蟲けら





 ミニバンの荷台に腰掛け、リボルバーのシリンダーを見下ろしている。

 各所に設置された大型LED投光器の無遠慮な照明が手当たり次第闇を蹴散らすものだから、時刻を錯覚する。今は深夜。場所は山麓。造林業者が出入りする山道にできた僅かな更地に車両と機材と人がひしめいている。とても騒々しい。

 花宮の名義で組織された私兵とその他専門の業者が着々と準備を進める。

 私は一人、ぼんやりとそんな大人達の様子を眺めた。まるで他人事だった。自分が自分の名と財力と権力で雇用した部下達に、私は何一つ思うところがない。

 けれどそれは向こうだって同じ筈だ。彼らがこんな小娘に顎先で使われる身に甘んじているのはひとえに契約とそこに発生する報酬があればこそ。全ては仕事だ。義理などありはない。

 私は簒奪者。家督と資産とコネクションと非合法な強権力を手にしただけの、ただの。

 ただの子供。子供で、いたかった。

 そんな願望はもう許されない。

 私自身がその道をとざしてしまった。出発点は憎悪。だのに怨敵は既に亡い。ただ、簒奪の過程で重ねた罪業の重みが徒労感となって両肩を圧し潰す。

 ずしりと、掌に収まる冷えた金属塊が存在を主張した。その重みはそのまま殺意の質量だ。

 殺意。

 いつか、父に抱き、矛先を失った激しいこの願いが今、ただ一人を見据えている。

 佐原アミ。

 次にあの女の姿を見た時、私は躊躇なく銃爪ひきがねを引くだろう。その生命の存続を可及的速やかに絶たずには置かない。

 でも、でも私が本当に欲しいものは。


「尾上さん……」


 傍にいて欲しい人。傍にいてあげなくてはいけなかった人。

 どうしようもない人。救われない人。決して救いなど受け入れない人。


「カゲユキさん……」


 救われて欲しい。救いたい。せめて、あの人は。あの人だけは。

 私の夢。私の憧れ。

 私の、私の。

 ただ穏やかに、一緒にいられればそれで、それだけでよかったのに。

 無邪気にただ愛情を注いでいたつもりで、目の前の人がどんな思いでいるのか、何を噛み締め、心を殺していたか、想像することもしなかった愚かな自分を顧みる。過去。糞便と腐肉の臭気。崩れて濁ったあの、やさしい目。

 許して。許して、ください。

 許さないで。許さなくたっていいから。

 だからいかないで。私を置いて、消えないで。さよならすら言ってくれないなんて。

 あんまりだよ。酷いよ。


「……お母、さん……」


 口をついて零れ出た声、言葉は、果たして誰を呼んでいるのか。誰を求めているのか。

 もうわからない。私が重ね見る幻影は尾上カゲユキ? それとも、私が死へと追いやった貴女?

 会いたいな。顔を見たい。触れて、その存在を確かめたい。

 あるいは今まさに失われようとしている人。もはや失われてしまった人。

 喪失を知った。その痛みと怖ろしさを嫌というほど味わった。

 だから、私はもう手段を選べない。貴方がどれほど厭うても、常識を説いても……その傷を知ってもどうしてもなんとしてでも。


「……」


 私はふと思い起こす。

 騒ぎ出す病院の医師や看護師を抑え、持ち去るようにして運び出した彼の母親。

 棺に安置した彼女の死に顔の穏やかさに、私は複雑な感情を覚えた。それは同情に近い。敬意。親愛。憐れみ。

 そしてこの……遣り切れなさ。

 お義母様、貴女はカゲユキさんに────


「カナミ様、準備が整いました。全機、いつでも飛ばせます」


 傍らに現れた藤堂が言うや、無数の重低音が辺りに響く。

 数十機のドローンが唸りを上げながら主の号令を待っていた。統率された獣の群……違うな。こんなものはただの、獲物に集る蟲けらだ。

 ただ一人のつがいを求め、ただ一匹の敵を食らわんとする。

 私は貪食の女王蜂。おぞましい蟲けら共の首魁なのだ。

 装弾された六発の弾丸、手入れの行き届いた内部構造を見るともなしに検め、シリンダーを銃身に戻す。

 トレッキングシューズで草を踏み締めて一歩、前へ。

 手にリボルバーを提げ、整列する己が兵に私は命ずる。


「尾上カゲユキを奪取し、佐原アミを────殺せ」

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