11作目:連作短編!メフィストフェレスの善行3話目「ジャンル違い」
「やっぱり、そうだったんですね」
悪魔が語った未来の話を聞き、来客の女性は口をかたく引き結びました。
「覚悟はしていたつもりだったんですけど」
女性は肩を落とし、ため息をつきました。
なんだか、助けてあげたくなってしまいます。
「今日はありがとうございました。あの、また来てもいいですか?」
「もちろん。では、それまでに何か視えたら記録に残しておきましょう」
《
女性が館から出ていき、遠く、見えなくなっていきます。
「これでお手伝い終了、なんてことは無いんですよね?」
《
それが単なる案内役の仕事で済むとは思えません。
「この先があるのでしょう?」
私が言うと、悪魔はにやりと口角を上げ、
「ご名答。《
君には俺の評判を上げてもらう」
ああ、いったいどんな手伝いをさせられるというのでしょう?
外は荒天のようで、落雷の音が館の中までとどろいたのでした。
「俺の未来視は不完全なんだ。足りない部分を
***
「浮気男の実態調査とは。まあ、割と手慣れた仕事ではありますが」
女性客が訪れてから数日が経ちました。
私は今、《未来視の悪魔》の依頼により、人間界のとある街中にいます。
未来視の証拠を確実なものにするため、女性客の交際相手の行動を監視しろというのです。
《疑惑の天使》たる私の能力は「疑う」こと。
この手の、人間で言うところの「探偵業」に近い仕事にはひんぱんに携わってきました。
正直、善行の役には立ちにくい力ですが。
「ところで、わざわざあなたまで来る必要ってありました?」
後ろには《未来視の悪魔》がついてきています。
「尾行ってなんかワクワクするだろ?」
「なんですかそれ」
わざわざ店をしめてまで、私についてきたのです。
変な悪魔だと思います。まあ、まだこの悪魔が《虚偽の天使》である疑惑は晴れていませんけど。
「先日の女性客の交際相手はあの人ですね」
前方には若い男性。そして――
「女性と一緒ですね。あの時の女性客ではありません」
なんということでしょう!
先日の女性客とは違う女性と歩いています。
これは、悪魔が視た通りの光景なのでしょうか。
「距離も近いな」
「確かに、近過ぎます」
本命がいるのに他の相手と付き合うなんて。
まったく、けしからん人間です。
「ところで、君と俺の距離感についてなんだが」
「何のことでしょう?」
人に言えた口か? みたいな顔をされました。
というのも、私たちは見つからないように尾行しているため、密着して物陰にひそんでいる状況です。
いや、これは美味しい……じゃなくて、仕方ないことなのです。不可抗力なのです!
「まあいい。写真くらい撮っておこう」
そう言うと、《未来視の悪魔》は携帯端末を取り出し、カメラを起動します。
「え!? あ、べ、別にかまいませんけど……」
なんでしょう、あなたこそ急に距離を詰めるのやめてもらっていいですか?
でもせっかくなので綺麗に写りたい……!
私はさっそうと身だしなみを整えました。
その間、《未来視の悪魔》は物陰から出ていました。かしゃり、かしゃりとシャッター音が何度か聞こえたので、試し撮りでもしていたのでしょう。
たかだか写メに試し撮りとは。力が入っていますね。
はっ、まさか私との記念撮影に、向こうも準備万端にしたいということでしょうか?
これは脈ありかな!?
「――何してるんだ?」
戻ってくるなり、不思議そうな顔をされました。
「え? なにって、写真を撮るんでしょう」
「いや、既に撮ったんだが……」
そう言って携帯端末の画面を見せてきます。
そこには尾行対象の男性と、連れの女性が並んで歩く姿が映し出されていました。
浮気現場の証拠写真、と言うことらしいです。
「ああ、そういうことですね。いや、分かってましたけど」
はいはい、そうですか。そうでしたか。
盛り上がってたのは私だけってことですか。そうですか。
「なんで
鈍い悪魔です。ラノベ主人公か!
***
尾行対象の男性らは、アパレルショップに入店しました。
彼らに続き私たちも入店。服の陰に隠れながら監視しています。
「綺麗な服がいっぱいですね」
季節ものの服が並んでいます。どれも可愛いです。
「変装に便利そうではあるな」
《未来視の悪魔》にジト目をくれてやります。
それはさておき、尾行対象です。
彼らの会話に耳を澄ましてみるとします。
「これなんか似合うんじゃないか?」
男性は連れている女性に、選んだ服を見せます。
「確かに可愛いけど、もっと落ち着いてる方が似合う気がする」
と、連れの女性の意見。
「言われてみればそうかもな」
男性も納得しました。
男性の選んだ服は、あまりお気に召さなかったようです。
というか、サイズ感が全然合ってない気がします。
横にいる女性は背が低く小柄で、彼女が着るにしては大きすぎるかと。
「観察力が無いんでしょうね、きっと」
浮気者だから、ひとりの女性をちゃんと見てあげることができないのでしょうか?
それで良く女性と付き合えるものですね。
「そう
《未来視の悪魔》は言いつつ、無音モードで写真を撮っています。
「そういうあなたも、浮気現場の証拠を押さえようとしているようにしか見えませんが」
「ふふ、どうだかな」
***
「君がおすすめしたいお店ってここか?」
アパレルショップを後にした彼らが入店したのは、落ち着いた雰囲気のカフェでした。
「ええ。きっと気に入ってくれると思うわ」
相手の女性の方からも、男性に積極的なようです。不倫だ不倫!
まあ、まだお付き合いの段階から目ざとく言うのもどうかと思いますけど。
「ココア、試しといたら?」
小柄な女性はにこりと微笑みます。
「私は、苦手だけどね」
自分が苦手なものを勧めた……?
「ちゃんと覚えてるんだな、人の好物」
しかし男性は嬉しそうです。
彼が甘党だということでしょうか。
そのことを女性が覚えていてくれたようです。
「シャッターチャンスは無さそうだ」
観察は突然、さえぎられました。
「彼らのお茶会が終わるまで、コーヒーでも嗜むとしよう」
私の斜め前方に座る《未来視の悪魔》です。
「せっかくですから、ココアにしては?」
悪魔と話しつつ、店員さんに目くばせをします。
「それは多分、君の担当だ。俺は悪魔だからな」
「ちょっと何言ってるか分かりません」
あくまでも自分は悪魔だと言いたいんでしょうね。
それを言うのならば、こちらはあくまでも《疑惑の天使》ですけれど。
「ご注文を
心理戦の
悪魔はブラックのホットコーヒーを、私はココアを頼んだのです。
「映えるでしょうか? ……悪魔さん、携帯端末を貸してください」
近頃の人間達のように、やたらめったら写真を撮り散らかす趣味はありません。
が、せっかくなので写真に収めておくことにしましょう。
***
その後も私たちは尾行を続けます。
浮気男と相手の女性はアクセサリーショップに入りました。
「ま、まさか……」
見たところ、婚約指輪なども取り揃えているお店のようです。
既に浮気の関係は行きつくところまで行きつき、本命を差しおいて婚約するとでも言うのでしょうか!?
とりあえず、監視は続行です。
「君、楽しんでるだろ」
悪魔は
そのくせ身を乗り出していて、彼らから目を放していません。
「そういうあなたも興味津々じゃないですか!」
「昼ドラが好きなんだよ」
「ドロドロ展開がお好きなのですね。趣味が悪い」
「ブーメラン刺さってるけど、大丈夫か? ほら、ちゃんと見るんだ」
楽しい軽口はそこそこに、昼ドラ観賞の続きもとい、監視に戻ります。
男性は女性と共に、ネックレスを見ています。
「あれは、
ネックレスのシンプルなチェーンに繋がれているのは、黄色くきらめく宝石でした。
「
そう言って、意味ありげに悪魔の方を向きます。
「この間の女性客の誕生日、聞いてましたよね?」
「ああ。最初にいくつか質問した時にな」
あの時は対して気にも留めませんでしたが、《未来視の悪魔》が占いをする際に生年月日を聞いていたことを思い出しました。
その後、男性は
昼ドラを見ているつもりでいましたが、まさかの純愛モノかもしれません。
***
「まさかアフターケアまでしてくれる占い師だったなんて」
《未来視の悪魔》の館にて。
私たちの目の前には、再び件の女性客が座っています。
「それで、話したいことってなんでしょう?」
女性客を呼び出したのは《未来視の悪魔》です。
最初に占った際に、悪魔は彼女とチャットツールのIDを交換していました。
未来視でなにか視えた時、こちらからも連絡ができるように、と。
「実は、あれから色んな事が視えてきたのです」
まずはこれを見て欲しい、と悪魔。
テーブルの上には、写真が並べられています。
「未来視で視えた景色を、現像したものです」
――というのは嘘で、言わずもがな、先日の尾行の際に撮影した写真です。
「愛莉?」
写真を見た女性客は思わず口に出します。
「どうして……」
哀しげな表情を浮かべました。
どうやら、女性客にとっても顔見知りだったようです。
「まあまあ、よく見てください」
「え?」
《未来視の悪魔》は続けます。
「まずはこの写真です」
指さしたのはアパレルショップでの一場面。
男性が、連れの女性……愛莉さんとやらに、あきらかにミスマッチな服を勧めているように見える写真です。
「愛莉にこの服は無いでしょ」
女性客は失笑します。それほどまでに不似合いなのが見て取れるということでしょう。
「ええ。どちらかと言えば、あなたに似合いそうですよ」
「確かに、勧める相手を間違っていますよね」
女性は自嘲するような笑みを浮かべ、言いました。
まだ、私たちが提示する可能性には気付いていないようです。
――少し、落ち着かせてあげましょうか。
「失礼します」
私は、女性の前に湯気立つマグカップを置きます。
「ありがとうございます。あ、ココアだ」
彼女は少しだけ、明るい表情になりました。
「私、ココア好きなんですよ」
彼女はそう言うと、マグカップをそっと手に持ち、ちびちびと口をつけました。
やはり、そうでしたか。
「そう言えば、ここのカフェのココアがすごく美味しかったんですよ」
机上の写真のうち、私が撮影したココアの写真を指さします。
念のため撮っていた、カフェの外観の写真も。
「この間そのカフェ、愛莉からお勧めされました。なんでもココアが評判らしいです。愛莉は苦手だから飲まないって言ってましたけど」
それを聞いて、疑念は確信に変わりました。
愛莉さんは、男性に試飲をするように促したのです。
女性客をカフェに連れていく時のために。
「……少し、落ち着きました」
女性客はリラックスした様子です。良かった。
「では、最後にこの写真を見ていただきたいのですが」
《未来視の悪魔》は、宝石店での写真を見せます。
映っているのはネックレスを見ている男性と愛莉さんです。
「写真では分かりにくいですが、このネックレスはペンダントトップの部分に
悪魔の解説に、女性客は目を見開きました。
「あなたの誕生日はたしか、11月でしたよね」
「はい。その通りです」
「
彼女の表情は、急速に困惑した表情へと変わっていきます。
「愛莉の誕生日は6月。これはさすがに間違えないはず」
頭を抱え、何か悪いことをしたかのような、悲愴な面持ちをしています。
「私の、思い違いだったってこと……?」
やっと気付いてくれましたか。
私たちが彼女へと提示したかったのは、お相手の彼氏が浮気していた可能性とは別のもの。
お相手の彼が、女性客へのサプライズのために、共通の知人に協力を得ていたという可能性です。
《未来視の悪魔》による占いの際、悪魔は「ある男性が女性と歩いている姿が視える」とだけ言いました。
それに対し、交際相手の浮気を疑っていた女性客は、「自分ではない女性と、自分の交際相手が連れだって歩いている光景」と思い込んでいました。
「実際のところ、確約はできません。私は未来を視ただけで、人の内心までは測れません。お相手の方が本当に浮気をしている可能性だって否定できないのです」
女性客は黙々と聞き、しばし瞑目します。
熟考しているようです
しばらくが経ち、口を開きました。
「もう少し待ってみたいと思います」
今月は10月。11月はもうすぐです。
彼女が誕生日を迎えるころには、私も《虚偽の天使》を無事に探し出し、追放をまぬがれていると良いのですが。
***
少し明るい表情になった女性客は、館を後にしました。
彼女を見送って、それから。
「初めから気付いていたんだろ」
ひと仕事終えた《未来視の悪魔》は、コーヒーを片手に語りかけてきます。
確かに、「彼氏が浮気していない」可能性については気付いていました。
「何のことでしょう?」
が、一応バカな天使で通しておきます。
勘が鋭い、頭が回ると思われては、《未来視の悪魔》の油断を誘うことが難しくなるでしょうから。
「疑うことが得意な奴が、あの程度の「コールドリーディング」的な話術を見抜けないはずがない」
「な、何のことでしょう……?」
「嘘をつくのは下手なんだな」
バカな天使のフリはとっくに見抜かれていました。
確かに、気付いていましたとも。
人間は誰しも、都合よく物事を考えます。
女性客は交際相手の浮気を、ハナから疑っていました。
そのため、悪魔の言った「ある男性が女性と歩いている姿が視えた」という言葉に対して、「自分の交際相手が他の女性と浮気していた」と思い込んでしまっていたのです。
赤の他人が聞いたら、全く持って曖昧な占いであるにも関わらず。
「それはともかく! あなた、いいんですか?」
この話の全貌として、
・《未来視の悪魔》が、悩みを持った人間に、未来視の能力で占いをする。
・未来視は不完全なため、行動をもって補填する。
・相手にとって前向きな可能性を提示し、幸せな方向に導く。
といった構図が成り立っています。
「あなたが悪魔であれば、悪行励行で然るべきです。だとすれば、そのまま女性客に浮気を信じ込ませるべきでした。一組のカップルが別れれば、不幸総量が増えるからです」
しかし、他の悪魔から聞いた話によると、《未来視の悪魔》は悪魔のくせに善行を行っているとのこと。うわさはその通りでした。
――他の悪魔から白い目で見られるだけでは済まないはずなのです。
「今回の件、あきらかに善行でしかありません。……あなたは上司にどうやって
私から気を逸らすために一気にまくしたてました。
《未来視の悪魔》は、より一層の余裕そうな笑みを浮かべます。
「今回のどこが善行だって?」
「え?」
「上司にはちゃんと伝えるよ。今回の仕事で沢山の人間を不幸にすることができる、ってな」
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