第17話 身バレ?

「え……? あれ、この声って……」


 突如聞えてきたその声に、藍沢さんは驚きを露わにする。

 そんなカオス過ぎる状況に、俺はもう頭を抱えるしかなかった。


 ――何いきなり、声晒してんだよ……。


 訳の分からないアユムの行動に、俺は終わったと絶望するしかなかった……。


「桐生くん?」

「あ、ああ、ごめん。な、なんだった?」

「いや、だからこの声って……」


 ああ……これはもう、藍沢さんも絶対気付いてるやつだ……。

 それもそのはず、藍沢さんはカノン推しのFIVE ELEMENTSの大ファン。

 そんな配信越しで聞く推しの声に、気付かないはずがないのだ……。


「……女の子、だよね?」

「へ?」

「いや、へ? じゃなくて、この声は女の子でいいんだよね?」


 覚悟していた反応とはちょっと違ったその反応。

 俺は思わず、変な声を出してしまった。


 ――あれ? もしかして気付いてない!?


「あーあー、だから聞こえてるー? って」


 だが、またゲーム上のボイスチャットで喋り出すアユム。

 そして藍沢さんも、「桐生君! はやく教えてよ!」とちょっと焦った様子で迫ってくるというカオス。


 だから俺も、もうどうにでもなれという気持ちで答える。


「ああ、うん。そうだよ女の子だよ」


 俺は藍沢さんに、聞かれたまま真実を答える。

 でもそれは、アユムの性別についての話であり、アユム本人だとは答えずに――。


「そっか! なんか、どっちともとれる声だったからちょっと不安になっちゃって」

「え? そ、そうだったんだ」

「じゃあ、返事しないとだよね! どうやったら話せるのかな?」

「ああ、それはね――」


 どうやら藍沢さんは、アユムの正体に気付いたわけではなく、返事をしないとと思いちょっと焦っていただけのようだった。


 ――なんだ……てっきり、アユムだと気付いて焦っているのかと……。


 ほっと安堵しながらも、俺は藍沢さんにボイスチャットのやり方を教えると――、


「あーあー、聞こえますかー?」

「あ、これはTAMAGOさんの声?」

「はい、そうです! 改めまして、初めましてポッキーさん!」

「うん、こちらこそ初めましてー」


 さっそくボイスチャットを通じて、自己紹介をし合う二人。

 そして藍沢さんは、こうして直接言葉を交わしても、やっぱり相手がアユムだと気付く様子はなかった。


 まぁ、こうして俺の友人だと紹介された人が、まさかFIVE ELEMENTSのアユムだとは普通は思わないのかもしれない。

 それこそ、それでバレるぐらいなら、そもそも俺が今こうしていること自体が有り得ないのだから。


 ちょっと考え過ぎだったかなと、少しだけ肩の力を抜く俺。

 よくよく考えれば、アユムの声も違うのだ。


 それは、オンとオフの違い。

 俺も配信が始まれば、飛竜アーサーというキャラに気持ちから何まで変身するのだが、きっとそれはアユムも同じなのだ。

 配信上では、明るくてゲームの上手な女の子。

 でも、普段のアユムはちょっと声のトーンが低くて、たしかに声だけ聞いたら、男の子に思えなくもないちょっとボーイッシュな声をしているのだ。


 話し方一つで印象が変わるというのは本当で、このオフモードのアユムならばたしかに気づかないのも納得できるのであった。


 でも、それはそれだ。

 通話を繋がないと言うから入れてやったのに、何いきなりボイスチャットを繋いでいるんだという非難も込めて、俺もボイスチャットで声を発する。


「おい、ア……じゃなくて、ポッキーよ。今日は通話しないんじゃなかったか?」

「あー、ごめんごめん。TAMAGOさんが頑張ってたから、ちょっと話してみたいって思っちゃってさぁ」


 口では謝りつつも、全く悪びれていない様子のアユム。


「そうだよ桐生くん! わたしもポッキーさんと話してみたかったし」

「え、ありがとうTAMAGOさーん!」

「いえいえ、ポッキーさーん!」


 そして俺だけを悪者にして、女子だけで盛り上がり出す二人。

 それはちょっと納得がいかないながらも、とりあえず丸く収まっているからよしとしよう。


 こうして、結局何の気の迷いかは分からないが、それからもう一戦、今度はアユムも通話に加わりながら戦いに挑んだ。

 アユムと藍沢さんは、上手く会話でコミュニケーションを取りながらゲームを楽しんでおり、結果アユムの圧倒的な活躍もあって再びチャンピオンを取ることができたのであった。


「ふぅー、やったね! じゃ、わたしはTAMAGOさんがどんな子かも分かったことだし、そろそろ落ちるね。今日はありがと!」


 そしてアユムは、そんなちょっと意味深な言葉を残しつつも、満足した様子でそのままゲームからログアウトしていったのであった。

 まぁそんなわけで、一時はどうなるかと思ったが、無事に何事もなく嵐は過ぎ去っていったのであった。


「どうする? わたし達もこの辺でやめておく?」

「あー、うん。そうだね」


 気が付くと、なんやかんや三時間以上もゲームをプレイしてしまったため、俺達もこの辺で今日は止めておくことにした。


 しかし、このまますんなり終わると思ったものの、藍沢さんの最後の一言でそうもいかなってしまうのであった――。


「――あのさ、わたしポッキーさんには言わなかったけど、一つ気付いちゃったことがあるんだよね」


 その一言に、俺は安心しきっていた分、急に変な汗が流れていくのを感じる。


「え? き、気付いたって、な、何に……?」

「あー、うん。ポッキーさんってさ、もしかしてFIVE ELEMENTSの――」


 そして、核心を突くように語られるFIVE ELEMENTSの名前――。

 その言葉に、俺の頭は一気にすーっと引いていくように真っ白になる――。


 ――あ、これ終わったわ……。


 俺がバレていないから、アユムも大丈夫だろう。

 そんな楽観視をしていた自分を殴りたい気分だった。


 そりゃ一時間以上も一緒にゲームをしていたら、気付くこともあるだろうと――。


 しかし、もう引くに引けない状況である。

 俺はその話を、とりあえず黙って最後まで聞くしかなかった――。



「――アユムちゃんのファンなのかな?」

「へ?」



 本人ではなく、ファン――?

 その全く予想していたのと違う言葉に、思わず目が点になってしまう。


「いやさ、ポッキーさんってすっごくFPS上手だし、それに名前もアユムちゃんの好きなポッキーでしょ? だからってわけじゃないけどね、何となくアユムちゃんに近いものを感じて、もしかして好きなのかなぁって思って」

「ああ、そういう……そ、そうだね! たしか前に、そんなこと言っていたような気がするよあはは!」

「やっぱり? だからかな、気が合うと思ったんだよねぇー! もっと色々、話ししておけばよかったー!」


 これぞまさに、神回避というやつだろう――。

 まさかそこまで繋がっていながら、本人だとは思わないでいてくれた藍沢さんのおかげで、首の皮一枚のところでギリギリばれずに済んだのであった……。


「……でも、ちょっと意外だったな」

「い、意外?」

「……うん、桐生くん、女の子の知り合いもいたんだなって。――っと、じゃあわたしお風呂済ませてきちゃうから、また明日学校でね! おやすみ桐生くん!」

「あ、うん。おやすみなさい」


 こうして、藍沢さんとの通話も終了したのであった。

 ギリギリ正体がバレなかったことは良かったのだが、少しだけ残念そうに語られた藍沢さんの最後の言葉――。


 それが一体何だったのか、俺はちょっとだけ気になってしまうのであった――。


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