掌編小説・『麻雀』
夢美瑠瑠
掌編小説・『麻雀』
(これは、去年の「麻雀の日」にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『麻雀』
「第一回”リモートM・1”全国麻雀選手権」が、3か月間にわたってWEB上で開催されて、連日プロ、アマ入り乱れた300人余の選抜選手が激しい戦いを繰り広げたが、凱歌を挙げたのは弱冠17歳の女性選手だった。
この大会はパソコンやスマホのアプリから自由に参加者を募って、厳密に実力において立ち勝っている、つまり勝率の高いものが勝ち残っていくというシステムだった。まず全員が「次に何捨てる?」形式の筆記試験を受け、30問全問正解した約300人が勝ち残り、予選通過する。あとはひたすらリモートの実戦を繰り返して、「浮き」の多い10人が最後に勝ち残る。そうして1週間にわたる10人総当たりの決勝リーグ戦で最も高得点だった一人が優勝する、という手筈である。公平で、苛酷でもあるレースで、おそらくは日本で?もっとも麻雀の実力のあるプレーヤーが優勝するであろうと目され、マスコミの注目度もかなり高かった。
優勝賞金は200万円だった。純金の麻雀牌が副賞で、こちらの方が逸品で、値打ち物という噂だった。
優勝したのは「A・デュナン」というハンドルネームのプレーヤーだった。二位以下を役満3回分ほど引き離したぶっちぎりの勝利だった!これだけ多くの試練を潜り抜けた少人数での頂上決戦でそうした勝ち方をするのはよほどの実力者だろう、という評判がもっぱらだった。その「M・1キング」の実戦での打ち方は冷静沈着、一言で言うとまるで精密機械のように正確無比で、絶対にアタリ牌は振り込まなかった。その打ち口は「あがろうと思えばいつでも上がれるよ」と常に言っているように安定していてケタ外れに強かった。もしかしたら正体は人工知能では?という推理すらあった。「いったいどんな人物だろう?」と衆目の興味が集まったのも当然という事態の推移であった。
件の「A・デュナン」氏は、当初は17歳の女性ということのみ分かっていたが、謎のベールが剥がされ、素顔が明らかになっていくにつれ、その異色の経歴が、一種のセンセーションを呼ぶというような成り行きになった。一言で言うと、あまりにエクセレントな女性なので世間が驚嘆したのだ。
「A・デュナン」は、本名が諏訪呂麻弓という美貌の、エンジェリングが初々しい、一見少女のような若いアドレサンスの女性だった。が、驚いたことに彼女は飛び級で大学院を卒業して博士号を取り、現在は東京大学の数学科教授をしている非常な天才であった。専攻はゲーム理論と確率論、というのだから麻雀に強いというのもなるほどむべなるかな…そうして彼女の肩書はそれにとどまらず、著名なゲーム会社のSEとして何本もの麻雀ゲームや将棋ソフトの設計やプログラミングを担当したりしていた。
加えるには、麻雀雑誌やその他の媒体で匿名のライターとして何本も連載コラムを持っていた。
これまでにマスコミに本名で登場したことはなかったが、すでに業界ではかなりの「有名人」、「実力者」で、17歳にして「創」というさまざまなジャンルのクリエーターが集ったシンクタンクもプロデュース経営もしていた。よくある猪口才な?「女子高生社長」とかをはるかに凌駕する八面六臂ぶり…
まったくマルチで未来的な才能の持ち主。「諏訪呂麻弓」こそは知る人ぞ知る、日本でも屈指の知恵者、ジーニャス、いずれは「LIFE」誌の「世界を代表する100人」にも選ばれようかという、そういう素顔、横顔がこの麻雀大会の優勝で、明らかになってしまったのだ。
「私はあ、あんまりい、表に出るのは好きじゃないんだけどお…」語尾を引っ張るそういうあどけないしゃべり方も少女そのままだったが、そうしたすごい才知の持ち主ゆえ?とみればそう見えなくもなくて、彼女は一夜にしてマスコミの寵児となった。
「ええっとお、」恐るべき知性の持ち主の、一見するとただのJK、の麻弓が首をかしげながらきょう13回目のインタビューに答えていた。
「『一夜明けたら有名になっていた』ってバイロンていう詩人も言ったそうですけどお。私はあんまり人前に出るとかそおゆうのがすきじゃないんでえ、これからも裏方みたいなプロデューサーとかSEとか、そおゆう仕事をやっていきたいんです~もちろん匿名っていうかあ、そおゆう感じでえ…」しかし、あまりに世間の注目を集めてしまったので、社会的な責任を果たすために、一冊だけ本名で「プロフェッサー・マユミの麻雀必勝法」という本を出版します、と短く答えて、それっきりでマスコミの取材は「鉄のカーテン」でシャッタアウトされることになった。美貌のアイドル的な恰好のニュースター現る、と色めき立っていたマスコミもマスコミ大衆も落胆し拍子抜けの態だったが、聡明な女性であればTVや芸能界などというところで商品として消費されることはとんでもない愚行だと認識していて当然ともいえた。
ほどなくして、くだんの書籍は発売され、予想通りすさまじい売れ行きとなった。
麻弓の説く「麻雀必勝法」は、ユニークすぎるほど斬新で、最新の数学理論、ゲーム理論、確率論等々を縦横に駆使していて、小学生でも理解できるのだが、内容は恐ろしく高度だった。
ゲームとしての麻雀の構成は、技術が47%。運、勘が30%。”場”の作用がもたらすプラスアルファが23%。役の知識や反則、罰符などの複雑なルールはバイアスとして認識して基本的な形式の完成率を優先するのが優秀な雀士の発想、と、細かく分析し、それを嚆矢として数学的、確率論的に敷衍した「麻雀必勝法」を200ページにわたって詳述していた。そうして結論として、「こういう法則や理論を応用することで、アガるだけが目的なら私は90%の局でアガれる技術を擁している」と豪語していた。そうして、「安上がりして「流す」ことは禁忌だが、危険牌を切らざるを得ない場合には順位や得点差でケースバイケース」とか、「振り込みを防ぐには川の数字牌のパターン、傾向。そうして字牌の出ている順番の読みが大事…」などなどかなり具体的なアドバイスもふんだんにあった。「時間と空間の函数…すべての事象と同様に麻雀というゲームも本質的にはそこに帰結する。しかし流れや勘、運といった”非・ニュートン的な物理作用”が例外的に大きく介在するのが麻雀という「場」のもつ特徴だ。科学者の私が魅かれるのはそうした麻雀の神秘的とも言える”不合理性”なのである。」そう結んであった。
「読むだけでプロになれる実戦的必勝法」などという書評もたくさん出て、大半はべた褒めという按配だったので、本が売れるとともに”麻雀ブーム”というような一大トレンドが巻き起こった。
「…徹底して麻雀というポピュラーなゲームの構造と魅力を、科学的、確率論的にに細密、稠密に分析したうえで、さらに、それでも掬い取れない不思議な場の作用、局や勝負の流れという要因の絡み合いの深淵さ…そうしたゲームとしての麻雀のユニークな面白さまでもを縦横に語りつくしている…(『麻雀世界』書評より)」。そういう具合に、今年の出版界を代表する大きなエポックと言える素晴らしい本だ、と、「プロフェッサーマユミ…」は各界から絶賛を浴びたのだった。
が、その後にはどんなに慫慂されても麻弓は公の場には姿を現さず、その代わりに、その年の終わりに小さな文芸本が出版された。「諏訪呂麻弓」名義の小説であった。これも彼女流の「社会的責任の果たし方」だったのかもしれない。
緑色の装幀のその本のタイトルは「緑一色」というもので、これはご存じの通り麻雀の役満の役である。要するにこれは麻弓の自伝的小説で、彼女への個人的な興味に対する回答であったろう。非常に文芸的で、数学者という肩書とは思えない、これも出色の出来という評価を得た。
「…麻雀に「緑一色」(リューイーソーと読みます)という役がある。非常に綺麗な役で、人気がある。この役の人気は色彩が美しい、ということから来ている。緑の文字の索子、緑発、そうして無色のパイパンのみで混一色が出来た場合にこれが役満となるのだ…この役を愛する人は多くて、「一度でいいから上がってみたい」というファン?の声もよく聞く。私もこの役が好きだ。しかし私にはこの役の美しさというのは理解しえない。運命的に疎外されている。なぜなら私は例の劣性形質、「赤緑色盲」だから…麻雀を知る前から「緑」色に敏感な私はこの役のことを知っていた。緑色なるがゆえにその美しさを称えられる完成形、というのは緑色の美を知りえない私には却って憧憬の念を齎した。ああもしその役がこの目で感じられたら、目を癒し、平和やエコロジカルな象徴とよくされている、そのエメラルドや翡翠に輝いているといわれる「緑」が、美しく揃い、現前したとしたら…ある手の届かないものの象徴、ほかにも多々あるが、私にはこの「緑一色」という言葉やイメージが自らの運命的な欠陥をシンボライズする秘儀的な呪文のように思われた。…」
引用が長くなるので後は梗概を記すにとどめるが、麻弓は、こういう「欠損」、言い換えるとエントロピカルな乱雑さとそれを回復して、ある完全性を目指す、そうした運動性が麻雀の本質で、そうした営みを…つまり障害を昇華し克服しようとする努力、が、諏訪呂麻弓という自分の生きる力、エネルギーの本質となっているのではないか、それゆえベクトルの類似する麻雀というゲームにこんなにのめりこんだのかもしれない、と分析する。
もちろん現実に「緑一色」の美麗さを自分は決して知りえない。が、そうした美や完全性への強烈な憧憬や希求があったからこそ、若くして自分は成功者となれた。麻雀の”M・1キング”となった。ハングリー精神やハンディキャップ、コンプレックスは生きる上でのアドバンテージかもしれない…
彼女はそう自伝小説を結んでいた。
この赤裸々な告白と、明快な普遍性、肯定的な人生認識を持った小説も、世間の人々の感動と共感を呼び起こした。
そうしてやはり売れに売れて、大いに「洛陽の紙価を高め」、その年の芥川賞、直木賞、色川武大賞、その他あらゆる賞を総なめにしたのだった。
<了>
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