本当は本当は本当に
水谷威矢
彼とはデートなんてしたくはなかった
今日、ピアスを買った。
12月24日、彼との3回目のデートの日。
私が雑貨屋で散々時間をかけて眺めた挙句、買わなかった猫のガラス細工がついたピアス。
私は諦めたつもりでいたけれど、彼がトイレに行ってくると言うから待っていると、彼はこのピアスを買ってきた。
本当は彼とはデートなんてしたくはなかった。
私が彼に興味がないのも理由の一つだけれど、それ以上に彼に纏わりつくソレを見るのが嫌だった。
ピアスを受け取る時も、私に向かって何本もの手が向かってきた。
見えないふりをしていれば大丈夫。
昔、見えると自称する女の子が言っていたが、見えていなければそんなことは簡単に言える。
でも見えないふりにも限界がある。
受け取ったピアスを早速着けてみてと彼に急かされる。
仕方なくつけてみたものの、妙に耳が重たく感じる。
どう?似合ってる?貰ってしまった手前、一応は言っておかなければならないだろう。
本当は彼とはデートなんてしたくなかった。
彼が喋る度、ソレも機械音声のような声で語りかけてくる。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ?
彼の言葉に返事をしているだけなのに、まるで私が死にたいみたいで嫌だった。
彼がデートの最後に映画を見に行きたいと言い出した。
もう10年も前から続くミステリーの新作。
全く興味がなかったけれど、食事代も出してもらった以上、無下にできない誘いだった。
彼は私の分もと思ったのか、Lサイズのポップコーンを買ってきた。
本当は彼とはデートなんてしたくはなかった。
映画館の暗闇の中でもはっきりと見えるソレが、ぬらぬらと周りの客にも伝染し始める。
私はポップコーンには手をつけなかった。
映画の内容もほとんど覚えていない。
途中で耐えきれなくなった私は、職場の人から緊急の電話が来てるからと言って抜け出した。
ピアスも気味が悪くて外してしまった。
鏡に映る私には、ソレは付いていなくて安心した。
結局映画が終わるまでトイレの個室で待っていると、彼から映画が終わったからもう出るね、と連絡が来た。
心配する彼に、電話が終わったらお腹が痛くなってしまってと適当な嘘をつく。
道ゆく人の何人かに、彼に纏わりつくソレと同じものが付いていくのが見える。
本当は彼とはデートなんてしたくはなかった。
あれ死ね死ね死ね死ねピアス外しちゃったの?死ね死ね死ね死ぬ?
久しぶりピアスを着けたからか、耳が痛くて、とまた嘘をつく。
本当はピアスを着けることでソレと縁が出来そうだったから。
映画館のあるフロアから下階に降ると、彼は吹き抜けの上を見上げながら、あれ?ああ!あーーーっ!と素っ頓狂な声を上げながら階段を駆け登って行った。
本当は彼とはデートなんてしたくなかった。
本当は彼とはデートなんてしたくなかった。
本当に彼とはデートなんてしたくなかった。
彼は吹き抜けの柵によじ登ると、まるで宙に浮く風船を掴もうとするように、なんの疑いもなく前へ踏み出した。
どしゃっ、と音が聞こえた。
彼に付いていたソレが方々に散らばった。
吹き抜けの上からは、雪じゃなくてポップコーンが降り積もった。
本当は本当は本当に 水谷威矢 @iwontwater3251
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