第31話 ダメ
「ん? どうかした?」
目的地へ向かって歩きながら、穂香が話しかけてくる。
「いや、本当に行かないとダメか?」
「ダメでしょ」
「ダメね」
「ダメー」
それとなく逃れようとするも、ダメだと即答する三人。
どうやら完全に、三対一の構図ができてしまっているようだ……。
「いや、なんていうか、メイド喫茶とかはちょっと行きづらいっていうか……」
「あれ? でもこの間行ったって話してたじゃない」
ぐっ、そうだった……。
前に一緒にゲームをした時、ぽろっとそんな話を出してしまった気がする……。
こうして、どんどん逃げ場がなくなっていく俺……。
「そもそも、何でそんなに嫌がるのよ?」
「いや、それは……」
「何よ、はっきり言いなさいよ」
そして、痺れを切らすように問い詰めてくる紅羽。
他の三人からすれば、たかがメイド喫茶なのだ。
客観的に考えて、こんなに嫌がることでもないからこそ余計に怪しくなってしまっているのだろう。
だから俺は、ここはもう正直に渋っている理由を話すことにした。
「……いや、実はそのお店で、知り合いが働いてるかもしれないんだよ」
そんな俺のカミングアウトに、ピタリと歩みを止める三人——。
そして三人とも、さっきまで普通だったその表情からは感情が消え去り、無表情でこちらを見てくるのであった。
「誰よ、それ?」
「気になる」
「いや、普通に大学の友達だよ」
「え? それってもしかして、TAMAGOさん?」
「なに、そのTAMAGOさんって」
「気になる」
「あー、この前彰とTAMGOさんって友達の三人で一緒にゲームしたんだよ」
「「ふーん」」
穂香の言葉に二人も頷くと、三人とも目を細めながらこちらを見てくる。
「な、なんだよ!?」
「なるほど? やっぱりTAMAGOさんなんだ」
そして、俺の反応から穂香はズバリ理由を的中させてくるのであった。
まぁたしかに、メイド喫茶で働くのは女性であり、俺の知り合いの女性と言えば、TAMAGOさんこと藍沢さんと、今一緒にいる三人……あとは、マネージャーの早瀬さんぐらいか。
まぁその程度の交友関係しかない。
そのことは、毎週のように連絡を取っている彼女達なら察しが付いているのだろう。
だから俺も、ここは咄嗟にアプローチを変える。
「そうだよ、TAMAGOさんだよ。だから、いきなり大学の友達がバイト先に押しかけたら、ビックリされちゃうだろ?」
バレたのなら仕方ない。
だったらそれも、行けない理由に付け足すのみだ。
同じ大学の友達が、いきなりバイト先に押しかけたら迷惑。
我ながら、これにはしっかりと筋が通っているように思えた。
「それでもわたしは行きたい。イラストの参考に、生のメイドさんが必要」
しかし、それでもクリスは行きたいと譲らなかった。
Vtuberとしてではなく、イラストレーターとして今日はメイドを見たいのだと――。
「だ、だったら他のメイド喫茶でも」
「ダメ。色々調べて、ここのお店の制服が一番」
「じゃあ、俺は適当にどっかで時間潰してるから……」
「「「それは絶対ダメ」」」
譲らないクリスに、俺は奥の手『自分だけ別行動』を提案してみるも、即答で却下されてしまうのであった。
「彰が来ないなら、わたしがTAMAGOさんと色々話しちゃうかもよ?」
そして穂香のその一言が、決定打となる――。
そんなことになったら、一体何言われるか全く分かったものじゃない。
それに何より、藍沢さんは生粋のFIVE ELEMENTSファンなのだ。
だからこそ、この三人だけで行かせるのは非常に危険に思えた。
俺だってFIVE ELEMENTSなのだが、それでもその場に同じ大学の友達である俺がいる方が、変な疑いはされる確率は絶対に低いのだ。
こうして、絶対に行き先を変えるつもりがなければ、俺を逃がすつもりもない三人。
だから俺も、諦めて覚悟を決めるしかなかった――。
「――分かった。その代わり、絶対に正体がバレないようにな」
「分かってるって」
「ふん、当たり前でしょ」
「了解」
俺の言葉に、三者三様の反応ながらも一応頷いてくれた。
まぁ三人も同じ身の上なのだ、身バレの危険性についてはちゃんと考えてくれている。
――しかし、こうして改めて見ると、三人ともタイプは違う美人っていうか。
今もすれ違う人達の多くが、三人の姿に目を奪われているのが分かった。
こんな三人と一緒に行ってしまって、本当に大丈夫なのだろうかと俺は違う意味でも何だか不安になってくる……。
でもその時だった。
俺は、ある決定的なことを思い出す――。
それは、以前藍沢さんから送られてきたメッセージ。
『うん! バイトのシフトも大至急変わってもらいました!』
そう、藍沢さんは今日の俺達のオフコラボ配信を楽しむために、バイトのシフトを変わってもらったと言っていたのだ。
だから、今日のメイパラに藍沢さんはいない――!
そのことに気付いた俺は、全てが杞憂だったことに安堵する。
ただ、このことが三人に見透かされても面倒な気がするので、絶対に顔には出さないように努める。
まぁそんなわけで、俺は三人と一緒にメイパラことメイドパラダイスへ到着すると、お店の扉を開けるのであった――。
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