第103話 来訪者
『はぁ!? 今クリスの家にいるのぉ!?』
電話の向こうで、驚きの声があがる。
「ああ、急に連絡がきてさ」
『いやいや、近くに住んでるんだからわたしに言えば……って、まぁそれはクリスの策略か』
「策略?」
『ううん、こっちの話。――分かった、とりあえず大変そうだし、すぐにわたしもそっち行くからちょっと待ってよね!』
そう言って、電話を切る穂香。
部屋の片づけをしながら俺は、このことを一応メンバーにも伝えた方がいいかなと思いつつも、みんなに言いふらすのもあれだと思いとりあえず穂香にだけ連絡したのだ。
前にバイキングへ行った際、穂香が近くに住んでいるからとグロッキーなクリスを連れ帰ったことを思い出したのだ。
だったら初めから穂香を頼れば良かったのにと思いつつも、俺もそんな離れているわけでもないし、まぁそこはたまたま思い付いたのが俺だったのだろうと深くは考えないことにした。
それから暫くして、チャイムが鳴らされる。
モニターを見ると、そこには穂香の姿があった。
「おー、いらっしゃい」
『自分の家じゃないでしょ』
「あはは、そうだな。今開錠した」
『ありがと』
マンションの中へ入ってくる穂香。
何て言うか、こうしてこれから女性が上がってくるのだと思うと、ちょっとソワソワしてしまう。
というか、最初からこうしておけば良かったと今更になって気付く。
さっきのラブコメのくだりも、最初から穂香がいてくれれば全く不要だっただろうと。
まぁ疚しい気持ちはないし、済んだことだしもういいだろうと思っていると、チャイムが鳴らされる。
「はいはーい、開けるよ」
俺は玄関を開けると、そこには不満そうに立つ穂香の姿があった。
「――変なこと、してないでしょうね?」
「し、してないっての。とりあえず、クリスは今休んでるから静かに頼むな」
「ふーん、分かった」
渋々納得した様子で、穂香は部屋へあがった。
そんな穂香を見て、俺は一点気が付いたことがある。
それは、今の穂香の服装である。
看病をしに来た割には、何て言うかちゃんとお洒落をしているのだ。
まぁ家を出るなら、お洒落をするのが普通なのかもしれない。
それでも、髪をしっかりセットし、フリルの付いたトップスにチェックのスカートと、どこか気合いが入っているような気がしなくもない、穂香にしては珍しい少し大人びた服装。
そんな穂香の普段と違う姿に、俺はつい目を奪われてしまった。
「な、何?」
「あー、いや。今日はなんか、お洒落だなって思って」
「そ、そう? ま、まぁね、わたしってば普段からお洒落だからね」
「いやいや、普段はTシャツにデニムとかだろ」
「うるさいなぁ!」
何だか今日は、ツンデレムーブな穂香さん。
そんな反応も、ちょっと新鮮で面白かった。
でもまぁ、こうして穂香が来てくれたことで俺はほっとする。
メンバーと言えど女性の一人暮らし、一緒に女性がこの場にいてくれることでほっとしている自分がいた。
「……ねぇ、これ」
しかし、そう都合良くもいかなかった。
リビングへあがった穂香は、真っ先に吊るされたままになっているクリスの下着に気が付く――。
穂香はその下着を指差しながら、目を細めてこっちを睨んでくるのであった。
「あ、ああ、それは何て言うか……触れなかったので、そのままに……」
「はぁ……まぁ、それはそうだよね。これはわたしがやるわ」
そう言って穂香は、呆れつつも吊るされたままの下着を回収する。
今は緊急事態なのだから、穂香も分かってくれたようだ。
こうして下着が回収されたことで、俺はもう憂いも何もなくなった。
まぁ本音を言えば、正直チラチラと見てしまっている自分がいたのは否めなく、少し残念に思ってしまっているのは絶対に秘密だ……。
それからは、俺と穂香で協力して部屋の片づけを進めて行く。
穂香は眠っているクリスの様子を見ながら、安心するように微笑んでいた。
俺にとってクリスが大切なように、穂香にとっても大切な仲間なのだ。
そんな仲間のピンチとあれば、すぐに駆けつけてくれた穂香の温かさに俺まで嬉しくなってきてしまう。
「なに? どうかした?」
「ああ、いや、今日は来てくれてありがとなって思って」
「クリスが困ってるんだから、当然でしょ」
当たり前のことだと、即答する穂香。
そんな言葉がやっぱり嬉しくて、俺はつい笑みが零れてしまうのであった。
◇
「あれ、穂香がいる……」
眠りから覚めたクリスが、目を擦りながらリビングへやってきた。
「クリス、体調はどう?」
「うん……まだダルいけど、良くなってきた……」
「そう、なら良かった。でもまだ休んでないとね」
「分かった」
そう言ってクリスは、そのままソファーに座る穂香へ嬉しそうに抱き付く。
そんなクリスの頭を、よしよしと撫でる穂香。
「えへへ、落ち着く」
「はいはい、クリスは無理し過ぎなんだよ」
美女二人の、そんな仲睦まじいやり取り。
それを近くで見ていられる俺は、幸せ者なのかもしれない。
とりあえず、薬と睡眠で最初よりは大分顔色もよくなったクリスの姿に、俺はほっと一息つくのであった。
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