第10話 最後の一人
「……ねぇ、桐生くん。ヤバイ」
次の日。
今日も今日とて一緒に授業を受け終えたところで、隣の席の藍沢さんが自分のスマホを見ながら呟く。
「どうかした?」
「これ見て」
何事かと思っていると、藍沢さんは自分のスマホを見せてくる。
一体どうしたのかと思って見てみると、それはSNSの画面だった。
そしてそこには、俺もよく知る人物のアイコンが表示されているのであった。
「あー、ネクロ……」
「そう! ネクロちゃんのアカウントが動いてるの!」
SNSが更新されただけで驚かれる存在。
それが、FIVE ELEMENTS最後の一人、恐山ネクロという存在なのであった。
「しかも今日、アーサー様とコラボするの!?」
「あー、うん。そうだっけね」
「え? 何で桐生くん知ってたの?」
「あ、いや! 前にポロっと言ってなかったっけ? いや、気のせいかなあはは」
危ない、思わず口が滑ってしまった……。
そう、今日俺は夜の十一時からネクロとのコラボ配信を予定しているのだ。
最近たまたまメンバーとのコラボ続きとなったことから、ネクロだけコラボしないのもなと思い、最後に俺からネクロをコラボに誘ったのだ。
恐山ネクロ。
ゴスロリのコスチュームをした、銀髪に赤い瞳をした小柄な女の子。
その名のとおり、その気になればネクロマンサーの能力で世界を混沌に招くことができると、長年人々から恐れられてきた存在。
しかし、長い年月によりその存在も完全に忘れ去られた今、再び人間社会にやってきたネクロは、その容姿端麗さから何故かアイドルになってしまったという、とにかく色々とあり過ぎるキャラクターだ。
そんなネクロはどんな人物なのかというと、所謂神絵師というやつだ。
ネクロのあげるイラストはどれも繊細で本当に美しく、SNSにアップする度に十万いいねは軽く超えるほど注目を浴びている。
そのためか、普段はイラストを描いているのか何なのか、配信はもちろん、SNSすら滅多に動くことのないレアキャラクターでもあった。
メンバーである俺達でさえも、ネクロが普段何をしているのかとかよく分かっていないほど、そのプライベートは謎に包まれているのだ。
だから藍沢さんは、久々に動いたネクロのSNSに対して、これほどまでに驚いているのであった。
そんなわけで、ネクロはFIVE ELEMENTSの中で一番絵が上手く、そして一番謎に包まれている存在でもあるのであった。
「今日はバイトもないし、絶対に配信全部見ないとだね!」
鼻息荒く、今からネクロの配信を楽しみそうにする藍沢さん。
そんな藍沢さんの様子に、本当にVtuberが好きなんだなぁと納得しながら、俺はふとあることを思い出して声をかける。
「ところで藍沢さん。昨日の高まるってどういう意味?」
「え?」
完全に不意打ちをくらった様子で、ピタリと動きを止めて驚く藍沢さん。
そしてその表情は、徐々に気まずそうな色を増していく。
「あー、ほら。コメント欄でみんな書いてるからさ」
「なるほどね。でもあれって、どういう意味なんだろうって思ってさ」
「き、桐生くんは知らなくてもいいんじゃないかな! あーいうのはノリだから! うん、ノリ!」
そう言って藍沢さんは、一方的にこの話題を切り上げてしまうのであった。
まぁノリならノリで別に構わないのだが、そんな藍沢さんの反応から俺は全てを察してしまうのであった。
◇
「あ、そうだ桐生くん」
今日も授業が終わったところで、藍沢さんは思い出したように声をかけてくる。
「ん? どうした?」
「わたし、オーディションの日が決まったよ!」
そう言って見せてくれるスマホの画面には、FIVE ELEMENTSの妹分オーディションの開催日時が記されていた。
「え? もう来週じゃん?」
「そう! 事前にボイスを録って送ってあるんだけどね、無事オーディションまで進めたみたいなの!」
嬉しそうに話す藍沢さん。
つまりはこれで、藍沢さんの夢に一歩近付けているのだ。
それは俺としても、普通に嬉しいことだった。
「そっか、それはおめでとう」
「うん! ありがとね! やれる限り頑張ってきます!」
やる気に満ち溢れた表情で敬礼する藍沢さんに、俺も敬礼して返す。
それが何だかおかしくて、二人で吹き出すように笑いあった。
「だからさ、まだ気が早いのかもしれないけど、今週末機材を買いに出かけようと思うんだ」
「なるほど、前に渡したリストで分かりそう?」
「うーん、正直アルファベットの羅列で見つけられるかちょっと心配なんだよね……」
困り顔で、正直に厳しいと答える藍沢さん。
まぁ分からない人にとってはそうだろうなと思いつつ、店員さんに聞けばその辺は親切に教えてくれるよとアドバイスしようと思ったが、何やら藍沢さんがもの欲しそうな目つきでこっちを見ていることに気付く――。
「だから桐生くん、週末はヒマ?」
そして藍沢さんは、ウインクとともに可愛くそんなお願いをしてくるのであった。
その言葉に俺は、ピタリと固まってしまうのであった――。
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