第2話 神官セレナは選ばれる

 街の外れにある小さな教会。

 その中で、セレナは自分よりも4つ歳上の女性の腕に治癒魔法を使った。


「わぁ! 痛くなくなった!」

「う、腕は簡単な治療をしただけです。ちゃんと1週間は安静にしないとダメですよ!」


 女性がぶんぶんと腕を振るものだから、慌ててセレナがそれを止める。


 農作業中の怪我で、腕の疲労骨折だ。

 この程度であれば彼女の魔術で治療できる。


「本当にありがとうございます! 神官様にはいつも助けてもらってばかりで」

「い、いえいえ。気にしないでください。これが私たちの仕事ですから」


 セレナは首をぶんぶんと横に振る。

 女性はそれに微笑んで、

 

「神官様がいるから私たちは安心して怪我できるんですよ」

「け、怪我しないでください……」


 セレナの言葉に、女性はけらけらと笑った。


「また来週来てくださいね。ちゃんと怪我が治ってるか見ますから」

「はぁい!」


 そういって女性は治療室から出ていく。


 小さな治療室の中で1人になってしまったセレナは「ふぅ」と息を吐いた。


 窓の外を見ると、太陽が空の天辺で輝いており……そろそろ昼休みになる時間だったが、もう1人くらい治療できるだろうとセレナが治療室の外に出ると、そこにはカノンが立っていて、


「あ、あれ? カノンちゃん?」

「どうせ昼休みを削って仕事するつもりだったんでしょ?」

「……そうだけど」

「ダメ。これから昼休み」

「……むぅ。でも、怪我人の人が待ってる」


 顔を膨らませたセレナに、カノンは深く息を吐き出した。


「怪我人はいったん帰らせたわよ。昼休みだって言ってね」

「帰らせちゃったの!? だ、ダメだよ! 怪我人を治療するのが私たちの仕事で……」

「セレナ、治療の仕事好きすぎ」

「だ、だって……。『ありがとう』ってたくさん言ってもらえるし……」

「だとしても、ちゃんと休むこと。ご飯行くわよ」

「むむむ……」


 セレナは神官の中で一等神官という役職に付いている。

 これは1人前ということを表すことで、治療室における室長であり、役職を見渡す“役職の儀”では水晶を用いて、子どもたちに才能を伝える……いわば、普通の神官である。


 一方のカノンはと言うと彼女は二等神官であり、治療室における一等神官の補佐を行うのが仕事である。つまりは、雑用と言っても良い。


 そんな二等神官の仕事の中には一等神官のタイムマネジメントも含まれる。

 多忙な仕事人である一等神官を支えるのだ。


 よって、昼休みを削って治療をしようとしていたセレナを止めるのもまた……彼女の仕事である。


「昨日はマーク堂のスイーツありがとね。美味しかったわ」

「うん。それは、良かった。今度、新しいスイーツショップを探そ」

「一緒に? 別に良いけど、探せるのは討伐後になるわよ」

「……むぅ」


 セレナは唸った。


 彼女は神官という仕事は好きだが、人知れず行う《厄災》の討伐は好きではない。

 好きではないからこそ神秘を極め、一撃で倒すようになったのだから。


「今日のお昼ごはんは、何?」

「麦粥とじゃがいものスープ」

「味が薄いやつ……」


 苦情を述べながらも、二人は治療室から食堂に向かう。


 食堂と言っても小さなものだ。

 王都の教会ならまだしも、こんな街外れの教会ともなればその大きさなど数人がまとめて利用できるようなものでしかない。


 だからこそ、扉を開けた瞬間に誰が中にいるのかは簡単に分かる。


 押戸を開けて食堂の中に入ったセレナとカノンは、上座に座って麦粥を食べている少女に気がついた。


 彼女はひどく顔をしかめると、不満げに漏らした。


「うへぇ……。普段からこんな美味しくないもの食べてるの? 人の子ってこんなのが好きなの?」


 肌は健康的なまでに小麦色に焼けているのに、髪の毛は夜の月のような白。

 食べ物に文句を付けている姿は、まるで歳相応の子供のように見える。


 少女は顔を上げると、入り口で固まっているセレナとカノンを見て勢いよく立ち上がった。


「やっほー! 久しぶりだね、二人とも!!」

「そ、太陽神ソルニア様!?」


 カノンが目を丸くして驚き、その隣にいたセレナもあまりの大物にぽかんと口を開けたまま固まった。


「そそそ! みんなのアイドル。ソルニアだよー!」

「ちょっ! ソルニア様! なんて格好してるんですか!」

「ん? あ、これのこと?」


 カノンのツッコミも最もだ。

 神々の中で最も位階が高い太陽神ソルニアの着ている服は、まるで夜街の踊り子のように服の面積が少なかった。


 とても神様が着るような服だとは思えなかったが、ソルニアはなんてこともなさそうに答える。


「ほら、あたしって暑いの嫌いだから」

「た、太陽神なのに?」

「それ関係ある?」

「いや、わかんないですけど……」


 カノンはソルニアに問いかけたものの、逆に問い返されて閉口。

 答えられずに黙り込んだ。


「そ、ソルニア様は……どうして、ここに?」


 これ以上、話が逸れないうちにとセレナはソルニアに尋ねた。


 彼女たち神々は通常、天界に座り……人の世界に降りてくることはめったにない。

 また、降りてきたとしても王都の中心にある『大神殿』の中から出てこないのだ。


 ちなみにセレナたち神官は『教会』に属し、その教会は大神殿の下部組織にあたるので……ソルニアは上司の上司の上司よりも偉い上司だ。


「仕事だよ! 先日は《厄災リヴァイアサン》の討伐おつかれ! やっぱり、セレナ

 ちゃんにお願いして正解だったね!」

「あ、ありがとうございます……」


 名前覚えられてる……と、セレナは内心でちょっと複雑な気持ちになった。

  

 神々が人の名前を覚えることはめったにない。

 つまり、覚えられているということはそれなりの理由があるはずなのだ。


「色んな噂を聞いてるよ。一等神官なのに、神秘を極めちゃって『一撃神官』って呼ばれてるんだっけ?」

「……そ、そんな風に呼ばれてるんですか?」


 初めて聞いた呼ばれ方が、あまりに不本意なので思わずセレナは聞き返した。


 だが、ソルニアは飄々ひょうひょうとした態度で受け流すと、


「私はそうやって聞いたけどね。まぁなんでも良いよ。《厄災》を倒してくれたことに感謝を言いにきたの」

「そ、それだけですか……?」

「ううん。まっさかー!」


 ソルニアはけらりと笑う。


「大神官たちから、セレナちゃんの話を聞いてね、ちょっとお願いしたいことがあってさ」

「な、なんですか!? 討伐ですか!!? 嫌ですよ!」

「反応すごいね。まだ何も言ってないのに」


 ソルニアは肩をすくめると、カノンを見た。


「ねぇ、セレナちゃんっていつもこうなの?」

「セレナは討伐だけすごい嫌がるんです」

「ありゃ。一撃で倒せるのに?」

「討伐が嫌だから、すぐに終わるように一撃になったんですよ」

「そんなことある?」


 ソルニアの問いかけに、セレナは首がもげるほど激しく頷いた。


「いやぁ、君たちにお願いしたいのは討伐じゃないよ。出張だね」

「出張?」

「そうだよ。『西の果て』には、まだ教会が立ち入ってない土地がある。そこに行って、教会に属する利点を説いてきて欲しいんだ」

「つまり……宣教師ってことですか?」


 セレナの問いかけに、ソルニアは頷いた。


「そういうこと! 出張から帰ってくればボーナス出るし、討伐にも参加しなくて良い。どうかな? メリットだらけだと思うけど!」


 そう提示されたセレナはノータイムで頷いた。


「やります」

「はや! でも、セレナちゃんならそう言ってくれると思ったよ」


 そんなセレナの脇腹を、カノンはつついた。


「ちょっと。そんなにすぐに決めてもいいの!?」

「だ、だって討伐作戦に参加しなくていいって……」

「それはそうかも……だけど」

「そ、それに、カノンちゃん。ボーナスでるって」

「……うぅん。魅力的なのは分かってるんだってば」


 そんな2人のやり取りを見ながら、ソルニアは微笑むと、


「成功させたら、それぞれ一等昇格だから。よろしくね!」


 結局2人揃って頷いた。

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