第二十二話 船旅のお食事事情
グイグイ来るコックのパディさんに手を振って厨房をあとにしたクリスと僕は甲板に戻った。クリスは海を泳ぐ虹色のイルカさんたちを眺めたくて。僕は風にあたりたくて。
……いまだに絶賛船酔い中なのだ。
「……おいしい」
船のへりに寄り掛かりながらパディさんが作った食事を一口。クリスがそうもらすのを聞いて僕は目を丸くした。
『え、そうなの?』
なんで目を丸くしたかと言うと厨房に行く前にギュンターさんが言ってたからだ。
――大した楽しみもない海の上だし食事くらいはウマいものを……と言いたいところなんだが。
――まぁ、なんていうか……その……期待はすんなよ。
と――。
だから、てっきりとんでもなくマズくはないけどおいしくもない料理が出て来るんだろうなーと思っていたんだけど。
「白身魚のフライっぽいのもフライドポテトっぽいのも、ひき肉とかジャガイモとかが入ってるパイっぽいのもおいしい」
お皿に乗ってる料理をクリスは次々と口の中に放り込んでいく。
でも――。
「……このグリーンピースっぽいの以外は」
付け合わせの茹でた緑色の豆を食べたときだけは渋い顔になった。
『それはただの好き嫌いでしょ。残さず食べなさい』
「ちゃんと食べるよ。残したりしないって」
ペガサスの僕の言葉は人間のクリスにはわからないけど長い付き合いだからこんな風にちゃんと伝わることもある。お皿を鼻先でグイッと押すとクリスは渋い顔のまま〝グリーンピースっぽいの〟をかきこんだ。
それにしても――。
「ギュンターさんはなんであんなこと言ったんだろう。おいしいのに」
『そうそう、それそれ』
クリスが味覚音痴という可能性も、クリスとギュンターさんたちとで好みの味付けが違うという可能性もある。ペガサスの僕は主に草を食べてるけど、好みの草の種類や乾燥具合が人間のクリスやギュンターさんとは違うだろうことは想像できる。
『種族や生まれ育った環境で味覚ってずいぶん違うものね』
「何はともあれ、ご飯がおいしくてよかったよ」
なんて言いながらニコニコ顔で白身魚のフライっぽいものやらフライドポテトっぽいものやらひき肉とかジャガイモとかが入ってるパイっぽいものやらを食べるクリスを僕もニコニコ顔で見守る。船のへりにあごを乗っけたままニコニコ顔で見守る。
大人しく食べててくれてうれしいよ。絶賛船酔い中の状態で変態型クリスの相手はするのはきついからね。
なーんて思っていると――。
「パディは腕のいいコックだ」
ギュンターさんがやってきてクリスと僕を見下ろした。
「料理もマズくはない。というかウマい部類だと思う。……ただ、なぁ」
ギュンターさんにつられるように日焼けしていて筋肉モリモリでザ・海の
「そうなんすよねー」
「なにせ長旅ですからねー」
みんな、パディさんから受け取ったお皿を手に持って遠い目をしている。
「次の港まで約一か月。生肉や魚、野菜なんかはすぐに腐っちまうから大量には積んでおけない」
「出航して数日はこういうウマいもんも食えるがすぐに塩漬けされた肉や魚、かたくてまずいビスケットばかりの食事になるんだよ」
「し、塩漬けされた肉や魚、かたくてまずいビスケットばっかり」
ギュンターさんと筋肉モリモリの船員さんの乾ききった笑い声にクリスは青ざめた。塩漬けの肉や魚がおいしくないことはここまでの旅で思い知ってる。興味本位で食べるにはいいけどアレを毎日食べるのはイヤだな、とか思っているのだろう。
『ドラゴンや色鮮やかな鳥、見たこともないあれやこれやに見事に釣られて、ろくすっぽ考えずに王様なおじいちゃんの依頼を安請け合いするからこうなるんだよ』
顔を引きつらせているクリスの脇腹を僕は
「塩漬けされた肉や魚、かたくてまずいビスケットが腐った塩漬けされた肉や魚、カビてるかたくてまずいビスケットに変わる日が来るからそれも覚悟しとけよー」
顔を引きつらせるクリスを見て、筋肉モリモリのオニイサンがポンと肩を叩いて言った。
「まぁ、腐るって言っても暑い時期ほどひどくはならないだろうから安心しなよ」
多分、フォローしようとしてくれてるんだろうけどあんまりフォローになってないかなー、オニイサン。
だって、ほら――。
「く、腐った塩漬けされた肉や魚……カビてるかたくてまずいビスケット……」
フォローなんて全然聞かずにクリスは青い顔でガタガタブルブル震えてる。
『だーかーら! ドラゴンや色鮮やかな鳥、見たこともないあれやこれやに見事に釣られて、ろくすっぽ考えずに安請け合いするからこうなるんだって!』
青い顔のクリスの脇腹を僕は
『人間のご飯がおいしいものから塩漬けされた肉や魚、かたくてまずいビスケットになって、そのうちに腐った塩漬けされた肉や魚、カビてるかたくてまずいビスケットに変わるのはわかったけど……僕のご飯はどうなるの?』
首をかしげてみたけどペガサスの僕の言葉は人間にはわからない。だから、誰も答えてくれない。付き合いの長いクリスも今回は僕の言葉をわかってくれなかったようだ。
「わかってるよ、ベガ。これもドラゴンたんや色鮮やかな鳥たん、見たこともないあれやこれやをなでなで、もみもみ、ぺろぺろするため。そのためなら僕は塩漬けされた肉や魚、かたくてまずいビスケットになっても、そのうちに腐った塩漬けされた肉や魚、カビてるかたくてまずいビスケットに変わっても我慢するよ!」
僕の言葉をわかってくれなかったようだけど――。
『クリスの熱意はわかったよ』
フォークを握りしめてキリッと良い顔で言うクリスを見つめて僕はうんうんとうなずいた。熱意っていうよりは変態度合いかもしれないけど。
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