悪魔に報いを!

タツカワ ハル

第1話

フワフワと空中に浮かんでいる小悪魔。

可愛い姿とは裏腹に残酷だ。

飛んでる妖精を鷲掴みにして、ムシャムシャと食べる。

そして、食いちぎった断面をわざと見せつけてきた。

単なる嫌がらせだ。不愉快な思いをさせて楽しんでいる。

どこへ逃げても悪魔は離れてくれない。

精神鑑定の結果、医者からは幻覚を見ていると言われた。

触れられるのに? そんな馬鹿な。


ある時、なぜ妖精を食べるのか聞いてみた。

「それはな。願いが叶うからだよ」

「食べたら願いが叶うの?」

試しに食べてみた。


咀嚼するのに抵抗はあったけど、肉自体は柔らかい。

軟骨みたいにコリコリしてた。

次の日、願った通り、職場の上司に虐められなくなった。

違う部署に飛ばされたらしい。妖精をまた捕まえて食べる。

今度は宝くじに当たって大金持ちになった。

それから僕は狂ったように願い事をした。


悪魔がニヤリと笑う。


「妖精を食べることは、この世界じゃ禁忌なんだ。お前はすでに7匹の妖精を食っちまった。鏡で自分の顔を見てみろよ。耳が尖って来てるだろ。あと3日もすれば俺みたいな立派な悪魔になれるぜ」


「そんなの聞いてない。妖精は害虫みたいなもん。駆除しなきゃって言ったじゃないか! だから僕は」


「甘ったれんな。俺は悪魔だ。騙されたお前が悪い。人間に戻りたかったら、妖精を食べて願えよ。どうか元の姿に戻してください。泣きわめけば人間に戻れるぞ」


悪魔のことだ。人間に戻る方法を簡単に教える訳がない。

これは罠だ。所詮、悪魔なんてこんなもん。信用していた僕が馬鹿だった。


悪魔が寝たあと、腹袋からコッソリと手帳を取り出す。

悪魔の唯一の持ち物。手帳にはこう書いてある。


『人間が悪魔に変わり始めたら、願い事は天罰となる。例えば、社長になりたいと願った奴がいたら、そいつは明日には無職だ。笑えてきやがる。悪魔は神様に嫌われているからなぁ!』


『人間に戻りたくば、今までに願った事を再び願え。天罰を受け入れろ。そして、以前よりも真っ新な状態でなければならない』


なるほどな。これだから悪魔は信用ならない。

人間になるように願った瞬間、僕は天罰で悪魔になってしまう。

生憎、僕は日記をつけるのが好きなんだ。

今までの願いは全て記録している。だから、もう一度それを願えばいい。


妖精を食べ、富を願った。詐欺師に騙されて貯金が無くなった。

妖精を食べ、好きな人が彼女になるよう願った。頬を引っぱたかれて別れた。

妖精を食べ、昇進を願った。無職になった。

僕の持っているものは、何も無くなった。

家も金も名誉も、何も無い。



鏡を見れば

自分は悪魔になって、悪魔は人の顔になっていた。


「笑うしかねぇな。こんなに上手くいくなんて。手帳に書いてあったことは半分本当で、半分は嘘だ。人間に戻りたくば、妖精を食べなきゃ良かったんだ。お前が自分から悪魔になってくれたおかげで、拍子抜けもいい所。これじゃあ、やりがいも感じねぇ」


僕は全てを失った腹いせにビルの屋上へ向かった。


「飛び降りるなんて正気か。俺ならやめとくね。気力の無駄遣いだ」


それでも僕は飛び降りた。でも死ななかった。

悪魔は死なないし、痛みを感じない。そこで僕は気づく。

冗談だと思ってたけど、アイツは元人間だ。


心が傷つくのが一番辛いと言ってた。痛みを知らなければ分からない。

あいつは僕と同じく悪魔にされた被害者なのかもしれない。

今みたいに、ひたすら妖精を食べ続けて願ったのだろうか。

「生きたい」って。悪魔に来る反語の天罰「死」を求めて。

でも、悪魔だから願いは叶わない。


それから数日が経った。

交差点の真ん中で大声がする。僕の体を乗った取ったアイツだった。


「なぁ、おい!  誰がこんな生地獄で暮らしたいと思う! この身体は返品だ。知らねぇ機械だらけだし。気味が悪ぃ。これなら悪魔の方が心地いいぜ。出てこいよ! そこにいんだろ悪魔!」


その姿で周りに迷惑をかけないで欲しい。自分の下へ飛んでいく。


「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」


「悪魔の僕になんの用?」


アイツは近くの妖精が見えるや否や、捕まえて食べた。


「俺はな。人を貶めるのが好きなんだ。その景色が最高なんだ。だから、こんな貧相な体はいらねぇ。俺の体を返せ。始めで最後の願いだ。この悪魔を人間にしてくれ。その代わりに俺を悪魔にしろ!」


僕と悪魔が少しづつ入れ替わっていく。アイツはやりきった表情だった。

何かを我慢するように唇を噛み締めていた。


「嘘だよ。悪魔になりたい人間なんていやしない。悪魔は孤独だった。なりふり構わず人に触れても、気づいてくれる訳じゃない。悪魔は哀れな生き物なんだ」


「そんなん、お前の勝手な意見だろ。俺からしたらオアシスそのものなんだよ」


「悪魔になって思い出したことがある。僕たちが出会ったのは、あのビルの屋上だ。人生を終わらせようとフェンスを登ったら君が目の前に浮いてた。本当は助けようとしてくれたんでしょ」


「知らないね。俺は悪魔になりたいだけさ。そんな事より、早く願いを叶えやがれ! 遅すぎる! 何してんだ神とやらは」


突如として眩い光に包まれて、もう輪郭線しか見えない。


「・・・・同じ轍は踏むなよ。生きてりゃなんとかなる。人間専門家の悪魔が言うんだ。間違いねぇ」


悪魔が初めて見せた笑顔。もう何も見えない。

でも、悪魔の声はちゃんと届いていた。



僕には少し前の記憶がない。

どうして道の真ん中で突っ立っているのかすら分からない。

でも大事な親友をなくしたように心が痛い。僕には何も無かった。

プライドも金も、背負うものは何もない。今ならなんでもできる。

ゼロからの出発は、案外悪くないかもしれない。

雨の中を一歩ずつ踏み出した。





あーあ。やっちまった。

上司に虐められて、死ぬ間際だったアイツを引き止めちまった。

悪魔の風上にも置けねぇ。

極悪非道が好きなのに、どうしてか心が痛い。俺も昔はあんなんだったのかな。

悪魔歴が長すぎて記憶にない。ただ彼には死んで欲しくなかった。


でも、このまま現実に返したら、ただ死を延期させただけで何も変わらない。

俺には虐める上司を消せるだけの力はない。

だから、一考を要した。人間の価値を知ってもらおうと思った。

彼の背負っているものを全てなくす。その方が人間は生きやすい。

悪魔は人間のことなら人間以上に知っている。



人間は想像以上だ。

彼の瞳から見た世界は明るかった。このまま生きることに希望が湧いてくる。もう悪魔には戻りたくない。誰にも気づかれず、独りで悩み。暗がりの部屋に囚われていたくない。


でも、自分がそうであったように、同じ苦しみを彼に与えたいとも思わない。

自己犠牲の精神? 立派だが、実行するやつは全員バカだ。

自分の利益が最優先なんだ。元悪魔ならそれくらいわかるだろ。



ヤケクソになって道路の真ん中で大声を上げた。

悪魔になりたてのアイツはすぐに来た。

俺の手は震えてる。自分から幸福を手放すなんて馬鹿げてる。

でも、それが俺で、俺の物語だ。やってやる。

妖精を食べて願う。彼を人間にしてやってくれ。

そして、願わくば幸せになって欲しい。

眩い光に照らされて、彼は人間に、俺はまた悪魔になった。

これで良かったんだ。


でも、一向に神の光は消えなかった。

自己犠牲の精神で、褒美を与えてくれたようだ。人間に戻りたいと伝えたと思う。そのせいで記憶が薄れていく。


白く輝く視界。何も見えずにただ不安だった。優しい声に包まれる。

まぶたが開いて、初めて見た色の美しさに感嘆の言葉しか出ない。

聞いたことのある声だった。


俺は赤ん坊で、それを抱いている男は幸せそうだ。

あれから何があった? そう質問したくなるほどに彼は別人だった。富も名声も好きな女も、彼は全てを持っていた。俺を抱っこして言う。


「アキナちゃん。いい子いい子〜。君は何の生まれ変わりかな〜。もしかして、カブトムシ。・・・・ちょっ、落としちゃうから暴れないで!」


「コラコラ、娘に変な冗談を吹き込まないで。泣いちゃったでしょ。それにどう見たって天使の生まれ変わりよ」


生き地獄はまだまだ続くようだ。

でも、生きてくれて本当に良かった。

もし君が死んでいたら、良い行いをした所で、こうして生まれ変わることはなかったからな。


「おっ、アキちゃん。笑ったよ」


幸せは続かない。でも不幸も続かない。

どこかを歩いてさえいればいい。


赤ん坊になってまた一から始められる。

計算通りとは言わないが、リターンがなけりゃあ助けたりしない。

悪魔は現金なヤツなのさ。

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