第42話 通話と報告(第一章完)

 最寄り駅で降りた俺は、改札をくぐった先で一度立ち止まる。

 そして一度深呼吸をしてから、覚悟を決めてスマホの通話ボタンをタップする。


「あ、もしもし?」


 俺が通話をする相手、それはもちろん藍沢さんである。

 藍沢さんは、少しの間を空けてから通話に出てくれた。


「ご、ごめんね桐生くん! 今大丈夫だった?」

「あ、うん。今駅だけど、歩きながらで良ければ」

「そうなんだね! 大丈夫だよ!」


 通話の向こうの藍沢さんは、どこか浮足立っているように感じられた。

 そんな様子がやっぱり気になってしまいつつも、俺はそのまま家に向かいながら電話を続けた。


「それで、話っていうのは?」

「あー、うん。その、これはきっと、桐生くんには言わない方が良い話だと思うんだけどね……」


 言い辛そうに、そんな前置きとともに話を切り出す藍沢さん。

 そんな藍沢さんの様子に、これから何を言われるのだろうと俺の胸の鼓動もドキドキと加速していく。


 ――もしかして、正体がバレた、とか……?


 今日は俺だけでなく、ハヤト以外のメンバーまで揃っていたのだ。

 FIVE ELEMENTSの大ファンである藍沢さんならば、気付いてしまったのかもしれない……。

 そんな悪い予想をしながらも、俺はこれから何を言われるのだろうかとドキドキしながら待つしかなかった。


「……その、さ。決まったんだ」

「決まった?」

「うん、Vtuberとしての活動が――」


 その言葉に、俺はほっとしたのも束の間、代わりに嬉しさが一気に込み上げてくる。


「え? おめでとう!!」

「うん、ありがと。ちょっと緊張しちゃうな……」

「いやいや、藍沢さんならきっと大丈夫だよ、俺が保証する」

「あはは、なら大丈夫かな」


 つっかえていたものが抜けるように、ほっとした様子の藍沢さん。

 きっと、いざ活動が決まってしまったことによる実感が焦りとなり、これまでずっと一人で抱えていたのだろう。


 そんな風に、緊張する気持ちは俺にもよく分かる。

 というか、俺だって未だにコラボ前とかはそれなりに緊張するのだ。

 であれば、これからデビューする藍沢さんが緊張しないはずがなかった。


「でね、集まりがさっそく来週にあるみたいなの」

「そうなんだ、結構急だね」

「だよね、でも下手に時間が空くよりは良かったかも。――でね? こういうのはさ、さっき言ったとおり誰かに話さない方がいいことだとは思うんだけどね、それでも桐生くんにだけは、ちゃんと言っておこうと思ったの」


 なるほど、だから迷っていたと――。

 たしかに、客観的なことを言えば藍沢さんの言うとおり黙っていた方がいい話だろう。

 それでも、そのうえで俺には教えてくれた藍沢さんの気持ちが嬉しいし、なにより藍沢さん自身も誰かと共有したかったんだと思う。


 だから俺は、もう一度そんな藍沢さんに言葉を送る。


「うん、教えてくれてありがとう。――大丈夫、藍沢さんならきっと上手くいくさ。ちゃんと応援してるから」

「うん……。やっぱり、桐生くんに話して良かったな……ありがとね……」


 恥ずかしそうに返事をする藍沢さんは、こんな時になんだが凄く可愛く思えてしまう――。

 そのせいもあってか、藍沢さんの言葉を受けて俺までちょっと恥ずかしくなってきてしまう。


「いや、俺は何も……」

「そんなことないよ、助かってるから――」

「そ、そっか」

「うん」


 スマホを通じて、耳元に届く藍沢さんの声。

 そんな二人きりの会話に、俺は何とも言えない喜びを覚えていた――。

 それはきっと、こうして信頼してくれているという実感が、幸せに変わっていっているからだろう――。


「――あ、そうだ! は、話は変わるんだけどさっ! 今日は本当にビックリしたよっ!」

「え? あー、うん! いきなりごめんね」


 しばらく沈黙が続く中、話題を変える藍沢さん。

 今日というのは、もちろんメイド喫茶でのことだろう。


「いや、もういいんだけどね! それに、わたしも休日に桐生くんに会えたからむしろ良かったっていうか」

「えっ?」

「あっ、その! へ、変な意味じゃなくってね!? そ、それで桐生くんは、あの一緒にいた子達とは、ど、どうだったの?」


 いきなりの言葉にドキッとするも、慌てて誤魔化してくる藍沢さん。

 そして、藍沢さんから告げられたどうだったのという言葉に、俺の感情はもう完全にジェットコースター状態となってしまう。


「あ、ああ! まぁ、普通にオフ会楽しんで解散した感じだよ! 普通にね!」

「そ、そうなんだ。さっきまで?」

「う、うん、そうだね!」

「こんな時間までどこにいたの?」


 何だか色々と聞いてくる藍沢さん……。

 この状況だけならば、まるで彼女に浮気を問われているような何とも言えない気まずさがあった……。


「え、えーっと、実は他にも参加者がいてさ、その人も加わってみんなで集まって食事しただけだよ? あっ、ちなみにそいつは男ねっ!」

「ふーん、そっか」


 とりあえず、男は俺一人ではなかったアピールはしておく。

 しかし藍沢さんは、言葉では納得しつつも、心ではどこか納得していない感じだった。


「……あ、藍沢さん?」

「分かった」


 そして少し間を置いて、そんな返事が返ってくる。


 ――分かったって、なんだ?


 意味は分からないが、覚悟の籠った様子のその言葉に、俺はまた感情を揺さぶられる――。


「桐生くんが何しようと、別にわたしがどうこう言える立場じゃないよね――」

「あー、いや、そ、それはどうなんだろう、ね?」

「だからさ、桐生くん」

「は、はいっ!」


「――今度はわたしとも、オフ会しよ?」


 藍沢さんの口から、少し甘えるように告げられたそのお願い――。

 俺の頭は、一瞬で真っ白になってしまう――。


「えっと――うん、いいよ」

「ほ、本当? じゃあわたし、行きたいところとか考えておくねっ!」

「うん、分かった」

「じゃ、じゃあこんな夜中に電話ゴメンね! ま、また大学で!」

「うん、また――」


 こうして、通話が切られたスマホの画面を見ながら俺は立ち止まる。

 そして、たった今交わした会話の内容が実感に変わっていくとともに、どんどん顔が熱くなっていくのを感じる――。


「マジか……」


 こうして俺は、藍沢さんとオフ会という名の実質デートの約束を交わしてしまったのであった――。


 そんなわけで、いよいよ迫ってきた藍沢さんのVtuberデビュー。

 そして、さきほど交わしたオフ会もといデートの約束――。


 今日は本当に色々あったけれど、これから先もっと色々なことがありそうな予感しかしないのであった――。



------------------------

<あとがき>

デビューにデート、まだまだ桐生くんの周りでは色々ありそうですね!


というわけで、今回でおれブイ第一章完結です!

おかげさまで、本日はラブコメ日間ランキング第5位にランクインすることができました!

いつも本当にありがとうございます!!


そして次からは、第二章へ突入です!

二章では、藍沢さんがいよいよVtuberデビューする時がやってくるので、一体どうなるか乞うご期待!!


フォローや評価、あと感想など頂けるととても励みになりますので、良かったらよろしくお願いいたしますね!!


ではでは、引き続きおれブイをよろしくお願いいたします!


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