殴られる「人」を減らしたかったんだ。

ぐらにゅー島

救い

「虐待は良くない」


 そんなこと、皆理解していた。それでも、テレビニュースでは連日虐待のニュースが報道される。はてさて、どうしてダメだと分かっていてもやってしまうのか?

 答えは簡単だ。やっていて、気持ちがいいんだ。

 そもそも、スポーツが流行るのだっておかしいじゃないか。戦争はダメだと、争いはいけないと人は語る。それなのに、己の強さを誇示しようと戦う。学校のカリキュラムに部活が入るのも、争うことを助長する様で気持ちが悪い。

 まあ、そんなことはどうでもいい。前置きが長くなったが、つまるところ僕は人間を救いたいんだ。特に、子供を。

 子供は親しか頼れる人がいないと言うのに、暴力を受けたら、何に縋ればいい?

だから、僕は「人形」を開発したんだ。

 人形の見た目は普通の人間と同じで、並の人間では見分けるのも難しいだろう。触った感じも人間の肌そのもので、ほんのりと温かい。子供の形をしているものから大人の形のものまで、何種類も作った。

 虐待をする大人、サイコパスと呼ばれる人々、ただ身体を動かしたい人、そのさまざまな人を救えるだろう。

 そうすれば子供は助かるし、何より世界が平和になる。人形が可哀想と言う人間なんていないだろう。だって、これはただの人形。壁を殴って、怒る奴がどこにいる?


 実際、この僕の研究は大成功を収めた!

 世界で爆発的に「人形」は売れた。虐待される子供はいなくなり、僕はノーベル平和賞を受賞した。人形たちは、僕の研究を引き継いだ世界中の人たちの手で改良を重ねられて進化したらしい。

「僕は人間を救ったんだ」

 そんな達成感が僕の身体を包み込む。僕は、ソファーに座り込むと机の上に置かれた手紙の山を見つめる。いろいろな国の言語で書かれた手紙の中から、ヒョイと一つの封筒を気まぐれに持ち上げた。その、僕への感謝状には送り主の幸せそうな様子が滲んでいた。「是非とも家に来てほしい。幸せを貴方様と共有したい」そんな一文で手紙は締め括られていた。

 ちょうど研究の一線から退いて暇になっていたし、僕の作った幸せをこの目で見てみたい。僕は、彼の家に出かけることにした。


 手紙の送り主の家は、ごくごく普通の一軒家だった。

「ようこそいらっしゃいました! どうぞ入って下さい!」

 家主は、ニコニコとして僕を家に迎え入れる。家の中は太陽の光が窓から差しており、明るいいい雰囲気だった。

「パパ、このおじさん誰?」

 パタパタと家の奥から、小さな男の子が出てきた。走ってきたからだろうか?頬は赤っぽくなっており、大きな目くりくりした目でこちらを見てきた。

「こら、失礼だぞ。……すみません、うちの愚息が」

 家主はそう言うと、ペコっと頭を下げる。それを見て子供もペコっとお辞儀をする。

「いえいえ。いいんですよ」

 僕も思わず頬が緩んでしまう。こんな幸せを絵に描いたような生活を作ったんだ。この子供を救ったんだと思うとそれも仕方がないのかも知れない。

「こっちの部屋に人形はいるんです」

 家主は、子供をリビングの方へ返すと僕に向き直ってそう言う。そうだ。僕は人形を見に来たんだった。一番奥の部屋に案内されると、家主はさあ、と言って扉の前に僕を立たせる。

 なんだか、妙に緊張してしまう。嫁に出した娘に久しぶりに会うような、そんな感じだろうか。明るい世界のもとになった娘に会うべく、勢いよく扉を開けた。


「どうですか? いい部屋でしょう。この子には感謝してます。こんな幸せを教えてくれたんですからね」

 家主は、目を輝かせて僕にそう言ってきた。

「先生が作ってくれた初期版も良かったですけれど、最新版もいいですね。人間味が強くなっていて」

 なにを

「抵抗するんですよ、殴ると」

 何を言っている?

 目の前の楽しそうな家主は、正気か? この惨状で?


 その部屋は、暗く、静かで、冷たかった。

 広い部屋に、赤い壁。他の部屋は、真っ白な壁だったのに。ベットが置かれていて、その上に人形は眠ったように置かれていた。ベットと言っても、真っ黒で、金属でできたものだった。いや、そんな言い方はやめよう。あれは拘束具だ。それだけじゃない。普通じゃ知らないで死んでいくような、拷問道具だと思われるものがたくさんあった。そう、部屋いっぱいに。

「これは……?」

  僕は、そんな情けのない声しか出せなかった。

「……え? ああ!」

 家主は僕の声を聞いて不思議そうな顔をしていたが、ポンと手を叩くと納得したように頷いた。

「使ってるところを見たいですよね! ごめんなさい、気がつかなくて。」

 パアッと顔を輝かせると、彼は足取り軽く人形の方へ歩いていく。あまりの光景に僕は何もいえなかった。

「おい、起きろよ」

 ドスの効いた声でそう言った家主はベットの横に立つと、人形の腹にドンと一発拳を振り下げた。

「ウッ」

「うるせえんだよ! 声出すなって言っただろ⁉︎」

 あまりの痛さに耐える人形は、家主にボコボコと殴られている。一発、二発、三発…。人形を殴る家主は最高に愉快そうで、さっきまでの彼と同一人物だとはとても思えない。

「やめて、もうやめて!」

 彼女の声がドシンと胸に重くのしかかる。ああ、僕は知らなかったんだ。ドラマやアニメの中で泣き叫ぶ人間の声は作り物だったなんて。本当の恐怖に怯えた叫びは、こんなにも聞く者の心を揺さぶるんだ。

「うあっ……」

 打ちどころが悪かったのだろうか、彼女は抵抗しなくなった。ただ、こちらを見て、さらに怯えたような顔をしただけだ。そうだよな、僕も君を殴ると思ったのだろう? 子供には親がいて、きっと世間も虐待や暴力に反対して人間の子供は守られる。でも、人形は誰が守ってくれるんだ?

「もう、やめてください!」

 自分でもびっくりするほど大きな声が出た。この惨状に耐えられなかったのか、はたまた僕がこの人形たちを作っただからか?

「ああ、もういいんですか?」

 家主は意外にもあっさりと、彼女を殴るのをやめた。彼の表情は作り物の、取り繕った笑顔だった。まるで、人形のように。

「…すみません、トイレ借りても良いですか?」

 僕の声は弱々しくなっていないだろうか?この部屋にこれ以上いると頭がおかしくなってしまいそうだった。

「もちろんです。玄関の辺りにありますよ」

 客間でお茶でも淹れて待ってますね、と家主は言う。僕は会話もしたくなかったから、聞かずに部屋の外へ出たけれど。


「あれ、おじさん帰っちゃうのー?」

 特に行きたくもないトイレに行こうとすると、さっきの男の子がひょっこり現れた。

「いや、トイレに行くんだよ」

 この子供は真っ直ぐに育ったんだろう。それだけが救いだった。

「えへへ、僕おじさんが偉い人なの知ってるよ! スゴいなあ!」

 にヒヒっと子供は笑う。僕だって偉い人になったんだと思ってたさ、現実を見るまで。

 でも、そうだ。僕はこの子を救ったんだ! きっと人形が無ければ殴られていたのはこの子供……。いくら人間に近くたって、所詮は無機物なんだ。人間とは大きく違う。

「あのねあのね! 僕、おじさんにありがとうしなきゃいけないってパパに言われたの! だから、これあげるね。僕の宝物なんだー!」

 無邪気な笑顔で子供は僕に小さな箱を渡す。

「ありがとう。開けても良いかな?」

「うん! 見てみて!」

 嬉しそうに、箱を開ける僕を急かす。やっぱり、僕は間違ってなんかいなかったんだ。だって、こんなにも良い子が虐待さされずに生きているんだから。

「……え?」

「どうどう? スゴいでしょ? 僕が初めてやったやつなの!」


箱の中には、人形の指が入っていた。


 あいにく僕は、この指が人差し指なのか中指なのか判断できなかった。しかし、曲がってはいけない方向に曲がっていることはわかる。第一関節と第二関節の先の向きが90度真逆なんだ。

「パパと一緒に切り落としたんだ! 指も一本一本丁寧に折っていったんだよ。ほら爪を剥がすと泣いたんだ、この人形。最新のやつは感情や痛覚が搭載されてるなんて、スゴいよ!」

 子供は目を輝かせて話してくる。僕は人形はかなり頑丈に作ったはずなんだ。それを切り落とすなんて、指一本であってもかなりの根性を必要とする。それが、この子供にはあった?

「他にもね、首とか、腕とか? いっぱいいっぱい切り落としたんだ! 楽しかった!」

「は?」

 あまりに人間離れした発言に、アホみたいな声が出てしまった。

「あ、観に来る? こっちこっち!」

 子供は僕の腕を引っ張って、トイレの隣の部屋を開ける。

 そこには、人形の残骸があった。

 いや、そんな表現じゃこの部屋は説明しきれない。もっとおぞましかった、この惨状は……!

 人形はバラバラになっていた。バラバラ殺人の様子を見たことがあるわけではないが、それに近いものかもしれない。それでも、とても言い足りないが。首、腕、胴体、足。そんな風に切断されただけならまだ良かったと思ってしまう。

 腕や足は180度曲がってしまいそうなほど関節がズタズタになっていた。指は全て爪が抜かれていたし、子供の持ってきた指と同じ様子だった。腹からは臓物が引き摺り出されており、顔の目玉はくり抜かれていた。

 そんな人形が、一つじゃない。二、三十はゆうに超えるバラバラ人形がその部屋には散らかっていた。これほどの人形をバラバラにするなんて、一体どれほどの労力と根気が必要だと思っているんだ?

「目玉をくり抜くときはね、スプーンを使うといいんだよ!あとね、頭を切るのは最後!意識がある状態でバラバラに切りたいからねー!」

 アハハ、と幸せそうに子供は笑う。この子も歪んでいる。それとも、人形の存在が彼を歪めてしまったのか?

 吐き気がして、僕はこの家から飛び出して自宅まで真っ直ぐに帰った。


僕は、一体何を救ったんだろう?


作り物の人形だって、人間と変わらないじゃないか。いや、この事実を目の前にして人形を殴り続ける人間の方こそ人形のようじゃないか?


僕はを救うために核兵器を作ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殴られる「人」を減らしたかったんだ。 ぐらにゅー島 @guranyu-to-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ