第2話 「勝負なら賞品と罰が必要だな」

「すっかりおじさん達は酒盛りだね」

 イーアは呆れて嫌味っぽく言いながら、チルが格闘している鍋に塩をふりかける。

「おう、先に食ってるぜ」

 悪びれもなくアルが酒瓶を掲げた。


「しかしイーアの料理がこんなにうまいとは、意外だな」

 アルが角煮を頬張りながら言った。

「本当だねー。大したものだねー」

 ルッソが特有の間伸びする喋り方で、同意している。彼は食事よりも延々と酒を飲むタイプなので、この二人がいると空き瓶がどんどん増えていく。


 アル達にはこのメニューで十分だが、もう一品。イーアは野菜とベーコンを炒める。アルが切ってくれたじゃがいもを千切りにして入れた。


「チルに食べさせるために始めたんだけどね。最近では家でも作るんだ。おかげようやく一番下の妹にも懐いてもらえた」

「妹を飯で釣るとか、とんでもねぇ兄貴だな」

 チルが呆れたように言う。

「本当にびっくりするくらい人見知りが激しいんだ。母が不在なのもあるけど」


 イーアが炒めた野菜に下味をつけ、溶いた卵を流し込む。これでチルの好物のオムレツもどきが出来上がりだ。

 後はかまどを塞いでしまえば、それで料理は終了だ。


「よし食べよう!」

 チルは既に椅子に座り、かぼちゃのスープを啜っている。その緩んだだらしのない笑顔を見て、イーアは笑う。

「チルは黄色いものが好きだよね」


「そうそう、蜂蜜も好きだよねー。子供の頃よく舐めて、セリ婆さんに叱られてたー」

 ルッソが楽しそうに言う。

 どうやらルッソはチルの子供の頃からの知り合いらしい。

「うるさいなー。あの頃は碌な飯食ってなかったんだよ」

 チルはルッソを睨んでいるが、スープカップは手放さない。

 そのやりとりに妙な苛立ちを感じながら、イーアは串焼きを頬張った。


「で、本当に行くの? 肝試し」

「おう、行くぜ!」

 当然のようにチルが言う。

 イーアは呆れた気持ちでその顔を見る。

「11時(午後8時)になんねぇと面白くないからな。もう少し待機だ」

 オムレツを突きながらチルが言う。

 それはちょうど、死者が活発になる時間だ。


「まぁいいけど。僕は幽霊見えないし」

 イーアが言うと、わかりやすくチルが固まった。

 自分が幽霊を見れる事を忘れていたのだろう、とイーアは思う。


「どういうルール?」


「ああ、それぞれ目印を持ち帰れば良し。ビビって途中で帰ってきた方が負けになるかな」

 アルが説明する。

「目印はわかりやすい?」

「ああ、ランタン持っていけばすぐわかる」

 どうやら灯りの持ち込みは許可されるらしい。


「ま、まて! 別々に行ったらイーアの怯えた顔が見れねぇじゃん!」

「行く前と帰ってきた後に見ればいいだろう」

 チルが慌てて言うが、イーアは肉を齧りながら淡々と答えた。

「それじゃぁ面白くないじゃんかよ!」

 イーアはなぜかムキになるその顔を冷ややかに見返す。

「じゃあ、一緒に行く? 勝負の意味がないと思うけど」

 チルは一瞬迷ったような顔をしたが、すぐに不敵な笑いを浮かべて了承した。


 こうして二人で夜中の墓場見学に行くことになった。これに一体なんの意味があるのか、イーアは首をかしげるしかない。


「勝負なら賞品と罰が必要だな」

 はなっから行く気のないアルは呑気だ。納得のいかない顔をしているイーアの隣で、別な話題に夢中になっていたアロイスとルッソが反応する。


「おお、罰ゲームならアレだな。1日女装!」

 アロイスが愉快そうに言う。それに笑って応える大人達を見て、イーアは彼らが普段どんな遊びをしているか察した。

「僕は明日の朝にはたつから、それは無理だね」

「俺は罰ゲームになねぇじゃん」

 チルも不満そうだ。


「あ、いいものがあるよー」

 ルッソがそう言いながら席をたち、店から何やら古びた鞄を持ってきた。楽しそうにその中から、大量の女物の衣装を取り出す。

「店で使っていたものだからー。いいと思うよー」


 取り出したのはメイド服。だがありえないほどスカートが短い。他にも色々な衣装があるが、どう見ても実用性とは程遠い。


「おま、これはっ、やばいんじゃ」

 アルが笑い出し、そのまま激しくむせる。チルも真っ赤な顔で呆然と取り出された服を見ている。首を傾げたのはイーアだけだった。

「こんな服では仕事にならないだろう」


「まぁねぇー。でもこれを着て、チルに『ご主人様』とか言ってほしいねぇー」

 にやにやと笑いながら言うルッソに、チルが無言でフォークを投げた。笑顔を崩さずに彼はそれを素手で掴む。

「死にてぇのか!」

「僕を殺せるならどうぞー。チルには一生無理だから、大人しくこれを着るといいよー」

 けらけら笑いながらルッソが放り投げたのは、レースがたくさん縫い付けられた下着だった。苛々とチルが払い除けたので、それが見事にイーアの頭に落下した。

 そのあまりにも下品なデザインに、彼はようやく理解が追いついた。


「へぇ」


 笑い転げていたアルが、しまったとばかりにイーアを見る。

 チルはまだ怒り狂っているが、アロイスは我関さずとばかりに酒瓶と砂魚の燻製を抱えて椅子ごと後ずさった。


「ルッソはチルのこういうの、見たいのかな?」

 頭から下ろすつもりで握ったレース部分が、ぶちりと千切れる。

 にやにやと笑うルッソが、

「そうそう、イーアだって興味あるだろ?」

 などと言うものだから、その場の空気がさらに凍る。


「じゃあこうしよう」

 満面の笑顔でイーアが言う。

「僕たちが無事に目印を持ち帰れたら、これを着るのはルッソというのはどうかな?」


 チルが「なんで!?」と言うが、これは無視する。


「構わないよー。でも、もし二人が持って帰れなかったら、二人ともこれを着てねー」


 そう言いながら掲げられた服は、先ほどのメイド服と、学生の制服を模した服だった。こちらの方はなぜか襟の下、胸元が大きく開いたデザインだ。そしてスカートもすこぶる短い。

「チルは胸が大きいから、こっちが似合うとーーごふ」

 話している途中のルッソの顔面に、取り分け用の皿がめり込む。隣のアルがぎょっとして飛び退った。チルも驚いた顔でその様をまじまじと見ている。


「了解した」

 投げた当人は涼しい顔だ。


「では行くとしよう。準備して、チル」

 イーアはにっこりと笑顔でチルに笑いかける。

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