第82話 説明と覚悟

 彰達、FIVE ELEMENTSのみんなが部屋から出て行った。


 ――そっか、やっぱり彰だったか……。


 去り行く彰の後ろ姿に、わたしは自分が少しほっとしていることに気が付く。

 それは、やっぱり彰がアーサー様だったのだと、自分の予想がやっぱり当たっていたから……ではない。


 わたしはアーサー様の正体が、彰で良かったと安心しているのだ。

 自分が推しとして好きな相手が、現実でも好きな相手だったということに――。


 今日を迎えるまで、そのことを知るのが怖くて不安で、私の中で戸惑いしかなかった。

 けれど、いざこうして真実が分かってしまえば、思った以上にどうということはなかったのだ。

 だってそれは、わたしの中で確かな喜びに変わってしまっているのだから――。


 何も分からなかったわたしに、全てを与えてくれたのは彰だった。

 そして配信でも、わたしをずっと夢中にさせてくれていた存在もまた、彰だったのだ――。


 そんなもの、嬉しいに決まっている。

 意識しない方が無理だし、わたしの中の特別な感情が、また大きく膨らんでいっていることを自覚するのであった――。


「――はい、それじゃあ梨々花さん? どういうことか色々聞きたいんだけど?」


 しかし、今はどうやらそれどころではないようだった。

 朱美のその言葉に振り向くと、朱美だけでなくメンバー全員が物言いたげな表情でこちらに迫ってきているのであった。


 それは無理もなく、わたしだけハヤトくん以外とは面識があったのだ。

 ただこれは、別にみんなに秘密にして黙っていたわけではない。

 わたしだって、それは今日初めて知った事実なのだから――。


「――う、うん。分かった、質問に答えさせていただきます……」


 こうしてわたしは、それからメンバー達からの質問攻めに会うのであった――。



 ◇



「――なるほどね。つまりは、アーサー様は本当に同じ大学に通ってる友達で、まさかアーサー様本人だとは知らずにFIVE ELEMENTSの話をしたり、今日までVtuberになるための支えになって貰っていたと」

「う、うん……そのとおりです……」

「で? メイド喫茶でバイトしてるけど、偶然アーサー様達FIVE ELEMENTSの皆さんがお客さんとして来たことがあったから、友達の友達として面識もあったと」

「は、はい……」


 ふーんと、腕を組みながらみんなからの質問内容をまとめる朱美。

 しかし、本当にその説明には何一つ嘘はなく全てが真実なのだから、わたしはもうそのことに対して何も言うことはなかった。


「じゃあ本当に、アーサー様とずっと一緒にいたってことなのね……ズルいわ……」


 レイアが羨ましそうに言葉を漏らすと、他の三人も頷いていた。

 さきほどの反応もそうだが、やはり他のメンバーは全員、アーサー様推しなのだろうか……。

 他の三人はともかく、円まで珍しく感情を表に出していることには少し驚いた。


 でもそれはきっと、アーサー様に限った話ではないのだろう。

 FIVE ELEMENTSとは、そういう存在なのだ――。


 彼女達のような、既に知名度のある人達ですらも憧れを抱いてしまうような特別な存在。

 そんな凄すぎるメンバーの中に、今のわたしにとって最も身近な存在と言える彰が属しているなんて、まだちょっと不思議な感じがしてくるのであった。


「彰にはね、本当にずっとお世話になってるの――。でも、まさか本当にアーサー様だったなんて驚いちゃったよ。――でも、今日はそれよりも、わたし達のデビューライブでしょ? だからもう、この話はおしまいにしていいかな?」


 一番驚いているのは、他でもないわたし自身なのだ。

 そしてそのうえで、今集中すべきはFIVE ELEMENTSのことではなく、このあと控えているデビューライブの方なのだ。

 わたしは自分自身にも言い聞かせるように、そうお願いした。


 するとみんなは、わたしの言葉に納得してくれたようだった。

 とはいいつつ、もうあとは本番を待つしかない状況のため、結局ソワソワとしながら出番を待つことしかできないのだけれど――。



 ガチャッ――。


 そして暫くすると、部屋の扉が開けられる。

 部屋へとやってきたのは、わたし達のマネージャーさん達。


「それじゃ、準備が整ったみたいだからスタジオへ行きましょうか」


 代表して早瀬さんが、そうわたし達に声をかけてくれる。

 その言葉に、わたし達は全員顔を見合わせながら気を引き締める。


 ――い、いよいよなんだ……!


 不安がないと言えば、それは嘘になる。

 まだ振り付けで失敗してしまう箇所はあるし、何より歌いながら踊ること自体簡単なことではないのだ。


 それでも、ここまでやれる限り準備をしてきたのだ。

 その積み重ねてきた時間や経験は、わたし達の中で確かな自信に変わっていた。


 ――そうだ、わたし達ならきっとやれるっ!


 よし、大丈夫。きっと上手くいく――。

 そう自分に言い聞かせながら、わたし達はスタジオへと向かうのであった。


 ――だから見ててね、彰。わたし、頑張ってくるから!


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