第168話 バトンタッチ

「カフェよぉーし! 服よぉーし!」


 店を出ると、すっかり上機嫌な梨々花。

 ルンルンと弾む足取りで隣を歩くその姿は、子供のようでちょっと可愛いな。


「次に行きたいところはある?」

「んー、そうだなぁー?」


 顎に指を当てながら、楽しそうに次の目的地を考える梨々花。

 大学一の美女がそんな風に悩んでいるだけでも絵になるのだろう。

 すれ違う人達が、あからさまに梨々花のことを見ているのが分かる。


 しかし当の本人はというと、そんな周囲の視線なんて気にする素振りも見せずに、これから行く場所を考え込んでいる。


「あ、そうだ!」

「決まった?」

「うんっ! わたしの服だけ買うのもアレだし、次は彰の服も買わない?」

「俺? ……まぁ、そうだね。せっかく原宿まで来たんだし」


 俺は相手にしてあげることばかり考えていたけれど、どうやらそれはお互い様だったようだ。

 俺が思っているように、梨々花も同じことを思ってくれている。

 自分の服を買うことなんて考えていなかったが、俺は梨々花の提案に笑って頷く。


「でも、土地勘がないんだよなぁ」

「んーそうだね、わたしもメンズは見て回ることなんてないからなぁー。まぁさ、こういうのはフィーリングでお店に入らない?」

「そうだね、ここはフィーリングを信じようか」


 別に当てがなくたっていい。

 こういうのは、一緒にお店を探しているその時から買い物は始まっているのだ。

 というわけで、今度は俺に合いそうな服屋選びをすることにした。


 とは言っても、ここは原宿。

 有名ブランドの路面店からセレクトショップまで、ずらっと並んでいる。

 選択肢が多すぎるというのは、予備知識なしだと逆に難しいな……。


 原宿通りを抜けて、表参道の方へ向かって歩き出す。

 今は夏休みということもあり、この間までいた地元とは違う人混みが都会を感じさせる。


「あっちより、こっちは暑いねぇ」

「そうだね、喉乾いてない?」

「まだへーき。でもずっと歩くのは無理かも。休み休みで行こう」


 照り付ける日差しを手で遮りながら、うんざりする梨々花。

 都会の立ち並ぶビルに反射する日差しの照り付けが、余計に暑くさせているのだろう。

 地元の公園は木々に囲まれていたし、自然のパワーの有難みを実感する……。


 ――ついこの間まで、俺達は地元の田舎にいたんだよなぁ。


 隣を歩く梨々花は、ここ原宿ですらも一線を画すほどの強めのギャル。

 東京生まれの東京育ち、本物のギャル。

 大学でも一番の美女と知られる雲の上の存在。

 そんな梨々花が、今では自分の彼女なんだよなぁ。

 こうして都会で二人きりのデートをしていると、自分でもちょっと信じられなくなってくる。


「あ、ねぇ彰! あそことかどう?」

「ん? ああ、有名なブランドだ。行ってみようか」

「うんっ!」


 俺の服を選びに行くのに、梨々花の方が嬉しそうにしてくれている。

 そんな姿が嬉しくて、梨々花がそばにいてくれるだけで俺も楽しい気持ちにさせられるのであった。


 ◇


 やってきたのは、有名ブランドの路面店。

 店内は広くてオシャレで、田舎育ちの自分はちょっと緊張する。


「わぁー、これカワイイ! って、今は彰の番だったね!」

「いいよ、気になるなら見ても」

「ううん、いいのっ! メンズは二階だって! 行こっ!」


 そう言って、俺の手を取る梨々花とともに二階へ上がる。

 二階にあるのはメンズのみで、広々と服が並べられている。

 こんな都会で贅沢な面積の使い方だなと思いながら、店内を見て回る。


「これとか、彰に似合うんじゃない?」

「あー、そうだね、結構好みかも」

「あっ! こっちも可愛いよ!」

「本当だ」


 いつも一人で買い物していたけれど、梨々花が一緒だと物凄くスムーズだ。

 いつも主観でのみ選んでいたから不安もあったが、こうして客観的な視点で言ってもらえると選ぶ苦労も少なくていいな。


 梨々花がチョイスしてくれたのは、ポロシャツとTシャツ、それからダメージデニム。

 どれもお値段そこそこだが、登録者数百万人超えの人気Vtuberなら買えなくはない。


 俺としても不満はないし、ちゃんとしたブランドだからデザインも申し分ない。

 でも、これで買い物を済ませてしまうのはあまりにも味気ないというか……。


 まぁ男の買い物なんてこんなものだが、ここはせっかくだから一つ試してみることにした。

 どっちも買うつもりだが、梨々花の選んでくれたポロシャツとTシャツを両手に持って問いかける。


「梨々花、このTシャツとポロシャツ、どっちが似合う?」


 さきほど梨々花に言われたことを、そのまんまお返ししてみる。

 男がこんなこと聞くのもどうかと思うが、反応を楽しみたいだけだ。


 すると梨々花は、おなかを抱えて吹き出すように笑い出す。

 そんなに笑われると、ものすごく恥ずかしくなってくるんですけど!?


「あははは! どっちも似合うってば! ウケる!」

「そ、そんな笑うなよ」

「ごめんごめん、この質問やっぱダメだね!」


 そう、この二択はダメなのです。

 そんな気づきが得られただけでも、俺の犠牲の甲斐があったということにしておこう……。


 こうして梨々花と相談しながら他にも小物などを選んで、全てお会計を済ませたのであった。

 選んでいる最中も、梨々花はずっと楽しそうにしていてくれて、俺はデートというものの素晴らしさを再認識することができたのであった。


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