3

「いたぞ!!」


スーツ姿の男たちだった。5人いた。銃を構えている。


「動くな!!」


 どうするか。自分の「麻酔」は相手の体に触れないと効果を発揮しない。相手の体に触れる前に撃たれては意味がない。少年はまた狼狽し始めている。調教師の男は、わりと落ち着いている。そういえばこいつは、敵なのか、味方なのか。スーツ姿の男達と少しの間対峙していたが、やがて、あの長身の男が悠然と現れた。よく見ると、赤い瞳をしていた。


「気をつけてください。先日あの子供を連行しに行った奴らは、まだ戻っていません。何があるかわかりません」


 男達の一人が、長身の男に言った。連行?殺害が目的ではないのか?だが、そんなことより、今はこの状況をどうるすかだ。エバは必死に思考を巡らせた。


「想定外の人物が2名いますね。あなた方、その少年との関係は?」


 赤い瞳の男が聞いてきた。その言葉で、調教師の男は、スーツ姿の男たちの仲間ではないとわかった。


「オレはこの少年の保護者だ。この少年の面倒をみるよう言われている」

「そちらの方は?」

「オレ?ああ、俺の名前はクレシン・チャン。以後よろしく。こいつらとは、そうねえ、まあ友達かな」


 得体の知れない奴らに名前を名乗るなよ、それに以後こいつらと仲良くする気なのかよ、エバは思ったが、口に出している暇はなかった。それ以上に、友達と言ったことに驚いた。まさかそう答えるとは。


「その狼たちは?」

「ああ、こいつらもオレの友達さ」

「そうですか。それは厄介そうですね。おとなしくしていただきましょう」


 赤い瞳の男が、調教師の男の顔をじっと見た。すると、調教師の男の様子が変わった。


「ああ…この人たちとオレとは関係ありません。つれていきたいならどうぞ~」


 エバはそれを見て、一気に思考を巡らせた。イトモイの村の若者たち。この男と話して、様子が変わった。今、調教師の男も、この男と話して、急に態度が変わった。この赤い瞳の男は、おそらく異能者ストレンジャー。今のは異能ストレンジ。正確にはわからないが、なんらかの意識障害を起こさせる能力。


「君!その男の顔を見るな!!」


 エバは少年に向かって叫んだ。赤い瞳の男が、するどくエバを睨んだ。エバは怯まず、さらに考えた。今、調教師の脳に起こっているのが、何らかの意識障害なら、治療をすればいい。障害なら、治せる!エバは素早く調教師の男に駆け寄り、調教師の頭に触れた。


「動くなといってるだろ!!」


 スーツ姿の男が、銃をエバの足元に威嚇射撃した。威嚇だ、当たりはしない。エバが調教師の男の頭に触れると、バチバチという音がした。


「・・・おおお・・・オレの意識は一瞬、そよ風の誘惑だぜ~」


 言葉の意味がよくわからないので、調教師の男の意識が正常に戻ったのかどうか判然としなかったが、多分戻っているのだろう。やはりだ。なんらかの意識障害を起こさせる異能ストレンジ


「やはり、あなた方もそうでしたか…」


今のセリフで、あちらも、こちらが異能者ストレンジャーだと感づいていたらしいとわかる。


「おとなしそうなあなたを先におとなしくさせるべきでした。人は見かけによりませんね」


大きなお世話だ。


「オールドさん、どうします?ここでなら騒ぎになりません。撃ちますか?」

「いたしかたありませんね。あまり好みではないですが・・・銃撃を許可します」


まずい!エバが走れと叫ぼうとしたとき、調教師の男が動いた。


「ピィーーーーーーーー」


 調教師の男が指笛を鳴らした。すると、狼たちが一斉にスーツの男たちに飛び掛った。


「うわあああ!!!」

「今だ!走れ!!」


調教師の男が叫び、走り出した。


「君!走れ!」


 考える間もなく、エバも叫び、走り出した。少年は最初おたおたしたが、なんとか走り出した。


「くそっ、なんだこいつら!!」


 スーツ姿の男が発砲した。狼の一頭に命中し、一頭が倒れたが、またもう一匹が飛びかかり、腕を噛まれ、銃を落とした。


「しまった、ぐあああ」


 しばらくもがいていると、狼が噛んでいた力を緩め、急におとなしくなった。立ち上がると、そこに赤い瞳の男がいた。赤い瞳の男は、スーツの男が落とした銃を拾い上げ、上空に向け、何発か発砲した。すると、狼たちは、何かから覚めたかの様に、一斉に逃げていった。スーツ姿の男たちは、みな満身創痍だった。流血している者もいる。


「どうします?オールドさん。追いますか?」

「この状態では無理はしないほうがよいでしょう。ましてや、ここは冷笑の迷宮ブラックジョーク・ラビリンス、私たちが帰ってこられなくなる可能性だってあります」

「しかし、それでは奴らもここから出られなくなるのでは?」

「これは私の勘ですが、彼らはこの森を生きて出ますよ」

「なぜです?」

「見たでしょう?彼ら、異能者ストレンジャーですよ」

「だったらオールドさんだって・・・」

「皆さんの体が心配です。大丈夫、私を信じてください」


オールドには、勘ではあったが、割と自信があった。彼らは、生きてこの森を出る。


「オールドさんの催眠術で、狼を追わせる手もあったのでは?」

「無駄でしょうね。動物に対する異能(ストレンジ)は、彼のほうが上でしょう。彼の異能ストレンジは多数の動物に対して効きそうですが、私のは、一人一人、一匹一匹ですしね」

「そうですか。」

「私に考えがあります」

「といいますと?」

「この広大な森を抜ければ、その先に広がるのは?」

「・・・ゴールド・エイト荒野」

「そこへ先回りして、待ち伏せしましょう」

「そうなると、いったんフジテに戻り、鉄道でアサヒ経由で、テビエスですね?遠回りですが、間に合いますか?」

「間に合うでしょう。あちらは徒歩ですから」

「わかりました。ではすぐ向かいましょう。おい、いったんフジテにもどるぞ」


満身創痍の男たちは、来た方向に戻っていった。


「それにしても…」


オールドは思った。さきほどの村長のように、かからない人は時々いるが、かかった催眠術をいとも簡単に覚醒されたのは初めてだった。


「同じタイプの異能ストレンジ?・・・いや、まさかな・・・」


可能性がないわけではなかったが、低いだろう。同じ時代に、同じような異能者ストレンジャーがいたとは、前例がなかった。脳にショックを与えた程度で解けるような、やわな催眠術ではないはずだ。そうなると、脳を元の状態に戻す・・・治す・・・治療・・・


「医者の異能者ストレンジャー・・・そんなところか・・・」


オールドは自分の推理に得心し、満足した。


「フフフ…ライバル出現といったところですか…」


オールドは不敵に微笑んだ。

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