第53話 散歩の続き
「猫って、凄いんだね……」
「うん、猫ぱない……」
ペットショップをあとにした俺達は、少しゲッソリしながらまた駅へ向かって歩きだす。
猫が凄いというより、あの店員さんが凄いのかもしれない――。
おかげで俺も藍沢さんも、飼えるものなら猫を飼いたい気持ちにさせられてしまったのだから――。
まぁそんな出会いも、この行き当たりばったりの散歩をしているが故だろう。
気を取り直して俺達は、並んで大通りを歩く。
しかし、ここはオフィス街。
他には特に目ぼしいお店があるわけではなく、ビルやコンビニ、それからチェーン店の飲食店などが立ち並んでいた。
それでも藍沢さんと一緒なら、こうしてただ歩いているだけでも楽しかった。
何をするかも大事だが、誰といるかも大事なのだろう。
そして気が付けば、あっという間に次の駅近くまでやってきた。
「ありゃ、もう駅ついちゃったね……」
「そうだね、都会だと間隔も短いんだろうね……」
少し残念そうに呟く藍沢さんの言葉に、俺も同じ気持ちで返事をする。
もっと一緒にいたいと思ってしまっている自分がいるのであった――。
そして、自然とお互いの歩みはゆっくりになっていく。
駅の構内へ入ってしまえば、もうあとは電車に乗って解散するのみ――。
それが分かっているからこそ、時間を稼ぐようにゆっくりと、けれど無言の時間が続く――。
「「あのさ!」」
そして俺達は、同時に口を開く。
結果、綺麗にシンクロしてしまった同じ言葉。
「ああ、ご、ごめん! 桐生くんからどうぞ!」
「そ、そっか! 分かった!」
慌てて譲る藍沢さんに、同じく慌てて頷く俺。
「あー、えっと、じゃあ――藍沢さんさえ良ければなんだけどさ、あ、あそこ寄ってかない?」
そう言って俺は、駅の近くの雑居ビルに掲げられている看板を指差す。
”インターネットカフェ”
文字通り、そこは所謂ネットカフェ。
たまたま視界に入っただけで、別に場所はどこだって良かった。
俺はただ、ここでこのまま別れてしまうのはまだちょっと物足りないというか何と言うか、もう少しだけ一緒にいたいという一心で勇気を出して誘ってみたのである――。
「……うん、いいよ」
すると藍沢さんは、少し上目遣いになりながら小さくそう返事する。
「えへへ……桐生くんから直接誘ってくれたの、多分初めてだよね」
そして藍沢さんは、そう言って嬉しそうに微笑む。
その言葉と仕草に、俺の胸は一気にドキドキと心拍数を上げていく――。
言われてみれば、たしかにそうだった。
俺はいつも受け身で、いつだって藍沢さんの方から引っ張って行ってくれていたのだ。
とは言っても、これまで異性と付き合ったことのない俺にとって、藍沢さんを誘うのはまだまだ勇気のいることだった。
けれども、勇気を出した結果こんな風に藍沢さんが微笑んでくれるのならば、俺ももっと積極的になれるように頑張ろうと思えた。
「じゃ、じゃあ行こうか!」
「うん、行こ!」
こうして俺達は、一緒にそのネットカフェへと向かった。
心なしか、藍沢さんとの距離がさっきよりも縮まっている気がするのは、きっと俺の気のせいだろう――。
◇
ネットカフェへとやってきた。
聞くと藍沢さんは初めてらしく、ワクワクとした感じで周囲をキョロキョロと見回していた。
俺も数回しか利用したことがないのだが、いくつかあるプランを見ながら藍沢さんと相談した結果、とりあえず二時間パックというので手続きを済ませることにした。
「えーっと、サンマルイチ、サンマルイチ……あった!」
楽しそうに先を行く藍沢さんは、さながらテーマパークに来たようにはしゃいでいる。
そんな楽しそうな藍沢さんのあとに続いて到着した、301のツインフラットシート。
「え、なにこれ! ちょっと上がるじゃん!」
そのまま靴を脱いで、楽しそうに中へと入って行く藍沢さん。
そんな藍沢さんの姿に、俺はようやく今の状況を理解したのであった。
――藍沢さんと、ここで二人きり……!?
狭くはないが、広くもないネットカフェのフラットシート。
そんな半密室の中、俺はこれから藍沢さんと二人きりで過ごそうとしているのか……。
いや、分かってはいたさ。
ネットカフェとはこういう場所だと。
ただまさか、こうして実際に目にしてみると、思ったよりも密着感が強かったのである。
だから俺は、間抜けなことに今初めて理解したのだ。
これは色々と、不味い気がすると――。
「どうしたの? 桐生くん?」
「ああ、ごめん」
とりあえずここで突っ立っているわけにもいかない俺は、覚悟を決めて誘われるまま中へと入る。
「えへへ、何だか秘密基地みたいで楽しいね! あ、パソコンもう電源入ってるじゃん!」
「そ、そうだね」
特に気にする素振りも見せない藍沢さんは、楽しそうにパソコンに興味を示す。
そして、カチカチとマウスをクリックする音だけが響き渡る。
隣を向けば、すぐそこには藍沢さんの横顔。
揺れ動くその艶やかな髪からは、シャンプーの甘い香りが漂ってくる――。
「あ、ねぇ桐生くん! これさ――」
そして藍沢さんは、楽しそうに画面を指差しながらこちらを振り向いてくる。
その結果、俺達は物凄く近い距離感で顔を向き合わせる――。
目の前で、藍沢さんの頬が次第に赤く染まっていくのが分かった。
今ここは、二人きりの半密室――。
ようやく藍沢さんも、今自分達が置かれている状況を意識した瞬間だった――。
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