第10話 世界ネジ
私は慎重に梯子を降り、闇の中に立った。
イシカゲが梯子の裏に回り、照明をつける。
すると目の前に、UFOに車輪がついたような大きな乗り物が現れた。
「これを使えば、砂漠も難なく移動できます。どうぞ、お使いください」
イシカゲがスイッチを押すと、壁の一つが開き、大きな穴が現れた。
「この乗り物——サンドバイクの存在は、公には明かされていません。このトンネルは村から離れた場所に繋がっているので、方角を誤らないよう注意してください」
私は車体に触れ、構造を調べる。こんな奇妙な乗り物を、一体誰が作ったのだろう。
「サンドバイクの定員は四人です。お一人で行かれるおつもりですか」
「はい。特に、一緒に行きたいという申し出もないので」
「住人たちは、使命のことを知っているんですか?」
「ホタルにだけ、教えました」
「そうですか……。ツユキに言ったら、行きたがると思うんですよねえ」
「私もそう思います。でも、いいのですか? 長老を継ぐ立場の子供を村から連れ出して」
「大丈夫ですよ。ツユキが長老になるのは、早くても八十年後です。それに、子供は一世代に一人と決まっている訳ではないですからね」
何かを考えながら、イシカゲはそう言って頷く。
「では、昼食のときに言ってみます」
「ありがとうございます。さて、そろそろ昼食ができあがりそうですけど、何かまだ訊きたいことはございますか?」
少し考えれば山ほど思いついた。よく吟味して、厳選した一つを投げかける。
「貝野家の人々は、なぜこんなにも寿命が長いのですか」
イシカゲは一瞬固まってから、また考える仕草をした。117年分の知識を掻き分ける作業は、かなりの労力を要するだろう。
「ああ、それはですね、我々の//て長老という役職を持てているのですから、感謝すべきことです」
話の途中で、目の前の映像が放送事故のように不自然に途切れた。
「すみません、システムの不調で聞き取れなくて……。もう一度、よろしいですか?」
「そうですか。ええと、我々の//できるというものです」
背筋に緊張感が走った。これはシステムの不調ではない。おそらく何度聞き直そうとも、私はカットされた部分の情報を受け取れないのだ。
「なるほど、ありがとうございました」
仕方なくそう言って、イシカゲと共に炊事場に向かう。遮断された情報は何なのか、仕事のことをツユキにどう伝えようか、そんなことを悩みながら玄関を出る。
ふと西の方を向くと、あらゆる悩み事が即座に隅に置かれた。
寝室の屋根の世界ネジが、静かに回っている。
私は駆け出し、寝室の中に入る。地図を確認すると、現在地から最も近い菱形が桃色に点灯している。菱形をタップすると、メッセージが表示された。
〈Complete : 安全地帯〉
予想通りだ。やはりネジが回る条件は、イシカゲに会う、もしくはイシカゲからサンドバイクの使用許可をもらうことだったのだ。
今日のことをメモに付け足して寝室を出ると、すでに住人たちは昼食を食べ始めていた。長老が特別扱いされているということはなく、鍋の周りには、昨日までと同じように大きな円ができている。
私もいつものようにホタルとツユキの間に座り、とうもろこしを受け取った。
「ツユキ。私の仕事の内容を知っていますか」
「世界ネジを回すこと、ですか?」
ツユキは躊躇いながら答える。
「知っていたんですね」
実は当てずっぽうだったようで、ツユキは目を見開いた。
「なら、私が今日この村を出なければならないということも、知っていますね」
「「えっ」」
左右から声が飛んできて、今度は私が目を見開いた。
「なんで」
「世界ネジが、世界中にあるからです。あなたたちとは、今日でお別れとなります」
「そんな……」
腕を掴み、ホタルは悲しそうな顔をする。
「じゃあわたしも連れてってよ!」
ホタルは身を乗り出し、腕をより強く掴む。ツユキより先に乗ってくるとは意外だった。
「いいよね、お母さん?」
「私より、ユイナに聞くべきじゃない?」
ホタルは私から離れ、ユイナの両手を握った。
「ユイナ、わたしの代わりにアイドル、できる?」
言語の方が好きそうなので嫌がるかと思ったが、ユイナは顔を上げて目を輝かせた。
「いいの? ほんとに……?」
「うん。帰ってくるまで、お願いしていい?」
「もちろん!」
ユイナは立ち上がり、手を繋いだまま飛び跳ねた。
「あたしね、ずっとアイドルやりたかったんだけど、お姉ちゃんがいるからできないと思って、言い出せないでいたの。帰ってきたら、この村初のデュエットデビューしようね!」
はしゃぐユイナの可愛らしさに、住人たちは微笑んだ。
反対側を向くと、ツユキは露骨に悩んでいた。長老を継ぐ者としての葛藤があるのか、他の生存街に行く危険性と知識欲とを天秤にかけているのか。そんなツユキを見兼ねて、ウタゲは口を挟む。
「行ってきたらいいじゃないか。こんな機会、多分もう二度とないぞ」
「父さん……」
「長老の後継のことなら大丈夫だ。父さんも120年は生きるからな」
ツユキは振り向き、私と目を合わせる。ツユキも子供なのだということを、初めて実感した。
「どうしますか?」
「行きたいです……!」
「歓迎します。一緒に世界を取り戻しましょう」
そう言ってツユキの手を握ると、ホタルも手首を握ってきた。
「出発は深夜です。長老に出口まで案内していただくので、長老宅の玄関前に集合してください」
二人は頷き、それぞれの親にその旨を報告した。仕事のゴールと博士に関することしか知らない機械の私にとって、この二人が同伴してくれるのは心強い。ツユキの知恵と、ホタルのバイタリティー。私の役目は、世界修復という目標を見失わないように、それらを監督することだ。
「楽しみだね!」
「僕はちょっとだけ、緊張しますけど」
結局ツユキは敬語のままで、ホタルもそれについては諦めた。
「それでは、また夜に」
私は寝室に戻り、二つ目の世界ネジがある最初の目的地、生存街・
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