第25話 診療所

新しいとも古いとも言えない建物のそこが町役場だった。その中は窓も少なく、昼なのに暗く、異様な雰囲気を漂わせていた。


と言っても呪い的なものではなく、夜間の誰も居ない病院みたいな不気味さ。明るいけど暗くて、何も無いはずなのにどこからか不気味な音がして、白いのに黒い。


「すみません、高木健一です。円城寺さんからこちらにお電話があったと思うのですが。」


「高木健一様ですね。お待ちしておりました。こちらが住民票になります。」


「ありがとうございます。」


「はい。あの、一つ聞いても宜しいでしょうか?」


「はい、良いですよ。何ですか?」


「伝染病のワクチンは全員分あるんでしょうか?」


「えぇ余るくらいには。」


「良かった。」


「なぜ?」


「いやぁ、私も打ちたいなぁなんて……。」


「大丈夫ですよ。有田診療所にさえ来ていただければ、無料で受けられます。」


「じゃあ近いうちに行かせていただきます。」


「お待ちしております。」


俺は町役場を出て、診療所に行く前にアパートへと寄った。


「よいしょっと。」


ガムテープで厳重に閉ざされている段ボールを幾つか開けた。


一つは筋肉に入れる薬品が入っている箱、ひとつは問う小型通信機が入っている箱、もう一つは注射器が入っていた。


小型通信機を体内に入れるために会社から一緒に支給されていた。


俺は箱を確認すると、すぐに閉じて、部屋の隅に置いた。


あの時に店で買っておいたバッドを持って有田診療所へと向かった。


商店街の人たちと話しながら。


「こんにちは木野さん。」


「おう、よぉ高木の兄ちゃん!」


「覚えててくれたんですね。」


「そんな簡単に忘れたらこの店やってけへんわ!お客さんとのコミュニケーションが大事やのに。」


「そうですか。」


愛想笑いをしながら返した。


「あ、そういや聞きました?この町で伝染病が流行ってるんですって。」


「伝染病?て言ってもそんなに大したことないやろ。」


「いや、大したことありますよ。伝染病って空気感染とか飛沫感染とかしますよね?それだけじゃなくて今回のは血液からも感染するんですよ。」


「じゃあ僕ら……」


「感染してる可能性は十分にありますね。この町でも数人の感染者が確認されているんですけど、その人たち全員子供の返り血浴びちゃってて。まぁでも子供を殺した人多いですから何とも言えませんけど。海外の研究チームは血液からの感染を確認したらしいのでそのうちかかる可能性もあるそうです。」


「なんで高木の兄ちゃんはそんなに詳しいんだ?」


「僕、実は医者をやっておりまして。この町に来たのも隣町くらいの所で感染者が確認されましてね。東京の方の病院からそれぞれ医師が配属されるんですけど、この町には僕が担当することになりまして。そのワクチンを届けにきたんですよ。」


「そうだったのか!」


「はい。それでワクチンを打つと完全に感染を防げることが分かったんです。」


「ほんとに!?」


「はい。借りさせていただいている診療所に、実際に症状を訴えた患者さんが来られたんです。その患者さんにはどのくらいで効果が出るのかを知るために少し病室に居てもらったんです。そしたら数時間後には治ってましてね。『元気になった!』なんていうもんですから。」


「すごいな……。」


「無料で有田診療所でさせて貰ってますから、是非お越し下さい。」


「わかった!必ず行くよ!」


鴨がまた一匹連れたみたいだ。


彼が皆に広めてくれる事を願うばかりだ。


商店街を少し抜けて坂を登った先に診療所がある。


「いらっしゃいませ。どうなさいましたか?」


「ちょっと熱っぽいんです。」


「かしこまりました。そこに腰かけてお待ち下さい。」


病院特有の匂いが鼻の奥をつく。


菌何一つないような匂いにはいつまで経っても慣れない。


それにしても受付の女性は淡麗だった。




綺麗に整えられた髪に、長い睫毛、少し窓の外を見る時に入る光で輝く目。


そうやら彼女の名前は橋本というらしい。


服の胸元のポケットにピンでとめられている名刺には橋本と書かれていた。


小動物でも無いが豹というような淡麗さでは無い。


どちらも兼ね備えられているような感じ。


「高木様、高木健一様」


呼ばれた俺は早速診察室へと向かった。


後ろにバットを隠し持って。


「はい、高木さん。熱っぽいんだて?」


「そうなんです。少し熱っぽくて。」


「そうですか。では――」


デスクに体を向けた医院長の後頭部をバットで思いっきり殴った。


「気ぃ失ったか?」


俺は医院長を別の部屋に引きずり、ベッドに持ってきていた縄で括り付けた。


「すいませーん。医院長が!!」


「え?」


彼女はカウンターから出てきて一目散にこちらに走ってきた。


「どうなさったんですか?」


「倒れたんです!」


「!?医院長!?医院長!!」


――ドッ


俺は医院長の心配をする彼女の頭にバットを叩きつけた。


「勿体ねぇことしたかなぁ……。」


彼女も一緒に医院長と一緒のベッドに縄で縛った。

気絶した二人を置いて診察室に戻った。


なるべくスペースを取れるように必要ないものは全てベッドの下へと乱雑に入れた。


「ふぅ、これで良しっと。さて、後は持ってくるだけだな。うわ、白衣ねぇじゃん。流石に替えのやつあるよな。」


俺は更衣室を探し回った。


そこで白衣を着て、再び診察室へと戻った。


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