第7話依頼不成立
ジョイは椅子を揺らしながら楽しそうにこれまでの少女の話をまとめた。
「あのねー。簡単に説明すると、この子が死ぬと喜ぶ人がいる。もしくは一生飼い殺し。そんな状態で生きるのは耐えられないから死にたいけど、自殺する勇気はない。だから安楽死させてーって感じ」
「別に聞いてない」
全くことの重さを感じないあっさりとした説明であった。リーパーもリーパーであんまりな態度である。本当に興味がないのだろう。
「だが、なるほど。お前を人間とも思わないヤツが大勢いるというわけか。随分と嫌われてんだな」
リーパーは立ち上がりながら鼻で笑った。
その態度を見て、これまで我慢してきた少女の限界が超える。キッとリーパーを睨み上げると一歩前に出て反論し始めた。
「さ、さっきから貴方、脅すような態度は取りますし、話は聞かずに寝ますし、酷いことばかり言いますし……色々とめちゃくちゃで失礼ですよっ!」
少女に文句を言われて先ほどのようにリーパーが不機嫌になる可能性もあったが、意外にも彼は特に気にしていないようだ。どちらかというと、不思議だと言わんばかりに首を傾げている。
「俺は間違ったことなど言ってないだろう。自ら死んでやるなんて、自分を嫌ってる奴らを喜ばせてやる行為だ。お優しいことだな」
リーパーには彼女を怒らせる気は一切ないのだが、ただの煽りにしか聞こえない。
ますます顔を赤くした少女は声を荒らげた。
「な、何が言いたいんですかっ!?」
「最初から言っているだろう。さっさと質問に答えろ。事情を話し終えれば答えるのかと思えば急に怒り出すし、わけがわからないな、お前は。時間の無駄だ」
「ひ、人の心がないんですか……!? 貴方なんかにちゃんと人を安楽死させられるとは思えませんねっ!」
耳を指で塞ぎながら鬱陶しそうに眉を寄せるリーパーに対し、少女は肩で息をしていた。よほど興奮したらしい。
おそらく、これまでのストレスもあって一気に爆発したのだろう。煽り返すような言葉が少女の口から飛び出した。
「あは、やだなぁ……」
急に、ジョイの雰囲気が一変した。
ジョイはゆらりと椅子から立ち上がると、口元だけに笑みを浮かべて少女に近付いていく。
その様子には人間味が感じられない。少女はグッと呼吸を止めた。
「勘違いしないでくれる? たかが依頼人ごときがリーパーに偉そうな口利くなよ。オレが欠片も残さず魂を刈り取ってやってもいいんだよ……?」
ジョイの目が、チラチラと紅く変化する。彼は残虐性を帯びると水色の目が紅くなるのだ。
「リーパーを馬鹿にしていいのは、オレだけ。わかった?」
「は、い……」
紅く変色していく瞳に光を感じられない。無機質に見える美しい顔が近付いて、少女は今にも倒れそうなほど顔色を悪くした。
死神の紅い瞳は生き物に死を感じさせるのだから無理もない。
「ちっ。ジョイ、下がれ」
「……おっと。ごめん、ごめん」
グイッとジョイの肩が後ろに引かれた。その瞬間、完全に紅くなりかけていたジョイの目が水色へと戻っていく。
それと同時に、少女はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「……話を戻すよ? ってか面倒になってきた。ねぇ、死ぬ気があるなら日時をちゃちゃっと決めちゃお? そしたら今日はもう帰るから。あっ、今すぐ殺すことも出来るけどー」
ついに、これまでずっとフォローに入ってくれていたジョイまでもが、適当な態度になってしまった。
「な、んなの……? なんで、私が悪いっていうの? 人生の終わりくらい、気持ちよくさせてよ!」
「えー、そこまでは面倒見切れないよー。自分の機嫌は自分で取ってー」
少女の怒りもなんのその、ジョイはヒラヒラと鬱陶しそうに手を振っている。
内心では、いくら金持ちでも今後は若すぎる依頼人に声をかけるのはやめようか、などと考えていた。
「……によ。何よ! 私だって生きられるのなら生きたいわよ! でも、仕方ないじゃない! 他にどうしようもないんだから……っ!!」
ついに少女は泣き出した。手を床について、ボロボロと涙を流している。
当然、二人に女の涙など効かないのだが、聞き捨てならない言葉を聞いてリーパーの片眉が上がった。
「お前……生きたいのか」
「生きたいわよ、悪いっ!?」
もはや怖がることもやめたらしい少女は、自棄になったように叫ぶ。涙と鼻水で顔がグチャグチャになっていた。
「じゃあ、生きればいい。さて、もうここに用はないな」
「えっ!? ちょ、ちょっと」
リーパーは盛大にため息を吐いて、やれやれと首を横に振った。
バッサリと言い捨てると、困惑する少女に目もくれずにジョイに向かって声をかける。
「帰るぞ、ジョイ」
「はー、せっかく来たのにー」
ジョイもまた、骨折り損だとばかりに大きくため息を吐きながらリーパーに続いた。完全に放置された少女はそれどころではない。
「ま、待って! 残り半分のお金もすぐに振り込むから、ちゃんと安楽死させてよ!!」
叫ぶように告げた少女の言葉に、二人はピタリと足を止める。すでに前金を受け取っていただけに、多少の罪悪感があるようだ。しかし。
「悪いが」
リーパーはゆっくりと振り返り、どこか遠くを見るような目で少女を見た。
その目はどこか寂し気で、まるで迷子の子どものようだった。少女も呆気に取られたように彼を見返す。
「死ぬ気がないヤツの命は、取らないと決めている」
「……あはっ、そういうことー。あ、前金は返せないけど残りはさすがに受け取らないからさっ」
どこか物悲しげに見える二人の背中を、少女はただ呆然と見つめるのだった。
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