第4話 「とんだ肝試しになっちゃったねぇー」

 帰りはほとんど早足だった。

 真っ青なイーアとチルががキッチンに戻ると、アロイスとアルは床で折り重なって寝ていた。

 チルは無言でアルの背中を蹴飛ばす。


「いや、俺はそんなもの置いてないけど」


 寝ぼけ眼のアルに、人形を突きつけた後の第一声がそれだった。

 ちなみにザルなルッソは、顔色ひとつ変えずにまだ飲んでいる。興味なさそうに戻ってきた二人を眺めていた。

 アロイスも弾けるように起きて、イーアの手の中の人形を凝視する。


「え……? 廟の祭壇に、置いて……」

 イーアは自分が持っている人形を、まじまじと観察する。最初に見た時と何も変わっていないはずなのに、その唇が嬉しそうに歪んでいるのは気のせいだろうか。


「うげぇ……マジかよ……」

 チルも忌々しいものを見るように、人形を見下ろす。


 アルはチルが抱えている酒の空瓶を指差した。

「俺が置いたのはそれだぜ。祭壇の上にあったろう?」

「いや、これは下に落ちて……って事は誰かがこれを落として、代わりに人形を置いたのか」

「誰が行くんだよあんな場所」


 確かにその通りだ。そもそも墓場の入り口は軍によって閉鎖されているので、入るためには設置されている柵を越えるか、雑貨店の裏口を使うしかない。

 そんな面倒なことをしてまで、墓場に入るだろうか。 


「なさか、その人形が自分で移動した?」

 チルがますます青ざめた顔で、そんな恐ろしいことを言った。イーアはぞっとして人形を見る。

「まさか。チル、僕を揶揄わないで」

 苦笑しながら言うと、それまで無言だったアロイスが身を乗り出す。ボサボサの前髪から覗く瞳は、好奇心にきらきら輝いていた。


「旧体制時代のトリシャ人形じゃないか! こんな貴重品、どこにあったのだ!」

「じゃあアロイスの物じゃないんだね」

 イーアが確認するように言うと、アロイスは大きく頷いた。

「いらないなら、ボク貰っちゃうよ? いらない?」


 ぐいぐいとアロイスが迫るので、イーアはその腕に人形を突きつける。その間も髪の毛が指に絡むような、奇妙な感覚が続く。


「うわぁ嬉しい! これ、旧体制時代のレア物で、現存している物は帝国博物館くらいにしかないんだよー。旧公爵家の誰かの、副葬品だったのかなぁ」

 嬉しそうに人形を受け取り、くるくる回しながら観察するアロイスを、一堂は呆れた目で見守る。


「ボクの部屋に飾ろうかな! ね、かわいいしね!」

 無邪気にそう言うアロイスには申し訳ないが、もはやイーアには呪われた人形にしか見えない。

「副葬品なら、返してきた方が……」

 そう言いつつも、イーアはもう墓に行きたくない。提案も酷く弱々しい声になった。

 そのイーアの腕を、真後ろにいたはずのチルがぎゅっと掴む。驚いて振り向くと、顔面蒼白なチルが泣きそうな目でこちらを見上げていた。

「俺、あの人形と同じ屋根の下にいるの、ぜってぇいやだ……」


「とんだ肝試しになっちゃったねぇー」

 ちびちび酒を舐めながら、興味なさそうにルッソが言った。


 ■■■■■■


(まったく、酷い目にあった)


 日付が変わった頃、ようやくイーアはこの夏のねぐらにしていた屋根裏の布団に潜り込んだ。

 マットレスは古いタイプのもので、綿やら布切やらを詰め込んだ硬いものだが、かなり厚いので寝心地は悪くない。さらに大きかった。大人が二人寝ても余裕だろう。


 明日の朝には出発しなければ、学園の始業式に間に合わない。

 残念なことにイーアは生徒会に在籍しているので、始業式をサボるわけにはいかない。何がなんでも帰らなくてはいけないのだ。


「面倒だな」

 思わず呟き、イーアは苦笑いした。真面目なことだけが取り柄な自分らしくない。だがそれほどまでに、ここは居心地がいい。


 よほど疲れていたのか、墜落するように眠りへとおちていくなか、イーアは考えようとする。どうして自分がここを好きなのか。


(そっか、チルが……)


 そしてふと、目が覚めた。

 イーアは眠りが深いので、一度寝ると朝まで目が覚める事は滅多にない。流石に命が狙われる場面もあるので、殺意くらいには反応できればと思うのだが、相変わらず鈍感なままだった。


 なので、なぜ今意識が浮上したのかがわからない。ぼおっとしながら、身動きできずにいると、背中のほうでぱたりと音がした。


 この屋根裏に入るのには、キッチンにある梯子を登り、扉を跳ね上げなければならない。今の音は、扉が閉まる音だ。

 誰かが入ってきたのかなと、覚醒しきっていないイーアは思う。多分扉が開いた時の音で、目が覚めたのだ。


 一瞬人形の存在を思い出し、ぞっとしたイーアだったが、すぐに緊張を解いた。この気配はチルだ。

(……何か、ここに用事あったのかな)

 霞ががった思考のまま、再び眠りにつこうとしたのだが。


 そのチルがイーアの眠る布団に潜り込んできた気配を感じ、イーアは一気に覚醒した。と同時に、硬直する。


(嘘だろう!?)

 イーアが完全に寝ていると思っているのだろう。チルは持ち込んだ毛布ごと、イーアの背中にくっつくように丸くなっている。

 背中に彼女の気配と息遣いを感じ、イーアはひどく落ち着かない気持ちになる。


 大方、人形の件で怖くなってここに来たのだろうが、それにしても警戒心が無さすぎやしないか。


(というか、僕のことを完全に男だと見ていないって言うことか!)


 泣きたいような大声で叫びたいような、そんな衝動に耐えながらイーアは目を瞑る。どんなに意識しないようにと思っても、そううまく行くはずもなく。

 チルの安らかな寝息や、少し身動ぎする度に反応してしまいそうになる自分を制しながら、イーアは一睡もできずに夜明けを迎えた。

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