第124話 コンサート

 舞台上に現れたのは、やはり先程の女性だった。

 コートではなく、裾から少し見えていた黒のドレスを着ており、その姿は本当に華があり美しかった。 


 そして演奏が始まり、俺はとても衝撃を受ける。

 ピアノのコンサートへ足を運ぶのは今回が初めてだが、これまでスピーカー越しに聴いてきた演奏とは違い、生音ならではの迫力や壮大さが押し寄せてくる。


 鍵盤一つ一つから奏でられる音色に乗せて、演奏者の感情まで届いてくるようで、俺は気が付けば聴き入っていた——。


 隣の武も、そんな演奏を微笑みながら楽しんでいた。

 武からしても、あの女性の演奏はそれだけ素晴らしいものだということだろう。


 知識のない俺は、今演奏されている曲が何なのかも正直分からない。

 それでも、こうして聴いていられることが嬉しくて楽しくて、俺は純粋にワクワクしながらこのコンサートを満喫することができた。


 こんな風に、自分の知らなかった世界を知れるというのは、やっぱり嬉しいことだと実感しながら――。



 ◇



「ふぁー! 凄かった!」


 コンサートが終わり、俺は一度大きく伸びをするとともに武へ感想を伝える。

 集中して聴き入っていた分、身体がカチコチだった。


「あはは、楽しんで貰えたなら連れてきて良かったよ」


 そんな俺に、武は満足そうに微笑む。

 それは、先程の演奏の素晴らしさというよりも、やっぱり俺が楽しんでいることに満足しているようだった。


 だから俺は、気になってしまう。

 今日のコンサートは、素人ながらとても素晴らしい演奏だったと思う。

 そのうえで、武ならどんな演奏をするのだろうかと――。


 武の演奏を聴いたことがないわけではない。

 それでも、実際にこういう舞台で演奏している姿をまだ見たことのなかった俺は、武の演奏の場合はどうなるのか少し気になってしまう。


「武も、やっぱりこういうところで演奏したりするんだよな?」

「え? ああ、そうだね。たまにだけどね」

「そうか。武の演奏も、一回聴いてみたいな」


 そう俺が素直に告げると、武は嬉しそうに微笑む。


「本当かい? だったら、また公演の予定を入れないとだね」


 ピアニストとして、武がどんな存在なのかも俺はよく分かっていない。

 けれど、その時は俺も必ず足を運ぼうと思う。


「――っと。じゃあ彰、悪いけどちょっとだけ付き合って貰えるかな?」


 そして武は、そう言って出口ではなく関係者エリアの方へ向かって歩き出す。

 今日の奏者とも面識のある武なのだ、きっとこのまま真っすぐ帰るわけにもいかないのだろう。

 俺はそんな武のあとに続いて、関係者エリアの中へと入っていく。

 この建物の構造を知っている武は、そのまま迷わずにある部屋の前までやってきた。


 コンコンコン――。


 ノックをすると、その部屋の扉を開ける武。

 そして部屋の中には、先程まで素晴らしい演奏をしていた女性が、一仕事終えた様子で椅子に座って休んでいた。


「お疲れ、佐知さち

「ああ、武。今日はちゃんと、最後までいてくれたんだね」

「うん、今日は連れがいるからね」


 そう言って武は、佐知さんに俺のことを紹介してくれた。

 とは言っても、俺達がVtuberの所謂中の人繋がりであることは明かせないため、ただの友人だと武は紹介してくれた。


「彰くんね。初めまして、滝川たきがわ佐知と申します」

「は、初めまして! 桐生彰ですっ!」


 ドレス姿の綺麗な女性を前に、俺は完全に挙動不審になってしまう。

 その美しさもそうだが、先程まで素晴らしい演奏を聴かせてくれていた張本人が今目の前にいるのだ。

 それは芸能人に会った時のような、何とも言い難い緊張感を感じてしまう。


「彰くんのおかげで、武が最後まで残ってくれたわ。ありがとね」

「え? い、いや、俺は何も……というか、二人の関係は?」


 自分も当事者となったことで、流れに任せてずっと気になっていた二人の関係について聞いてみることにした。

 すると二人は、きょとんとした表情で顔を見合わせると、それから吹き出すように笑い合う。


「え? 何?」

「ああ、ごめん。俺と佐知は、幼馴染なんだよ」

「幼馴染!?」

「ええ、わたしと武は、幼稚園の頃からの付き合いよ」


 なるほど、幼馴染か……。

 たしかに親しい感じはしていたけれど、まさか幼馴染だとは思わなかった。


 ――というか、幼馴染でこの美男美女って……。


 モデルのような見た目をした二人は、まさかの幼馴染で、しかも今ではお互いにピアニスト。

 そんなこともあるもんなのかと、俺は素直に感心してしまうのであった。


「でもね、最近は武も何か裏でやってるみたいなのよね。それが何かも教えてくれないし、こうして顔を見せるのも珍しいぐらいなのよ。彰くんは、何か知っていたりしない?」

「おい、佐知。僕の友人まで巻き込むのは卑怯だよ。僕には僕の人生があるんだ」

「でも武、最近は活動自体減らしてるでしょ? せっかく、あなたには特別な才能があるのに……」


 心配するように、そう口にする佐知さん。

 きっと同じピアニストとして、その変化が気になっているのだろう。


 そしてその変化とは、恐らくVtuber活動。

 俺としては、武はピアニストである以上に同じVtuber仲間だから、佐知さんの言う才能の意味は分かっていない。


 けれど武には、Vtuberとしても特別な才能があることを俺は知っている。


ピアニストとしての顔と、Vtuberとしての顔。

その二つを併せ持つ武のことを、俺はやっぱりまだまだ分かっていなかったことに気付かされるのであった――。

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