第55話 動画鑑賞と油断
『こんなこと、リスナーのみんなに言うことじゃないかもしれないんだけどさ、わたしね……ずっとアーサーに、嫉妬してたんだ……』
語られるのは、この間のオフコラボでも打ち明けられたカノンの思い――。
あの時もカノンは、泣きながら自分の気持ちを初めて俺に語ってくれたのだ。
それは嬉しかったし、あの一件以降俺はカノンとの距離を以前より大分縮めることができていると思っている。
『理由はみんな分かってると思うから、わざわざ言うまでもないと思うけどさ、やっぱりアーサーって凄いじゃない』
カノンのその言葉に、コメント欄も『そうだな』というコメントが溢れていく。
そして隣の藍沢さんも、聞き入った様子でその話にうんうんと頷いていた。
――そんなに、それって共通認識なのか……?
分かっているつもりでいたが、もしかしてまだ俺は俺自身のことを分かっていないのかもしれないな――。
『わたし、焦っちゃってたんだと思う……。みんなは凄いのに、自分には何もないから……。だからわたしは、少しでもみんなに追いつけるようにこれまで頑張ってきたんだ……。でもそのせいで、わたしは大事なものを見失っていたことに、あのコラボで教えて貰えたの――』
自虐気味に語られるその言葉。
カノンの言う大事なものとは、何のことなのだろうか……。
『どれだけ頑張っても、わたしはアーサーにはなれないし、他のメンバーにのようにもなれない。――でもね、それは他のみんなも同じだったんだ。わたしがみんなの代わりになれないように、みんなだってわたしの代わりになんてなれないんだって教えて貰えたの。だから――』
そしてカノンは、答えを見つけたように今の気持ちをはっきりと言葉にする。
『――わたしはこれからも、FIVE ELEMENTSの紅カノンとして精一杯頑張ろうって思えたの。ただそれはもう、これまでみたいにみんなに追いつこうとするんじゃなくて、これからもみんなの隣に並んで居続けられるようにね! ――だからみんな! こんなわたしだけどさ、良かったらこれからもついてきてよね!』
カノンのその言葉に、コメント欄には『もちろん!』というコメントが沢山流れていく。
そして隣の藍沢さんも、そんなカノンの言葉に感動するように、やっぱりうんうんと頷いているのであった――。
『え、なになに? カノンはアーサーに惚れてたりしてって? ――ば、馬鹿言わないでよ、何でわたしがあんな奴に――』
だが、そのあとカノンは確実に要らないコメントを拾い、そして要らないリアクションを見せる――。
その結果、コメント欄にもそのリアクションに反応した人達による『おっと? 今の反応は?』『やめてくれよ……』など、茶化すコメントや杞憂コメントが流れていく――。
『あっ! ちょっと! 本当に違うから、変な話を広げるのだけは絶対止めてよねっ!? もうっ!』
慌てて否定するカノンの言葉に対して、冗談だよと落ち着くコメント欄。
どうやらリスナーのみんな、本気で言っていたわけではなさそうだった。
しかしこの界隈、思わぬところから一気に炎上することも多いため、これがキッカケで変な風に荒れないといいなと少し不安になってきてしまう――。
「ぐぬぬ……。もしカノンちゃんがライバルになったら、さすがにそれは強すぎる……」
そして隣では、さっそく推しのアーサーとカノンの仲を杞憂する藍沢さんが、何とも言えない表情を浮かべながら言葉を漏らしているのであった。
もしかして藍沢さん、推し被りはNGなタイプなのだろうか……。
――まぁそのアーサーは俺で、今もすぐ隣にいるわけなんだけどね。
今はまだ言えないけれど、いつか分かった時どうなってしまうんだろうな……。
そんな、楽しみのような恐怖のような感情を抱きつつ、動画ではカノンがまた雑談配信に戻り、みっちり一時間トークでみんなを楽しませてくれたのであった。
「ふぅ、やっぱりカノンちゃんの配信はいいね」
「そうだね」
藍沢さんの言うとおり、やっぱりカノンは配信が本当に上手だった。
でもさっきのカノンの言葉どおり、それを真似ようと思っても俺にはできるはずもないのだ。
だからこそ、俺は俺で自分にしかできない配信というものを、改めて見つめ直すいい機会になった。
そんなわけで、最初はどうなるものかと思ったけれど、こうして無事に何事もなく動画鑑賞を終えられたことにほっとする。
だが、その油断が命取りだった――。
この動画配信サイトには、ある機能が備わっていることを完全に忘れてしまっていたのだ。
それは――、
”次の動画再生機能”
つまり、一つの動画を見終えたまま放置していると、数秒後に自動で次の動画が再生されるのである――。
そして、続けて再生される動画は切り抜き動画で――。
『どうもー! 飛竜アーサーでーす!』
「おわぁ!?」
ヘッドホンを通じて聞こえてくる、陽気に挨拶する自分の声——。
その声に驚いた俺は、思わず驚きの声をあげてしまう。
――し、しまった!!
俺は慌てて口を押えるも、止めるべきは俺の口ではなく動画の音声の方だった――。
「……え?」
驚いた様子で、こちらを向く藍沢さん。
そして今も尚、ヘッドホンの向こうからは楽しそうに話す俺の声がしっかりと聞こえてくるのであった――。
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