第21話 カフェ
次の日も、藍沢さんはどこかぎこちなかった。
何か言いたそうにしつつも、我慢しているような反応を見せていた。
それでも、もうその理由が分かっている俺としては、そんな藍沢さんを気遣いつつ、こちらも極力Vtuberの話題は遠ざけるように接しているのであった。
しかし、そもそも俺と藍沢さんを結び付けているのはVtuber。
それが失われた今、何を話していいのかお互いに分からなくなってしまっているのであった。
「……その、さ。桐生くん、今日全部の講義終わってから、ヒマ?」
「え? ま、まぁ、ヒマだけど?」
「じゃ、じゃあ、い、一緒にカフェでも行かない?」
ぎこちなく、だけど思い切った様子で出掛けないかと誘ってくる藍沢さん。
そんな申し出に俺は、一気に顔が熱くなってくるのを感じる。
それは当然というか、無理のないことだった。
藍沢さんと二人で出掛けるなんて、恐れ多いというか何というか、こんな風に誘われるだけでもうドキドキしてしまっているのだ。
たしかにこの前、一緒にパソコンを買いに出掛けてはいる。
けれどあれは、パソコンを買うという名目があったのだ。だから今回とは違う。
まぁそのあとで、二人でメイド喫茶へ行ったり食事もしたのだから、同じと言えば同じなのかもしれない。
でも、成り行きでどこかへ行くのと、最初からそれを目的として行くのとでは、免疫のない俺にとってのハードルが違うのだからしょうがない。
だから俺は、そんな藍沢さんからの誘いに対して何とか首を縦に振って応えると、そんな俺につられるように、藍沢さんもコクコクと頷いて応えてくれたのであった。
◇
「ご、ごめんね、今日は」
「い、いや、全然、大丈夫」
講義が全て終わり、俺は藍沢さんと共に駅前にあるカフェへとやってきた。
俺はコーヒー、藍沢さんはパフェにクリームソーダを頼み、ボックス席に向かい合う形で座っている。
だから今、前を向けばすぐそこには藍沢さんのご尊顔がある。
今日も一切非の打ちどころのないような整ったそのお顔に、俺は目のやり場にちょっと困ってしまう。
「それでさ、今日誘った理由なんだけどね……?」
「う、うん……」
そして改まった様子で、今日誘った理由を話そうとする藍沢さん。
しかし、その表情はまだ迷っているような、複雑な表情を浮かべていた。
「……今から話すことは、基本的に人に話すなって言われてるんだけどね。でも、桐生くんに色々と助けて貰ったのに、黙っているのも申し訳ないというか……」
言い辛そうに、話し出す藍沢さん。
でも、そこまで言われれば俺も、これから藍沢さんが何を言おうとしているのか分かってしまう。
そしてそれより先の言葉は、藍沢さんの言うとおり秘密にすべきことだ。
もちろんそれは、藍沢さんも分かっていること。
それでもこうして、俺のことを考えて行動しようとしてくれていることに、俺は感謝と共に申し訳なさを感じてしまう。
だから俺は、そんな藍沢さんより先に口を開く。
「――大丈夫だよ。とりあえず、おめでとうでいいんだよね?」
「え――?」
「Vtuber事務所に合格したら、正体を明かしてはならない。でも、それだと俺に黙っていることが申し訳なくて、どう接したらいいのか分からないって感じかな?」
俺は安心させるように微笑みかけながら、そう藍沢さんに告げた。
これはもちろん、藍沢さんが合格していることを知っているから言えることだ。
それでも、俺自身もVtuberをやっているのだから、藍沢さんの考えていることは何となく察しがついたのである。
「ど、どうして、えっと……」
「大丈夫だよ。俺はまだ、どのグループの、どのメンバーに合格したのかは聞いてないし聞くつもりもないからセーフ! ――ってことで、今日は祝勝会……で言葉合ってるかな? とにかく、お祝いさせてよ」
困惑する藍沢さんに、俺は仕切り直すように微笑みかけながらそう告げる。
すると藍沢さんは、マシュマロのように白い頬をほんのりと赤く染めながら、その目を大きく見開いてこちらを見つめてくる――。
「桐生くんって、すごいね……」
そして、考えていることがそのまま口に出てしまったように、ポロリと語られたその言葉。
しかし、急に褒められても自覚のない俺が首を傾げると、我に返った藍沢さんの頬は更に赤く染まっていく。
「な、なんでもないですぅっ!!」
慌てて藍沢さんは、そう言って手をパタパタと動かしながら必死に誤魔化すのであった。
そんな藍沢さんの表情と仕草は可愛くて、俺は俺でその姿につい見惚れてしまうのであった――。
◇
「うわっ! このパフェおいしっ!!」
少し気まずい空気が流れるも、ちょうど注文していたパフェが届いたことで藍沢さんは完全復活した。
美味しそうにパフェを食べながら、とびきりの笑顔を浮かべている。
「あ、桐生くんも一口食べる?」
「い、いや、それはさすがに!」
「えへへ、恥ずかしがらなくてもいいのにぃー!」
すっかりご機嫌になった藍沢さんは、そう言って俺のことをおちょくってくるほど復活しているのであった。
そんな、いつも通りに戻った藍沢さんの笑みに、自然と俺も笑みが零れる。
「でも、これでやっと胸につっかえていたものが取れた感じだよ」
「あはは、だって藍沢さん、ずっと言いたいけど言えないような絶妙な顔してたからね」
「えっ!? わたし顔に出てた!?」
「出てたっていうか、もう書いてあるレベル」
「えー! ウソー!!」
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にする藍沢さん。
どうやら自覚はなかったようだが、正直あれほど分かりやすいのも珍しいほど、それはもう本当に分かりやすかった。
しかし、そんな恥ずかしがる反応もやっぱり可愛くて、それからは藍沢さんのVtuberになったらやってみたいことを中心に、楽しくお喋りを楽しんだ。
その会話の中で、アーサー様ともいつかコラボしてみたいなぁと言われた時は一瞬ドキッとしたけれど、俺もいつか一緒にコラボできたらいいなと思うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます