最終章-6【凶助の夢】

マッチョなエルフたちが各々の手に斧を持って森を切り開いていた。森の中のあちらこちらからトントンっと木を切り叩く軽快な音が聞こえて来る。


大木を切り倒すエルフたち、倒された大木から枝を切り落とすエルフたち、丸太と化した大木を運ぶエルフたち、切り株を掘り返すエルフたちと作業を分担して精を出していた。


そのような作業風景の中でエルフの若大将である凶介は薪割り斧を傍らに置いて丸太に腰を下ろしていた。休憩のティータイムだ。


凶介は魔王城前にあるエルフ村の若大将である。要するに、次の村長であるのだ。


このエルフ村では村長を村長とは呼ばずに社長と呼ぶ風習がある。これはエルフ特有の風習であるらしい。


この世界ではエルフ族の族長は、何処でも社長と呼ばれるのだ。本当か嘘かは分からんけれどね。


まあ、とにかく、だから凶介は次期社長なのだ。


それは、幼いころから期待されていた運命である。


そのために伝統に基づきリーゼントで頭を決めて、特効服に身を包んでいるのだ。


これがエルフの社長を引き継ぐための修行風景の姿だった。


そのことに凶介は疑問すら感じずに過ごしている。


自分の将来はエルフの社長だ。故に皆を束ねてエルフ族を引っ張って行くのだと思っていた。


だが、最近アスランと知り合ってからは、それに疑問を抱き初めていた。


自分は親の後を継いで社長に収まってて良いのか?


親の七光りに甘えてて良いのだろうか?


俺はこのままで良いのだろうか?


そう、疑問に抱き始めた。


自分には別の夢が有った。


子供のころには社長になる以外の夢があったはずだ。


それをアスランと出会ってから思い出していたのだ。


アスランのように自由に生きたい。


自由なままに歩いてみたい。


自分オリジナルの夢を追ってみたい。


俺は俺の道を進んで見たいと考えていた。


「はぁ~……」


おもむろに凶介が深い溜め息を吐いた。すると凶介の背後から声が掛けられる。


「おう、休憩中か」


知った馴染み深い渋声だった。


丸太に座ったままの凶介が首だけで振り返ると、背後にはスーツ姿で首からマフラーを下げた社長が立っていた。父である。


その出で立ちは、まるで893。気質には伺えない。


「なんだ、親父かよ。珍しいな、親父が現場に顔を出すなんてよ……」


「どうした、息子。なんだか暗いな?」


エルフの社長もコーヒーカップを片手に丸太に腰かけた。親子が二人で並んで休憩を取る。


金髪で禿げ上がった頭部に、堀の深い眼光は少し垂れ目、だが眉毛は凛々しく吊り上がっている。そして、二つに割れた顎には口髭を蓄えていた。


社長は高価なスーツ姿だが、その下には剛力な筋肉を隠している。いや、筋肉の太さと盛り上がりが、それを隠し切れていない。


身長も2メートルは有るだろう。スーツ姿だがビジネスマンには見えなかった。明らかに顔付きはマフィアかギャングのボスだ。2メートルの体型を含めれば、ベテランプロレスラーにも窺える。


社長はコーヒーを啜った後に息子に話しかける。


「どうした、息子。溜め息なんて吐いて?」


「いやな、ちょっと悩んでるんだ……」


「何をだ?」


「俺、このまま親父の後を当たり前のように継いでいいのかなってさ……」


「いいに決まってるだろ」


「でも、俺は親父のように立端も高くねえし、身体だって細い。なんて言うか、社長としての威厳が無いんだよな……」


それが自分を自覚する凶介の感想だった。


凶介の身長は170センチ。体型もマッチョでは無い。だいぶ痩せている。


社長は空を見上げながら言った。


「俺だって最初っからマッチョじゃあねえし、のっぽでもなかったんだぜ」


「マジか?」


「俺の身長が伸び始めたのは10歳ぐらいからだ。それまでは痩せでチビだったんだぜ」


「じゃあ、15歳で身長は何センチ有ったんだ?」


「190センチは越えていた」


「ぜって~~に、あんたには俺の気持ちが理解出来ないわぁ……」


凶助が溜め息混じりで述べた。それに対して社長は首を傾げる。


「そうかな~?」


「そうだよ……」


再び凶助が溜め息を溢す。


「それで、お前が俺の後を継がないのなら、お前は何になるつもりだ?」


今度は凶介が空を見上げながら話し出した。


「なあ、親父。子供のころに一緒にゴモラタウンに行ったのを覚えているかい?」


「ああ、確か商売の交渉でお前を初めてゴモラタウンに連れて行った時の話だな」


「ああ、その時に食べた鳥の串焼きがスゲ~旨くってさ」


「俺が酒の摘まみで買った焼き鳥をお前が全部食っちまったっけ。懐かしい思い出だな」


凶介が足元の小石を拾うと前に放り投げる。投げられた小石が木にぶつかると跳ね返って転がった。


「あの時の焼き鳥の味が今でも忘れられないんだ」


「そうか」


「だから俺のもう一つの夢が、焼き鳥屋だったんだ」


「まさかお前、焼き鳥屋を始めたいとか言い出すんじゃあねえだろうな!!」


社長の声が大きくなっていた。そこから反対の思いが伝わって来る。


「ダメかい、焼き鳥屋?」


「ダメだダメだダメだ、焼き鳥屋なんて絶対にダメだ!!」


「なんでだよ、親父!?」


「同じ夢を見るならアイドルとか歌手とか役者とか芸能人とか、もっともっとドリーミーな職業がいくらでもあるだろう。なんでここで焼き鳥屋かな~!?」


「ちょっと全国の焼き鳥屋に失礼じゃないか、親父?」


「とにかく、お父さんは焼き鳥屋なんて絶対に反対だからな。どうせならアイドルになれよ、リーゼントのアイドルなんて隙間産業的にプチヒットぐらいするんじゃあないの、芸能界に傷痕ぐらい残せるんじゃあねえの!?」


「俺、業界に傷痕を残したいわけじゃあないからさ……」


「でも業界に潜り込めれば、いろんな芸能人に会えるぞ。もしかしたら女子アナとも結婚出来るかも知れんぞ!」


「お前は煩悩の塊だな、親父……」


その時であった、空気が歪んで唸りだす。ゴゴゴゴゴゴォゴォゴォォっと大気が揺れていた。その唸りは空気を揺らし、木々を揺らして、大地も揺らしていた。


「な、何事だ!?」


「地震か!!」


初めて耳にする振動だった。周囲で作業をしていたマッチョエルフたちも辺りを見回しながら戸惑っている。


凶介が空を指差しながら叫んだ。


「親父、なんだアレは!?」


社長も空を見上げると手に持っていたコーヒーカップを足元に落とした。


呟く。


「浮き島……」


「島が、飛んでやがる……」


マッチョエルフたちが見上げる森の上空には、巨大で長細い岩の島が浮遊しながら進んでいた。それはまるで岩の船のように見えた。


全長100メートルはあるだろう。下から見上げる風景は、まさに船底を見上げているような光景だったのだ。


社長がボソリと述べる。


「まさか、天空要塞ヴァルハラなのか……。ヴァルハラが魔王城に攻めて来たのか……」


500年前の魔王戦線では、ヴァルハラは人間サイドの兵器であった。人間の魔道士が操り魔王城攻略に使われたと語られている。だが、その最後は、魔王城に墜落して、この森の周囲にクレーター山脈を作った元凶であった。


そう、あの浮き島は兵器である。


空飛ぶ浮き島は、真っ直ぐ魔王城の方角にすすんで行った。


「何が起きてるんだ……」


「とにかく、アスラン殿に報告だ!」


二人は魔王城に向かって走り出した。


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