第54話 ネットカフェ

「あー、そのぉー……」


 目を逸らして、焦った様子の藍沢さん。

 そんな空気に耐えられなくなり、俺は咄嗟に立ち上がる。


「と、とりあえず俺、飲み物とってくるよ!」


 そう言って俺は、すぐに個室を出る。

 こうして二人きりの個室から抜け出してしまえば、解放された感覚というか一旦はセーフだった。


「ま、待って! わたしも行く!」


 すると藍沢さんも、慌てて立ち上り一緒に個室を出る。

 こうして俺達は、お互いに少しぎこちなくなりながらも、一緒に飲み物を取りに自販機へ向かうのであった。


「わぁ、漫画が沢山……」

「だよね、好きなの読んでいいからね」

「へぇ、聞いてはいたけどすごいね……読み放題じゃん……」


 本屋さんのように、沢山並べられた漫画の数に感心する藍沢さん。

 どこも似たようなものだが、たしかに改めて思うと藍沢さんの言うとおりだった。

 好きなものを飲んで、好きな漫画や雑誌を読んで、ネットもし放題。

 そしてこのリーズナブルなお値段なのだから、読書が趣味ならばどう考えてもサービスが良すぎだろう。


 しかし藍沢さんは、興味は示したものの、今は別に漫画を読みたいわけではなさそうではなさそうだった。


「漫画は読まなくても大丈夫?」

「あー、うん。わたしはいいや」


 そう言って藍沢さんは、今度はどれでも飲み放題の自販機にちょっと感動しながらジュースを選んでいた。

 まぁそれならば、俺も別に今は漫画を読みたい気分じゃないというか、むしろこの状況で漫画を読んだところで頭に入ってくる気もしないため、それならばと俺も漫画を読むのはやめて自販機のお茶だけを手にする。


 こうして俺達は、飲みたい飲み物だけを手にして、再びあの個室へと戻るのであった。


「あはは、ちょっと緊張しちゃうね……」

「ご、ごめん。俺がここに来たいって言ったから……」

「あ、そ、それは全然大丈夫だから気にしないで!」

「そ、そっか」

「うん! で、でさ、桐生くん! さっき言いかけたことなんだけどね、今から一緒に動画見ない?」

「動画?」

「うん! Vtuberの動画見よ!」


 そう言って藍沢さんは、ペアシート用に二つ用意されているヘッドホンの片方を手に取り、一つを俺に差し出してくる。

 断る理由もないため、俺はその差し出されたヘッドホンを受け取ると、自分の耳にあてる。


 しかし、パソコンを操作する藍沢さんによって開かれたページを見て、俺は絶句する――。


 何故なら、今藍沢さんの開いたページ――それは他でもない、俺こと飛竜アーサーのページだったのである――。


 ――え? ちょっと、えぇ!?


 急に訪れたピンチに、軽いパニック状態に陥る。

 自分で自分の配信を見るなんてただの拷問でしかないし、しかも藍沢さんと一緒だなんて絶対に無理だ!

 そして何より、こんな隣で俺の配信なんて見てしまっては、今度こそ正体がバレかねない……。


 しかし、そんな俺のことなどお構いなしに、藍沢さんは俺の過去の配信動画をスクロールしながら、楽しそうに見たい動画を選んでいた。


「あ、藍沢さんっ! ア、アーサーじゃなくってさ、俺のオススメの動画があるんだけどっ!」

「え? そうなんだ。じゃあ、教えて貰おうかな! でも、見るならFIVE ELEMENTSでお願いしたいな!」

「ど、どうして?」


 FIVE ELEMENTSとは全く関係ないVtuberの動画をオススメしようと思っていたのだが、藍沢さんに先回りされてしまう。

 しかし、どうしてそこまでFIVE ELEMENTSに拘るのだろうか――。


 すると藍沢さんは、屈託のない笑みを浮かべながら理由を教えてくれた。


「だって、好きなんだもん」


 簡潔ながらも、明確なその理由——。

 そう言われてしまっては、俺ももう何も言うことはなかった。


 だから俺は、しっかりとアーサーの出てくる動画だけは外しつつ、そのうえで藍沢さんも憧れを抱いているカノンの動画をチョイスすることにした。


「あ、カノンちゃん」

「うん、前に好きだって言ってたからさ」


 そして選んだのは、カノンが昨日行った配信のアーカイブ動画だった。


「あ、これまだ見れてないやつだ」

「だと思って、一緒に見ようかなと」


 元々紹介したかった動画が見られない以上、ここはまだ藍沢さんが見ていないであろうカノンの動画を一緒に楽しむことにした。

 ちなみに昨日は俺も配信をしていたから、カノンのこの動画は見れていない。


 こうして俺達は、一緒にカノンの動画を見る。

 相変わらず、この近すぎる距離感を意識してしまうけれど、それでも今は一緒に動画を見るという目的が生まれたことで、最初ほどドキドキはしないで済んだ。

 それでも、少し気を抜けばまた意識してしまうため、今はカノンの配信を楽しんで気を紛らわすことにした。


『はいみんなー! こんカノンー! 今日は雑談配信やっていくよー!』


 ヘッドホンから聞こえてくる、聞き慣れたカノンの声。

 今回は雑談配信ということで、カノンは流れていくコメントを拾いながら、相変わらずのトークスキルで面白おかしく話を広げていく。

 そんなカノンの配信は、相変わらず勉強になるというか、感心してしまうほどだった――。


 それは藍沢さんも同じなのだろう。

 楽しそうに、そして熱心にその配信に聞き入っていた。


「ん? この間のオフコラボについて教えて欲しいって?」


 そして配信では、この間行ったオフコラボについての質問が拾われる。

 俺とは関係のない配信を選んだつもりが、俺に関係のある話題が拾われてしまったことに、急に不安が押し寄せてくる――。


「――いいけど、ちょっとマジ語りになっちゃってもいい?」


 そしてカノンはそう前置きして、この間のオフコラボについて語り出すのであった――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る