俺の自称世話係がよくわからない件について
@kokesa
第1話
ある日のこと、目が覚めると、目の前に悪魔と思しき少女がいた。
少女は黒を基調とした裾の長いメイド服を身にまとっている。しかしその背中からは尋常ではない蝙蝠のような黒い翼を生やしていた。スカートの裾からも銛のように鋭い尻尾が顔を覗かせており、あたかもろうそくの炎のようにゆらゆらと揺れている。髪は真っ黒の流れるような長い髪で、腰のあたりまでまっすぐに伸びていた。
こちらに背中を向けながら、彼女はなぜだかテレビに向かってゲームをしている。姿勢がとてもよく、背筋をピンと伸ばしていて崩れない。その様子は真剣そのものであり、こちらがむくりと起き上がっているのにもかかわらず一顧だにこちらを気にするそぶりを見せない。
俺は困惑した。とてつもなく困惑した。なぜこのような珍妙な出で立ちをした少女が目の前にいるのか、皆目見当がつかなかった。我ながら普通すぎるほどの普通の学生である。教室の片隅で本を読みながらじっと気配を殺すだけの毎日だ。容姿でも勉強でもスポーツでも何においても目立つ要素など皆無で、およそ個性などという言葉は遠いあの日の憧れと共に捨て去っている。
要するに、こんなふうにいきなり自分の部屋に悪魔っぽい少女が上がり込んでいてゲームをしているなどという事態は、突然天地がひっくり返って空が海の水をまるっと飲み干してしまうぐらいありえないことだった。
俺はしばらくその場で固まってしまっていたが、このままじっとしていても埒が明かないと思いともかく目の前の少女に声をかけてみることにした。
「すみません。部屋、間違っているんじゃないでしょうか?」
ここは集合住宅の一部屋だ。単に部屋を間違えただけかもしれない。あるいは酔っぱらいでもしていたのか? ……見たところ未成年っぽいが。とにかく相手は若い女の子だ。最近の若い女の子を下手に刺激すればどんなふうに騒がれるか分かったもんじゃない。慎重にいくに越したことはないはずだ。
ところが声をかけたところで少女からの返事が全くなかった。相変わらずテレビ画面の方を注視してゲームをするばかりだ。しかしこちらの声は聞こえているようで、返事の代わりなのか心なしか彼女の黒い尻尾が左右に揺れている。
テレビ画面の方を見る。どうやら彼女は昨日俺が夜にやっていたRPGゲームをやっているようだ。……あれ? 心なしか主人公のレベルが俺の知っているものより低くなっている気がする。いやいや、きっちりセーブデータぐらい分けてくれているだろう。人んちに勝手に押しかけたあげくセーブデータを塗りつぶしていくとかそんな鬼畜の所業一体誰がするだろうか?
とはいえ他にどうしようもないのでそのまま少女の反応を待つことにした。そうしてしばらく待っているとようやくキリの良いところにさしかかったのか、彼女はおもむろにゲームのポーズ画面を開いた。
少女がこちらを振り向く。吸い込まれそうなほど深く透き通った紅い瞳をしていた。まるで深淵の奥底で鈍く輝く紅い宝石のようで、こちらの戸惑いがちの視線をただ真っすぐに受け止めていた。
彼女は眉一つ動かさずにただこちらをじっと見つめるばかりだ。もしかしてゲームの邪魔をしたことを非難しているのだろうか?
「あちら側で説明を受けなかったのですか?」
ところが少女は突然そんなことを言いだす。少し低めの透明感のある凛とした声色だった。少女の口調はこちらを非難するというよりも、純粋に疑問を提しているといった風だった。
俺は思い返してみる。ちゃんとした事情があったのなら、先ほどの言葉はかえって相手に対して失礼だ。
けれども全く思い当たらない。
「すみません。全く思い当たりません」
俺は正直に言う。
「そうですか」
少女は目を伏せて、何やら考えごとでもするかのようにそっとあごに手を当てる。思考の動きにつられているのか、彼女の尻尾も左右にきっちりとメトロノームのように規則正しく振れ動く。
「とりあえず今日からあなた様のお世話をすることになりましたので」
それだけ言って少女は再びテレビ画面に向き直る。あまり細かいことは気にしない性格なのか、それとも目の前のゲームの続きがよっぽどしたかったのか、こちらの困惑などお構いなしにそのままゲームを再開してしまったのだ。俺はといえばすっかり面食らってしまいそのまま固まってしまっていた。
しばし考えてみる。少女のこの平然とした様子から見るに、どうやらこの不可解な状況に対する納得のいく解釈を彼女自身は握っているようだ。そうでなければこんなにも堂々とはしていられないだろう。けれども彼女はこんな調子だ。事情を聞き出そうにも彼女は目の前のゲームに夢中になってしまっている。
時計を見る。少女のことはともかく、俺は今日も学校に行かなければならない。目の前の少女のことも大事だが、なんとなく警察かなにかを呼んだところでどうにもならない事態な気がするのだ。
とりあえずベッドから抜け出てさっさと学校へ行く支度をすることにした。これでも無遅刻無欠席なことにひそかな誇りを抱いているのだ。
「これから学校にいかれるのですか?」
パジャマを脱いでパンツ一丁になっているところを唐突に少女は尋ねてきた。俺がちらりと視線を向けると、彼女は相変わらずテレビ画面に集中しているようだった。
俺は視線を戻しタンスから制服を取り出しながら「そうです」と答える。
すると少女は突然こんなことを言い出す。
「ついていきます」
ズボンを履く動きをピタリと止める。そして片足で突っ立ったまま少女の方へと視線を向ける。つい先ほどまでテレビ画面を見ていた彼女はいつの間にかこちらの方をじっと見つめていた。
「……理由をお聞きしても?」
「私があなたの世話係だからです」
「なるほど……なんで?」
わけがわからない。さっきも聞いたが世話係ってなんだ? どうして世話をするということになっているんだ? この少女の登場と同じぐらい何の脈絡もなさ過ぎて全くの意味不明だ。
けれども彼女はこちらの疑問など意に介さないかのようにサッとゲームの電源を切ってしまう。
そしてきれいに真っすぐすっくと立ち上がると、彼女の傍らにいつの間にか置かれていた学校の指定カバンを手に持ってさっさと部屋の押し入れ前まで移動する。
「のぞかないでくださいね」
それだけ言って彼女は狭い押し入れの中へ音もたてず入っていった。トン、と襖の閉まる音が静寂の中に響く。色々と言いたいことはあったが着替えの邪魔をするわけにもいかず、俺はしばらくそのまま立ち尽くしていた。
彼女の入っていった押し入れをしばし見つめる。この中で着替えが行われているのかと思うと、ついやんごとない妄想が膨らみそうになる。だが俺は急いで顔をそむけ紳士的に自分の着替えに専念することにした。
俺が着替え終わる頃には既に少女も着替えを終えていたようで、そのタイミングと同時に押し入れから出てきた。今更だがこの押し入れの中は人一人が着替えをするにはいささか狭すぎるはずだ。色々とふとんとか入っているし。それにもかかわらずこの着替えの早さとは中でいったいどうなっていたのか。
「あれ……」
少女の背中に先ほどまであったはずの翼と尻尾がない。少女は俺の視線の向かう先に気がついたようで次のように言う。
「制服が破けてしまいますので」
なるほど、ごもっともな理由だ。避けられる損失なら避けるべきに違いない。とりわけ制服を買いなおすとなると高くつくからな。
「朝食はどうしますか?」
一応尋ねる。家に招いている?以上は朝食ぐらい出さなければ失礼というものだろう。
「安心してくださいまし。あなた様の分はすでにご用意してありますので」
そういって少女は、人差し指を台所のテーブルの方へと向けた。見れば確かにそこには朝食らしきものが用意されていた。
「……なるほど。ありがとうございます」
とりあえずお礼を言う。どんな相手であれ、わざわざ自分に食事を作ってくれたのだ。ありがたく頂戴しなければ。
「いえいえ、世話係として当然の義務にございますので」
当然だと言われても、そもそもの世話係という彼女の突然の宣言をこちらは未だに受け止めきれていないのだが。
俺は困惑と納得交じりの微妙な感情のまま朝食の席に着くことにした。
「あなたはどうなさるんですか?」
肝心なことを思い出し振り向いて尋ねる。
「これがあります」
そういって彼女はおもむろに指定カバンの中から一枚の食パンを取り出した。その辺のスーパーやコンビニに売られているようなごくごく普通の食パンのようだ。それがそのまま生のまま、カバンの中からぬっと出てきたのだ。
「……なにかつけます? いちごジャムならありますけど」
俺は食パンをまじまじと見つめながら言う。何の変哲もない普通の食パンだが、それが革のカバンの中から抜き身で出てきたという事実が、その白い風貌にある種異様な緊張感のようなものを与えていた。
「このままで問題ありません。私はゴミ出しに行ってまいりますので」
そういって少女は食パンを口にくわえると、そのままカバンを小脇に置いて玄関に置かれていたゴミ袋を持ってさっさと外へ出て行ってしまった。
俺はその姿を黙って見送る。せめて朝食を食べ終わってからにすればいいのにと思いつつ。
少女が部屋から出ていった後、俺は部屋の中を見回してみた。よく見れば、明らかに部屋の全体がよく整理され掃除されているように見える。もしかしたら世話係と称する彼女がやってくれたのかもしれない。
ではさっそく彼女の用意してくれた朝食を食べることにした。せっかく用意してくれたのに食べないのは彼女に対して申し訳ないというものだろう。とはいえその見栄えは高給取りの家庭の奥さんが作る料理のような、およそ独身男性の一生食べる機会のないような大変豪勢な代物であった。しかもコーヒーまで用意されている。すっかり冷めているが。
彩り豊かなサラダを口に含んでみる。
「おお……!」
感嘆が口をついて出てくる。見た目通り、いやそれ以上のうまさだ。高級そうなフレンチドレッシングの味わいと新鮮な野菜のうまみが口いっぱいに広がる。まさかこんなきちんとお皿にきれいに盛りつけられたサラダを一人暮らしを始めてから再び味わう日が来ようとは。
「うひょー!くっそうめぇ!」
俺はひとりで叫んだ。一人暮らしが長くなるにつれて自然と獲得した習慣の一つである。
それにしても……と、俺はみずみずしいキュウリを齧りながら考える。本当に彼女が何者なのか見当がつかない。いきなり部屋の中に現れ、なぜかゲームをしていて、そして突然俺の世話係になったのだと主張する。そして掃除もいつの間にかこなしてくれていて、おいしい朝食まで作ってくれていた。こんな珍妙すぎる出来事が枯草一つない無味乾燥した俺の人生に到来するとは未だに信じられない。騙されているか、あるいは未だに夢でも見ているのかもしれない。
それにしても飯はうまい。俺は続けてシャキシャキの新鮮なレタスの触感を堪能する。これから毎日こんな飯が食えるなら世話係とやらも悪くはない……そんな気がしないでもなかった。とはいえ相手の正体ぐらいは知っておくべきだろう。見た目悪魔っぽいし、後から魂的なものを要求されることだってあるかもしれない。
朝食を食べ終わる。とりあえず学校に行きながらでもあれこれ考えるとしよう。
「お皿、片づけておきますね」
「うわぉ!」
そう思っていた矢先に突然視界に女性のものらしき腕がぬるっと入ってきた。その持ち主の正体を見てみれば、そこには先ほどの少女がいつの間にか部屋に戻ってきていたのだ。
「……もしかして、ずっといたんですか?」
「いましたよ」
「……独り言とか聞いてました?」
「ええ、しっかりと」
「………………」
「急がないと遅刻してしまいますよ」
そう言って少女は慣れた手つきで空になった食器を片づけていく。言われて時計を見てみると、少しぐらいなら余裕がありそうなものの、確かに急ぐに越したことはないような時間だった。俺は少しためらったが申し出に従い素直に家を出ることにした。
俺が扉から出てその扉が閉まるのとほぼ同時に少女も扉から出てきた。いくらなんでも仕事が早すぎるだろう。まさか皿洗いをほったらかしにでもしておいたのだろうか?
「お仕事はきっちり済ませましたので」
やたらはっきりとした口調で少女は言う。そう言うからには本当に済ませたのだろう。どのみちわざわざ戻って皿洗いをする気にもなれなかったのでこのまま学校に行ってしまうが。
それから彼女は制服のポケットから鍵を取り出すと慣れた手つきで玄関の鍵を閉める。いつの間に俺の部屋の鍵を拝借していたのか?
「では参りましょうか」
少女が振り向いて言う。
「実はあなた、俺の隠されたお嫁さんだったりします?」
「突然なにをおっしゃるんです?」
心底何を言っているのかわからないというような表情をされた。
「いえ、なんでもないです……」
むしろその方がよっぽど説得力がありそうなものだが。
「先ほども言った通り、私はあなたの世話係です。それ以上それ以下でもございませんよ」
「……なんでまた俺の世話係なんかに?」
「そういう契約だからです。なので私は私自身の義務を全うするまでです。あなたは黙って私の世話を受けていればよいのです」
契約? もちろん身に覚えはない。そもそもこれまでの人生で一度も契約なんてことをしたことがない。このアパートも俺のために遠いどこかの親戚がいつの間にか手続きしてくれたものだ。
「それで俺が納得するとでも?」
「契約は絶対です。ほら、行きますよ」
そう言って彼女はすたすたと歩いて行こうとしだす。まるでこれ以上の詮索を断ち切ろうとするかのようだった。
俺は慌てて彼女をとめる。
「ならせめて自己紹介だけでもしてくれませんか? あなたは俺のことを知っているようですが、俺はあなたのことを全く知らないので」
彼女の話を受け入れるにしろしないにしろ、とにかくお互いの名前ぐらいは知っておくべきだろう。
俺がそう言うと、彼女はそっと顎に手を当て軽く目を伏せた。恐らく彼女が何か考え事をするときの癖なのだろう。そしてそのままじっと動かなくなる。
俺はその姿を黙って見守る。手持無沙汰だがしょうがない。すると奥の部屋からサラリーマンと思しき男が出てきた。こちらを見てギョッとした顔をするや否や彼は何やら気まずそうに足早に階段を駆け下りていった。
それからしばらくすると彼女はなにかに納得したかのように静かに息をはいた。そして次のように自己紹介をする。
「……では、必要なことだけをお話しましょう。私の名前はメフィ子といいます。今朝がた御覧になられたように悪魔です。守秘義務があるので詳しくは話せませんが契約に従い今日からあなた様の世話係をすることになっております。どうぞよしなに」
そういって彼女は制服のスカートの両すそをつまんで優雅なカーテシーをする。やはり悪魔というだけあってヨーロッパ文化圏に属しているのだろうか?
それにしても、やはり彼女は悪魔らしい。悪魔っぽい翼と尻尾がくっついていたし薄々そうなのかなと思っていたが、いやはやファンタジーだけの存在だと思っていたがこうして目の前に現れるとは。
好奇に満ちたまなざしを少女、もといメフィ子に向ける。こうして今の姿を見る限りはその辺にいる普通の女学生と変わらない。だが俺は先ほど彼女の翼と尻尾を見てしまっている。
「なにか?」
「おっと、すみません」
そう言って俺は慌てて平謝りをする。
「ええっと……はじめまして、サトウです。趣味はゲームです。よろしくお願いします」
とりあえず俺の方もそんなふうに軽く自己紹介してみる。
「そうですか」
メフィ子はそんな俺の自己紹介を聞くと、それだけ言い残して何事もなかったかのようにそのまま歩き出してしまった。俺は自尊心を軽く傷つけられた気分になったが、もともとあってないような自尊心だと自分に言い聞かせ事なきを得る。
俺の住んでいるのは二階建ての小さなアパートの二階にある小さな一室だ。俺たちは階段を降り通りへと出た。
そしてそのまま先行する彼女の後をついて行く。いきなり彼女の隣に並んで歩く度胸はさすがになかった。だが彼女は学校への行き先を知っているようで勝手知ったる風にどんどん前へと進んでいく。
前を歩く彼女の後姿はとても絵になった。艶やかな長い黒髪とピンと伸ばされた背筋、そして洗練された規則正しい足取りはまるでどこかのお嬢様学校の女生徒を彷彿とさせた。そんな人物が部屋の片隅でからっからに乾いた煮干しのような俺の部屋から出てきたなどとはとても信じられない。
それにしても悪魔か……アニメや漫画でしか知らないが、たしか神や天使に敵対する存在だったか。そして人間を誘惑し破滅へと導くと。なんだってそんな奴が突然俺の目の前に現れたのだろうか? 思い出す限りではこれまでの人生で特別悪いことはしてこなかったはずだし邪な願望も抱いたことはないはずだ。本当の本当に、俺は普通の人間のはずなのだ。
「………………」
「行きますよ」
気が付けばメフィ子が目の前にいた。どうやら俺は考え込んだまま立ち止まってしまっていたらしい。それにしても微妙に顔が近い。やはり悪魔というだけあってこの世のものとは思えないほど顔立ちが整っている。
「なにか?」
メフィ子が首をかしげながら言う。俺は恥ずかしくなってついそっぽを向いてしまう。
「……なんでもないです」
「そうですか。ではさっさと行きますよ。急がないと遅刻してしまいますので」
そう言ってメフィ子はさっさと振り返り歩き出す。俺は戸惑いつつも彼女についていく。
そうしてしばらく歩いているとふと気づく。
そもそも彼女が学校に行って大丈夫なのだろうか? 今日になって突然現れた悪魔が我が校の学生であるとはとても信じがたい。なぜか制服とカバンは持っていたが。とにかく、こんな目立つような見た目をしている彼女が突然学校に来て怪しまれたらどう言い訳するつもりなのだろうか?
「あの……」
俺は前を歩くメフィ子にそっと声をかける。
「なんですか?」
メフィ子はこちらに背中を向けたまま返事をする。
「あなたは学校に行って大丈夫なんですか? ほら、その、学生証とか」
俺はメフィ子の隣へとせっせと並ぶ。あのまま背中越しに会話をするのはさすがにばつが悪かった。
「それなら問題ありません」
「なんでです?」
「私はもともとあなたの学校の生徒ですから」
「……どういうことです?」
「こういうことです」
彼女はそう言ってカバンから学生証を取り出し開いて見せてきた。そこにはちゃんと彼女の顔写真が貼られていた。名前のところにもちゃんと『メフィ子』と書かれている。
「……それはつまり、あなたが俺の家にやってくる前からあなたはすでにうちの学校の生徒として普通に学校に通っていたと?」
「ええ、そういうことになります」
「気づかなかったです」
「そうでしょうね」
本当に気付かないものなのだろうか? こんなにも顔立ちが整っていれば嫌でも有名になりそうなものなのだが。
「普段は眼鏡をかけていますので」
そう言って彼女はがさごそとカバンの中をまさぐると、そこからひどく不格好な眼鏡を取り出した。ちょうど昔の女学生がかけていたような分厚い牛乳瓶の底のような丸眼鏡だ。
彼女はそれをかける。
「こんな感じに」
確かに、先ほどの印象とはだいぶ違う。高嶺の花からあぜ道の花ぐらいには見た目の印象がダウングレードしたかもしれない。それでも隠し切れない美少女オーラはにじみ出ている気がするが。
「それでも知らないですし、十分目立ちそうなものですが」
「細かいことはお気になさらずに」
細かいことなのだろうか?彼女はなんというか、見た目の几帳面な印象に反して意外と大雑把なところがあるのかもしれない。それとも単に誤魔化されているだけだろうか?
「……なんだってうちの学校に? 悪魔のあなたが」
とりあえず彼女が我が校の生徒であると仮定して話を進める。
「それもまた、細かいことです」
「俺にとっては十分お太いことなんですがね……」
こうして世話係と称しつつ私生活をかき乱されているのだから。
「今はただ、ありのままの事実を受け入れてくだされば、それで万事オーケーです。細かいことはおいおい説明致しますので」
そう彼女は言う。けれども俺にはどうにも彼女がいつまで経っても細かな事情説明をしてくれるように思えないのだ。
「……後から魂的なものを要求されたりとかはないですよね?」
ならばせめて自分の身の安全の保障ぐらいは入手しておきたい。そう思い質問したのだが……。
「対価のことですか。それなら既に頂いておりますので」
なかなか聞き捨てならないことを彼女は言った。
「ちょっとそのお話詳しく聞かせてください」
俺の知らないところで勝手に取引が成立していて対価は既に支払われていると。それはそれで怖いではないか。
「守秘義務なんで、それは不可能です」
そう言ってメフィ子は手のひらをぐっとこちらに押し付けて拒絶の意を示す。
「そうですか……」
俺はなんだか無性に疲れてきた。まるでちょっとした用事のために役所へ行っただけなのに散々たらいまわしにされた挙句、必要な書類があと一枚足りなかったがために帰らざるを得なくなったときのような虚しい徒労感に襲われたのだ。
学校にたどり着く前からこんな調子では今日一日乗り切れるか心配になる。
「……そういえば、あなたはどこのクラスなんですか?」
ふと彼女がどこのクラスに所属しているのか気になったので尋ねてみる。世話係だなんだと言い出す奴がどこの組に所属しているかぐらいは把握しておきたい。
「………………」
ところがメフィ子からの返事はなかった。代わりに顎にそっと手を当て何かを考えるそぶりをしだす。
「本当にあなた、うちの学校の生徒なんですよね?」
「守秘義務です」
「便利な言葉かよ」
そうこうしているうちに俺たちは学校へとたどり着いた。
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