私達は幸せになります~婚約破棄された令嬢は、追放されても逞しく生きていく~

キョウキョウ

第1話 婚約破棄される夢

 私が5歳の頃、婚約相手の男の子と初めて顔を合わせた。


「はじめまして、セドリック王子。わたしはシルヴェーヌと申します」


 緊張しながら、両親から教えられた通りの挨拶をする。私はぺこりと頭を下げた。

それから、そっと顔を上げて様子を伺う。


(えっ!)


 思わず声を上げそうになってしまったのを必死で飲み込んだ。だって、そこにいたのは天使かと思うほどに愛らしい少年だったから。


 サラサラな金髪が肩まで伸びていて、碧眼の大きな瞳でこちらを見つめている。まるで、お人形さんみたいだと思った。


(この人が、お父様とお母様が言っていた、私の婚約者……?)


 あまりにも可愛くて、カッコよくて、素敵だと思って、じっと見惚れてしまった。すると――。


「ふんっ!」


 彼がこちらを向く。私と目が合った瞬間、その子は思いっきり顔をしかめたのだ。


「…………」


 あまりの反応に、私は呆然と固まってしまった。想像していた反応と違ったから。微笑んでくれると思っていたのに。しかも、それだけでは終わらなかった。


「何だ、その目つきは! 生意気な女だなッ!」


 そう言って、その子は更に私を睨みつけてくる。やっぱり想像と違う。とても良い声なのに、聞こえてくる言葉は酷いものだった。


(ど、どういうこと!? 初対面なのに、こんな態度をとるなんて。私が何か失礼なことをしてしまったのかしら……?)


 そんなつもりはなかったのに、何か怒らせてしまったのか。でも、いくら考えても理由がわからなかった。戸惑っていると、彼の両親が慌てて割って入ってきた。


「ごめんなさいね、シルヴェーヌちゃん。この子ったら、人見知りが激しくて……」

「本当に申し訳ない。普段はもっと大人しい子なのだけれど……。ほら、セドリックも謝りなさい」

「いやです」


 彼は首を横に振って、強く拒否した。謝りたくないと、そっけない態度で。そんな婚約者との初対面は、強烈な印象を私に与えた。



***



 婚約相手との出会いがショックだったのか、その日の夜に私は酷い夢を見た。


「シルヴェーヌ、君との婚約を破棄する!」


 私が大人になった時の夢だった。婚約相手も大人の男に成長していた。けれども、彼の態度は変わらず冷たいまま。


 突然、パーティー会場で婚約を破棄された。どうしてなのか分からないけど、目の前には婚約相手の彼がいて、周りには大勢の貴族達がいる。皆が、私達のことを見ていた。こんな場所で、どうして。


「俺には心に決めた人ができたんだ! だから、お前とは結婚できない!!」


 彼からの拒絶の言葉を聞いて、胸の奥がズキンと痛む。なんて酷い人なの。両親が決めた相手とはいえ、こんなにも自分勝手に振る舞うなんて許されないはず。貴方が王子であったとしても。


「待ってください、セドリック様! お願いします、どうか考え直して下さいませ!」


 必死になって説得を試みる。精一杯の抵抗。だけど、彼は耳を傾けようとしない。それだけでなく、何故か兵士が出てきた。屈強な男達だ。


「おい、お前。こっちに来い」

「嫌よ!  離してください!!」

「抵抗するな。酷い目にあいたくなければな」


 逃げようとしても無駄だった。兵士達に腕を引っ張られながら、引きずられるようにして会場の外へ連れていかれる。


(助けて、誰かーーー!!!)


 そこで、ハッと目を覚ました。汗びっしょりになりながら飛び起きる。心臓がまだバクバク鳴っている。呼吸を整えてから辺りを見回すと、そこは自分の部屋だった。どうやら、ベッドの上に寝ていたようだ。


(今のは夢なの? とっても嫌な夢。だけど、本当みたいだった……)



***



 そんな事があったので、私は最悪な将来に備えることにした。


 一人でも生きていけるように強くなる。夢の中では兵士に捕まってしまったけど、逃げ出せるように。そのために体を鍛えようと考えた。


 頼りにしたのが、遠い昔に王国の騎士だったというお祖父様だ。彼に頼み込んで、稽古をつけてもらう。


 まず両親に相談した。強くなるために、お祖父様の所へ行って剣術を学びたいと。


「剣術を学びたいなんて、ダメだ。危険だろう!」

「女の子が、剣を振り回したりしたら危ないわよ?」

「で、ですが……」


 両親は反対した。それでも、私は諦めなかった。夢で見たような酷いことから逃げ出せるように、力は絶対に必要だった。今のうちから出来ることをやるしかないの。


「お前は、そんな余計なことなど考えずに家のこと、王子に好かれることだけ考えておけ。そもそも、婚約相手との顔合わせの時の態度は何だ?」

「そうよ、貴女の態度が悪かったから。すべて、貴女が悪いのよ。直しなさい」

「あれも、私のせいじゃ……」

「言い訳するな!」

「ちゃんと、お父様の話を聞きなさい!」


 そんな事を言われて何度も怒られた。言われた通りやったのに。急に嫌われたのは私のせいじゃないのに。なんで私が怒られているの。そう言っても聞いてもらえない。彼のほうが正しくて私が間違っている。そんな風に言われてしまったから、私は両親の反対を押し切って勝手に一人でお祖父様に会いに行った。


「本気か? ワシの孫娘とはいえ、容赦せんぞ」

「はい。よろしくお願いします!」


 お祖父様は、私のお願いを聞いてくれた。私の本気の気持ちを受け止めてくれた。とても嬉しくて、やる気が出た。


 それから毎日のようにお祖父様の所へ行き、剣術を教えてもらった。何度も何度も練習して、強くなっていったと思う。


 私は、お祖父様の厳しい修行に耐えた。体を動かすことは得意だったので、すぐに剣術も上達した。おかげで、男にも負けなくなった。


 その頃から両親は、私よりも他の兄弟姉妹に構うようになった。でも、それは仕方ないことだと思う。両親の考えや忠告を無視したから。それで、関係にひびが入ってしまったのだろう。


 でも私は気にしなかった。だって、未来の自分が不幸にならないために必要なんだもの。家族関係など気にせず、お祖父様との稽古に集中した。

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