第15話『白竜事変③』
「……で、誰なんだ? お前は」
焦土に立つ3体の怪物。
チドイラはニヤリとした笑みを浮かべてそんなことを口にした。しかしその細められた目は眼前の謎の竜をしかと見据え、その内を見定めているようだった。
「突然変異……ってことでいいんですかね」
「にしては肉体が完成されすぎている。初めからそういう種であるかのようだ。随分と都合のいい突然変異だな」
そう言って、チドイラは小さく笑った。
皮肉を込めたその言葉を、竜が理解したかは分からない。竜はただ静かに呼吸を整え、集中力を増し、戦闘へと移行しようとしていた。
「……まあ、詳しいことはこいつを殺した後、専門家に解剖してもらって調べたらいいさ」
震えの無い、勝利を確信したチドイラの言葉。それが意味するのは、人類の希望か、竜への冒涜か。
アルティスは全身から力を抜き、意識を竜へと向け、余計な思考を削ぎ落とす。
対して竜は微動だにしない。それは言語を有していないためか、冒涜など胃に介していないためか。
訪れる静寂。強者間の戦闘で発生する探り合い。受けに回るべきか、攻めるべきか。自然環境も念頭に、相手を観察し、自他の実力を考察し、戦いの火蓋を切る。
地球上に存在する生物の中で考えても最上位の戦闘力を有する3つの命。彼らの脳内には幾千とも言えるシミュレーションが存在する。
目まぐるしい思考の末、3者は結論を出す。下手を打てば初撃で殺される極限の戦闘。
しかし圧倒的な力を持つ三者は傲慢とも言える自信を持つ。
故に出した結論は同じ。
攻勢である。
竜、アルティス、チドイラは同時に地面を蹴り、前方に跳躍した。
竜は右前脚を繰り出し、チドイラは繰り出された竜の脚に刀を振るい、アルティスは雷を纏わせた左腕を振りかぶる。
刹那、と言うにも短い時間の経過の後、竜の脚とチドイラの刀が接触。2つの得物がビタリと静止し、せめぎ合いを始める。
だがその一瞬の隙に、アルティスは身をかがめ足から竜と地面の間に滑り込んだ。
そして左手を指鉄炮の形にし、白竜の顎へと突きつけ、一言……
「……ショット」
瞬間、アルティスの指の先から逆さの稲妻が迸った。通常地を打つ稲妻であるが、この時ばかりは逆に天を駆け登った。
フル段階の出力を伴う雷属性魔法。変形、分散といった工夫を一切行わずに放たれたただ殺傷のみを目的とした魔法である。
竜の股下をくぐり抜け、後ろ側に周ったアルティス。すぐさま振り返り、バックステップで距離を取る。
同時にチドイラは竜の一瞬の硬直を逃さず、右腕に一気に力を込める。
刀に一気に力が加わり、刃が竜の肉体へ侵入を始める……が。
(硬い……!)
刃は竜の体をほんの1ミリ程度削った所で停止。出血は愚か傷とすら呼べない単なる変形だ。
チドイラはそれを認めた瞬間に前方へ跳躍。アルティスと並び竜の様子を伺う。
竜はゆっくりと足を着き、振り返った。そこにダメージの色は全く存在せず、ただ警戒心と苛つきを増した目が2人を射抜く。
「なんで雷脳に直撃してピンピンしてるんだよ……」
「俺の魔力出力でも傷すらつかなかった。これは中々手強いな」
再び訪れる膠着状態。その間アルティスは思考を回す。
「……チドイラさんでもダメージが無いってことは、奴の魔力出力はチドイラさんのそれより高いってことですよね……脳すらも魔力で強化と防御ができるなら内臓破壊も不可能……つまり奴を倒すには、単純な出力勝負で打ち勝つしかない」
「となると決め手は魔拳だな。あれが1番出力が高い。とりあえずは攻撃を続けて隙を探ろう」
「了解です」
アルティスは刀を腰の鞘に収め、両の拳を握る。そこに魔力が集中していき、魔法を発動。
「フル・ハンズ・ウェア・サンダー」
その詠唱と同時に、両腕が先程と同様青白い雷に包まれた。バチバチと音を鳴らし、雷を纏った両腕を構え、アルティスは呼吸を整えた。
ウェア。魔力、及び魔法を肉体もしくはその一部に纏い、防御と出力の高い魔法を放つまでの溜めを両立する技。
ショット。ウェアで纏った魔法を一点に集中し、指向性をもって放つ技。先程アルティスが竜の顎に放ったものがそれだ。
「フル・ウェポン・ウェア・ウィンド・カッター」
対してチドイラは刀を構えて魔法を発動。
刀の刃の周辺に、小さな空間の歪みが出現した。それらはシュルシュルと空気を切り裂く音を発しており、常に刀の周囲を動き回り続けている。
カッター。魔法を三日月型の刃へと変形する技。
今ボートが発動した魔法は、小さな風の刃を刀に纏わせる魔法だ。
「あれだけの怪物だ。一度でも魔拳を見せれば模倣してくるかもしらん。一瞬でも隙を見せたら畳み掛けるぞ」
「それはいいですけどチドイラさんは魔力量大丈夫なんですか?」
「はっ、伊達に何十年も戦ってないぞ?」
戦いの準備を整え、体勢を整えるアルティスとチドイラ。
そんな2人の様子を、竜は静かに見守っていた。
挨拶は終わった。
後は互いの命を賭けての殺し合い。勝つか負けるか。生きるか死ぬか。
その場の空気に、一気に緊張が走る。
焦土を撫でる風。崩れる植物。己の心臓の鼓動。周期的な呼吸。
あらゆる音が三者の意識から消える。
そして数秒の間を置き……三者は同時に動いた。
先程と同じく突進し、爪での攻撃を試みる白竜。その繰り出された左前脚と、アルティスの右の拳が衝突した。空気すら震わせる衝撃が響く。
次いでアルティスの魔法が発動。纏わせていた雷が射出され、竜の体を駆け巡る。
一瞬にも満たない硬直……いや、硬直とも呼べないほんの僅かな筋肉の緊張。それはこの戦闘における致命的な隙である。
アルティスは空いている左の拳を突き上げ、竜の顎を殴り抜けた。と同時に雷を射出。竜の首がのけ反り、再び硬直。
瞬間、竜の首を斬撃が襲った。アルティスの後ろを走っていたチドイラが跳躍し、空中で刀を振るったのだ。
風の刃を纏った刀は、竜の首の中心付近に命中。纏った魔法も相まり、竜の鱗を削って地に散らす。
直後。竜の口内に赤い光が灯った。アルティスが体勢を立て直し、チドイラが地面に着地する間に光は強まる。
人間2人が次の行動へ移るより僅かに早く、竜の頭がアルティスに向けられ、口が開かれた。
瞬間、迸ったのは現代最強のブレスだった。ほとんどの人間が一生で相対することのない、尋常ならざる熱の塊。
それがアルティスの上半身を飲み込んだ。
「ッッッ‼︎」
咄嗟に顔を腕で庇うが、そんなものは誤差にもならない。異様なまでの速度で魔力で肉体を強化したものの、アルティスの肉体は外側から一気に崩壊する。
ブレスは1秒と経たずに収束した。
が、そこにあったのは見るも無残な何かだった。
下半身こそ重度の火傷で済んでいるが、上半身はもはや肉塊とも呼べぬほど黒く焦げ、ボロボロと崩れている。辛うじて人の形こそ保っているものの、十中八九即死であろう……
が、次の瞬間に黒焦げの顔は目を開いた。さらに次の瞬間には肉体を崩壊させながら拳を繰り出し、竜の顔を殴り抜ける。同時に青白い雷が竜を貫いた。
アルティスは全身に回復魔法を施しながらバックステップで距離を取る。みるみるうちに体が修復されていき、2秒もすれば彼の姿は元通りだ。
「熱いんだよクソ……ッ‼︎」
上半身の服が消滅し、鍛え上げられた肉体を顕にしたアルティス。悪態を吐きながら再び前方に走り、刀を振るうチドイラとの連携を試みる。
いくらS級という枠組みをも超える竜でも、アルティス達の攻撃によるダメージを0にはできない。と言ってもそれは誤差にもならない小さな値であるが……アルティスとチドイラにとっては、0でなければ十分だ。
アルティスの雷属性魔法でほんの僅かに竜の動きを止め、チドイラが斬り込む。ダメージが0でない以上、同じ箇所を切り続ければいつかは断頭できるだろう。が、十中八九2人の魔力はそこまでもたない。今の目的は竜に明確なダメージを与え、隙を作らせることだ。
アルティスが雷を撃ち込み、チドイラが竜のうなじへ斬撃を加える。竜はチドイラの攻撃の後に攻撃を繰り出し、爪、牙、魔法、突進が2人の体へダメージを与える。
凄まじい速度で幾度となく繰り返される攻防。
人間2人の体には無数の傷が生まれていた。肩から血を流し、内臓には鈍い痛みが残る。チドイラの武器である刀も刃が一部崩れ、時間と共に確実に力を消耗している。
しかし、それは竜も同じであった。
何度目かも分からないチドイラの斬撃が、竜のうなじを襲う。その時、斬撃を一点に受けていた傷から、僅かだが赤い液体が吹き出した。同時に、竜のうなじに今までとは異なる痛みが走る。
「はっ、ようやくか」
口元の笑みを浮かべ、チドイラは大勢を整えて地面に着地。竜と向かい合い、刀を構える。
が、次の瞬間。竜の頭は上を向き、四肢を曲げて翼を広げた。
そして一気に上空に跳躍すると、翼をはためかせグングンと急上昇。あっという間に地面から離れ、街全体を見渡せるほどの彼方へと飛び出した。
「うわっ、めんどくさ!」
アルティスはそう零して顔を引き攣らせながらも跳躍。一跳びで数十メートル上昇し、上がり切ったタイミングで足元に結界を生成。再び跳躍し、竜の浮かぶ天へと駆ける。
チドイラも同様にして接近するが、その速度は竜と比べて確実に遅い。辿り着くまでに数秒を要する。
その間、竜は口を開いて眼下の街へと向けた。同時に口内が一気に炎の光に包まれる。ブレスの予兆だ。
(ッ‼︎ 街を狙う気か⁉︎)
街やそこに住む人々を焼き殺そうと、竜に利点は一切無い。だが街を攻撃しようとすれば、アルティスとチドイラは無理矢理にでも阻止しようとするだろう。そうすれば必ず致命的な隙が生まれる。竜はそれを理解しているのだ。
つまりこの攻撃は防がれてしまうということも織り込み済み。竜の脳内では既にどちらの人間が、自らのブレスをどう防ぎ、どのような隙ができ、どういった反撃をするかの思考が渦巻いていた。
その視線は街ではなくアルティスとチドイラに向いている。
そして竜は見た。空中で右の拳を振りかぶるアルティスの姿を。
竜は感じとった。己を殺し得るほどの莫大な魔力が、振りかぶられた拳に集められているのを。
魔拳の予兆である。
竜はすぐさま頭の向きを変え、アルティスへ向いた。
瞬間、ブレスが放たれた。
莫大な熱の塊が、宙を跳ぶアルティスへと一気に迫る。
アルティスは横向きに結界を生成して蹴り、ブレスを回避。ブレスは必死にアルティスを追うが、人類最高の魔力出力を誇るアルティスの身体強化は当然頭一つを抜けている。
右に左に跳躍しながら、アルティスはグングンと竜に接近。振りかぶられた右の拳からは変わらず魔力が溢れ出ており、竜の中に確かな焦りが現れていた。
「……空に逃げたくなるのは分かるけど……それは悪手だろ」
小さく冷ややかな声で、アルティスはそう口にした。
竜の口から放たれるブレスを、生成した結界を蹴ることで右に左に身を躍らせて回避。グングンと竜に接近していく。
そして数秒後、アルティスと竜との距離は数メートルという所にまで縮まり……尋常ならざる魔力が込められた拳が、放たれた。
アルティスの拳が、竜の首の根本辺りに命中する。同時に拳に含まれた魔力が全て電気に変換され、莫大な力が竜を射抜く……否。
甚大なダメージを覚悟していた竜は瞬間、頭の中全てが混乱に包まれた。
苦痛が少ない。あれだけの魔力で攻撃されれば、数秒間は体が完全に硬直し、無視できないダメージを受けるはずだ。
にも関わらず、人間の攻撃による苦痛や硬直は、地上での戦闘と同程度でしかない……そう、同程度でしかない。
アルティスは魔拳を発動できるほどの魔力を拳に込めながらも、その全てではなく極一部の魔力のみを使用することで、魔拳と単なる雷属性魔法の予備動作を全く同じにしたのである。
アルティスの限りなく高い魔力操作技術の賜物と言えるだろう。
竜が受けたのは、先程までの地上での攻防と同じ攻撃。であるならば、追撃もまた先程と同じものが飛んでくる道理。
直後、竜のうなじに鋭い痛みが走った。その上空ではチドイラが刀を振り切った体勢で宙を舞っている。
そこからはまた、雷と斬撃の繰り返しだった。
アルティスが雷を撃ち込み、それにより竜が硬直したところにチドイラが斬撃を加える。しかも心なしかその攻撃のスパンは地上にいた時よりも短くなっており、竜が反撃する隙が中々無い。
「……さて、そろそろ終わりにしようか」
チドイラはニヤリの口の両端を吊り上げ、刀を振るった。
竜のうなじが一気に裂け、血がドパッと溢れ出す。
寸分の狂いもなく同じ箇所に振るわれていく斬撃。そこから溢れ出る血は竜の総ダメージを表している。
飛び散り、地面へと落下していく血液が、竜の視界に入る。
自分がこれほどの血を流すなんて。これほどの苦痛を感じるなんて。これほど死に近づくなんて。弱小種族である人間が、こんなことをしでかすなんて。
竜の脳内に焦り、恐怖、怒り、様々な感情が迸り……
「……ヴァアアアアアアアアアアアアアア‼︎」
叫び声が上がった。
同時に竜の体全体を魔力が覆う。直後その魔力は一気に熱へと変わり、竜の体を巨大な火球が包み込んだ。アルティスとチドイラは見てないが、2体目の竜が死に際に発動したものと酷似した魔法だ。
その火球は出現と同時に膨張を始める。アルティスとチドイラは瞬時に結界を生成して蹴り、距離を取る。その速度は火球の膨張速度を上回っており、危なげなく回避は完了だ。
が、チドイラが刀を鞘に収め、体勢を整えようとしたその時……竜が爪を伸ばし、火球を突き破って現れた。
竜はチドイラに向かって全力で飛んできており、その目には姿に反する冷たい殺意が滲み出ていた。
「はっ! 弱い駒からか。案外セオリー通りの動きをするな」
突然の襲撃にも尚笑みを崩さないチドイラ。
彼は竜の姿を視認した直後、上空に結界を生成して蹴り、地面に向かって急降下を始めた。
チドイラの膂力に重力も合わさり、その体はまたたく間に地面に落下する。それを追う竜の体もまた加速を続け、いつしかその速度はチドイラのそれを凌駕。両者の距離は縮まり出した。
だがチドイラと竜が接触するより前に、チドイラの体は地面と激突するだろう。
「……だが、終わりにしようと言っただろう」
そして数秒後。チドイラが地面にぶつかるという直前、彼は拳右の拳を振りかぶった。現在彼は下に頭を向け、地面を見ている状態であり、振りかぶられた拳の放たれる先は焦土となった街の元広場である。
「……天成拳」
そのチドイラの呟きと同時に、拳は地面に激突した。
ゴンッ‼︎ という重い音が響き渡り、地面が陥没する。周囲に灰を撒き散らす衝撃と空気の乱流。地面が揺れ、その振動は街全体を包み込むとすら思える。まるで爆発が起こったかのような威力の打撃が、地面に向けて放たれたのだ。
同時に、チドイラは極限まで拳に集中させた魔力を解放。チドイラが発動できる中で最大の魔法が発動した。
拳に接している大地が、仄かな紫色に光る。そして次の瞬間、その紫色の光を突き破るようにして……巨木が姿を現した。
始まりは小さな小枝だった。大地から迫り出してきたのは、道端に落ちているような小さな枝。その枝は一瞬にして大地からさらに身を乗り出し、肉体を陽の元へと運ぶ。
だがそれで終わりでは無い。さらにさらに、太陽を求め、天を求め、枝は大地からさらに迫り出す。
いつしかそれは枝というにはあまりにも大きすぎるほどまで成長していた。背丈は裕に数メートルを超え、既に立派な樹木の域にまで達している。
だがまだだ。まだ成長する。
10メートル、20メートル、50メートル、100メートル、200メートル、300メートル……
……初めに小枝が地面から顔を覗かせてから僅か数秒。
そこに出現したのは、高さ1000メートルにも迫ろうかというほどの巨木であった。
「はっ! 俺が使えないとでも思ったか……⁉︎」
天成拳。自然属性の魔拳。地面に存在する植物や種子に魔力を流し、急成長させて操る自然属性。その魔拳の効果は、山の如き巨大な樹木をものの数秒で出現させるというものだ。
その巨木の成長は、何人たりとも止められない。例えそれが、生物としての次元が違う怪物であろうと。
チドイラが発動した天成拳により出現した巨木は、凄まじい速度で成長した。その上空から落下してきていた竜を巻き込んで。
竜は自身に迫る巨木に気がつき咄嗟に身をよじったが、何より自身の移動速度故に回避は叶わなかった。その常軌を逸した身体能力と魔力出力が裏目に出た結果と言えよう。
結果、巨木は竜の脇腹を貫き、天へと突き進んだ。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎ アアアアアアアアア‼︎」
先程までうなじに感じていたものとは一線を画す激痛。しかしそれで終わりではない。
竜の少し下で巨木は枝分かれし、その枝もまた竜の体を貫こうと天へと伸びる。
首筋、胸部、腹部、翼、尾……竜のあらゆる部位を巨木が貫いていく。加えて枝は竜の体内で尚も枝分かれして成長し、その肉体を破壊し複雑な傷を作る。
「ヴァアアアア……ッ‼︎ ヴァアアアアアアアアアア……ッ‼︎」
少しずつ、だが確実に弱まっていく竜の悲鳴。全身から夥しい量の血が流れ、巨木をつたって地面へ落ちる。もはや竜が死亡するのは時間の問題だろう。
だが、そんな竜に人類最強の男が迫っていた。
空中に留まり、己の拳に力を溜めていた怪物。結界を蹴り、重力を感じさせない動きで拘束された竜に迫る小さな影……
人類の特異点、アルティス・ガパオ。
アルティスは右の拳を腰の横に据え、左手で掴んでいた。その両手は紫色に光り輝いており、それは今にも爆発してしまいそうな、細かく明滅している光だ。
やがて光は少しずつ、少しずつ右手のみに集まっていく。同時に輝きはより一層強くなっており、それはアルティスが秘める力の強さをも示している。
「ヴァ……ヴァア‼︎」
竜は自らに迫りくるアルティスを認めると、全身の激痛にも耐えて頭を持ち上げ、口から火球を発射した。
それは竜の本来の力を考慮すれば相当弱々しい攻撃だ。とはいえ、地上に跋扈するほとんどの魔物の攻撃よりも強く、多く、殺意が込められた火球の連打である。
だがそれも、所詮は死に際の無駄な足掻きに過ぎない。アルティスは次々と結界を生成して蹴り、鋭い角度の跳躍で竜の火球をことごとく避けていった。
そして数秒後、アルティスは竜とあと数メートルという所まで接近。
圧縮される時。相手の一挙手一投足が明確に知覚できる。全てがスローモーションに見える、長くも短い時の狭間……竜は鋭く冷たい、純然たる殺意を宿したアルティスの瞳を見た。
「……王滅炎」
その小さな呟きと共に……アルティスの拳が放たれた。
その拳が竜の鼻先に衝突した瞬間、巨大な爆発が生じた。竜の体を完全に覆い尽くし、チドイラの天成拳で生み出された巨木すらも焼き尽くす業火の球。
同時に竜の鼻先は粉砕され、筋肉、血管、神経すら破壊しながら、アルティスは尚も突き進む。
首、胸、腹、腰……その肉体を余すことなく破壊する。あらゆる体液、肉の破片、骨の粉、竜の肉体を構成する全てが混ざり合い、その怪物に死を与える。
そして、アルティスは竜の肉体を完全に突き破った。
巨大な爆発の中、鼻先から尻尾の付け根までを一気に貫いたアルティスは、全身に竜の血を纏いながら宙に躍り出る。
その背後では、王滅炎によって生じた炎に包まれた巨木の上部と竜の死体が、地面に向けて落下していた。
既に生命活動を停止した竜に魔力を操作するのは不可能であり、あれだけ頑丈だった肉体は炎によってみるみる崩れていく。先程まで響いていた叫び声は、もう微塵も上がらない。
炎に包まれた竜の死体は、まるで流れ星のように落下する。熱によって少しずつボロボロになり、時間と共に小さくなっていく。鱗が、肉が、骨が、内臓が……黒く焼け焦げ、次第に風で崩壊し……
数秒後、かつて超越者の王として君臨していた竜の肉体は、完全に消滅した。
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