんね? どうやって仲良くなったん? 金か?」

『へっ? えっとねぇ……話せば長くなるんだけど』

「手短に頼むわ」

『う、うーんとね? 簡単に言えば、ボクがメイちゃんに助けてもらったのがキッカケ、かな』

「助けてもらった?」



 うん、と古羊は昔を懐かしむように目を細めながら、昔を思い出すように語り出した。



『中学1年生のときにね、ボク、同じクラスの男の子にアプローチされてたんだ。ただね? そのぅ、言いにくいんだけどね? アプローチしてきた男の子がちょっとおかしな子でね』

「おかしい? 具体的には?」

『えっと……放課後に待ち伏せされたりとか、しつこく連絡されたりとか、あと家の前で待ち伏せされたりとかかな』

「やべぇ奴に目をつけられたな」



 たははっ、と自嘲気味に笑う古羊。


 もう過去の話とはいえ、古羊が不憫に思えて仕方がない。


 まったく、これだから変態は困るんだ。


 ほんと変態はこの世から抹消すればいいのにねっ!



『でも、そんなときに隣のクラスだったメイちゃんが偶然助けてくれたんだ』

「なるほど、それがきっかけで仲良くしだしたと?」

『うん。メイちゃんには感謝してもしきれない恩があるんだ。あっ! も、もちろん、ししょーにもね! その……海で助けてくれて嬉しかったというか、やっぱり男の子の体ってガッチリしてるというか、近くで見たらなんだかエッチだなとか、その……あうあぅ。な、なにをボクに言わせようとしてるの!? ししょーのえっち!』

「ねぇ自爆じゃない? 今のは明らかに自爆じゃない?」



 冤罪えんざいもいいところだ。


 大体俺がセクハラをしたら、その程度で済むワケがないだろう?


 まだまだ俺への理解度が足りないようだな古羊よ。


 どれ、大神士狼検定3級の称号をくれてやろうっ!


 なんて軽く古羊と言い合っていると、古羊の背後の方でガチャッと扉の開く音が聞こえてきた。



『洋子ぉ~、お風呂空いたわよ~』

『あっ、はーい! ――それじゃししょー、また明日学校でね。おやすみなさい』

「ほいほーい、おにゃむみ~」



 もうなにそれ~? と古羊の笑顔を最後に画面から彼女の姿が消える。


 俺はスマホをベッドの上に放り、横になった。


 さてさて、それじゃそろそろ良い時間だし、俺も魂の洗濯に行ってこようかなぁ。


 俺がいそいそとベッドから立ち上がろうとして、



『あーっ!? もうメイちゃんったら、またそんな格好をして! 風邪ひいちゃうよ?』

『いいでしょ、この格好の方が楽チンなんだから。それに誰も見てないんだし』

「うん?」



 何故かスマホの方から古羊と羊飼の会話が聞こえてきた。


 あれ、そういえば俺、ビデオ通話をちゃんと切ったっけ?


 そう思い放り投げたスマホを拾い上げ、



『あぁ~、やっぱりお風呂上りのアイスは格別だわぁ~』

「ぶほっ!?」




 そこには、画面いっぱいに上半身裸の羊飼芽衣が映っていた。




 お風呂あがりなのだろう、身に着けているのはピンクのパンツ1枚だけ。


 しっとりと濡れた黒髪を拭くためか、首にはタオル、右手にはアイスが握られていた。


 そんなだらしない格好のまま、俺に気づくことなくペロペロとアイスを舐め続ける羊飼。


 普段からは想像できないくらい、気の抜けた姿である。



『う~ん、アイスはやっぱりミルク味が王道よねぇ』



 学校では絶対に見せない子どもっぽい笑顔で、満足気にうなずく羊飼。


 どうしてか、そんな羊飼から目を逸らせない俺。


 白い滑らかな肌が、風呂上りのせいかほんのり赤みがかっている。


 が、問題なのはそこではない。


 そう問題なのは、今、羊飼がパンツ以外何も身に着けていないということだ。


 それはつまり、普段母親の形見のように肌に離さず身に着けている冗談みたいにバカでかい超偽乳パッドをしていないということで。


 今の羊飼は、生まれたままの、ありのままの姿であるということだ。




 ……一言で言って、見ていて悲しくなってきた。




 まさか俺の人生で女の子のおっぱいを見て泣きたくなる日がくるとは思わなかった。


 地平線、地平線なのだ。


 それかもしくは日の丸弁当。


 悲しいまでにぺったんこ。


 その姿を前によもや拝まずにはいられない。


 頑張れ羊飼の女性ホルモン! 目覚めよ、そのおっぱい



『さて、それじゃ軽くおっぱいをマッサージして……えっ?』

「あっ」



 タップダンスが出来るくらいまったいらだなぁコイツ、まさに谷間にシャル・ウィ・ダンスだ。


 なんてことを考えていると、スマホを通じて目と目がかち合ってしまう。


 あっ、バレたわコレ。


 気まずい沈黙が部屋の中を支配する。



『…………』

「よ、よう。その……お疲れさま?」

『…………』

「やっぱりおまえ、乳が貧しいと書く人種の人だったんだな」

『~~~~~~ッッ!?』



 数秒後、耳をつんざくような超音波がスマホ側から鳴り響いた。


 俺はキンキンと痛む耳を押さえながら、超音波ボイスを繰り出した犯人を睨みつけた。



「急に大きな声を出すんじゃねぇよっ!? 耳がレイプされた気分だわ!」

『こっちは心をレイプされた気分よ!』



 ガーッ! と犬歯剥き出し、おっぱい丸出しで叫ぶ美少女こと羊飼。



「ええいっ!? 悲鳴をあげる前に、いいからその粗末なおっぱいを隠せ!」

『だ、誰の胸が粗末ですってぇ!? ぶち殺すわよヒューマン!』

「おまえもヒューマンでは!?」



 またもや醜い言い争いに発展してしまった。


 なんだか最近、コイツと顔を合わせれば喧嘩ばかりしている気がしてならない。


 おかしいなぁ、つい数週間前までは俺の心のお嫁さんだったハズなのに……今ではもうモンスターにしか見えないよ。


 オードリー・ヘップバーンだったハズなのに、もうコッペパーンにしか見えないよ……。



『誰がコッペパンだ、ブサイク?』

「おまえ……人の心を読むなよ?」

『普通に口に出てたわよ、このバカ』



 ガルルルるるるるっ! と威嚇するように小さく唸る羊飼。


 もう同級生に向ける態度じゃない、怖スギィッ!?



「いやほんと悪かったって、口が滑ってつい……」

『ああん?』

「ッ!? ひ、貧乳万歳! ちっぱい最高! まな板イェーイ!」

『謝るフリしてアタシに喧嘩売ってるわよね!? そうなんでしょ? ねぇっ!?』



 煽ってどうする、俺のバカ!


 羊飼は某有名なロボットアニメの初号機のように荒い呼吸を繰り返している。


 なんなら本当に今にも画面をぶち破って次元を超越してやってきそうだ!



「お、落ちつけ羊飼! 小さいは小さいなりに需要があるんだぞ? 特に成長した女の子のペッタンは貴重だからさ。その、元気だせよ!」

『慰め方ヘタクソか!? あとペッタン言うな、ぶっ飛ばすわよ!?』



 ひぃぃぃ、羊飼がご乱心じゃぁぁぁ――ッッ!?



「わ、わかった! じゃあ忘れる! 今見たもの全部忘れるから! 簡単に忘れられるから!」

『簡単にって、アタシの乳はそんなにどうでもいいものなのかぁ――ッ!?』

「じゃあ一生覚えてる! Aカップ!」

『よ、寄せて上げればBくらいあるわよっ!』



 もはや身体中から発せられる蒸気が風呂上りによるものなのか、それとも純粋な怒りによるものなのか区別がつかない。


 結局、古羊が風呂からあがるまでの1時間、俺と羊飼はお互いに醜い罵り合いを続けるハメになるのであった……。




◇◇



 ――羊飼芽衣。



 夜のとばりを彷彿とさせるあでやかな黒髪に、アメジストのような気高さを感じる紫色の瞳がトレードマークの、生まれる時代が違えば確実に『傾国の美女』と呼ばれていたであろう女の子。


 森実高校2年A組に在籍し、出席番号は30番。


 容姿端麗、頭脳明晰、おまけに人望も厚く、カリスマ性に溢れた生徒会長と、もはや神に祝福されて生まれてきたと言っても過言ではない女子生徒。


 それが羊飼芽衣。


 森実高校の野郎共の間だけで発行されている『彼女にしたいランキング』及び『結婚したいランキング』『蔑んだ目で犬と言われたいランキング』堂々の三冠王を達成した、まさに生きる伝説の女子高生。


 誰に対しても優しく、お淑やかで、穢れを知らない無垢なる女の子。









 ……というのが表向きの顔で、本当はズボラで計算高く、男の握りこぶし大ほどある超偽乳ぎにゅうパッドによっておっぱいを底上げしている悪魔超人のような女である。



 これから話す物語は、そんな完璧超人な彼女……の物語では断じてない。



 これから話す物語は、本当は涙もろくて、可愛いモノが大好きで、偽悪ぎあくぶっているクセに根っこの所はお人好しの、そんな普通の女の子が頑張って恋をしていく物語だ。

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