19-12【呪いの上書き】

「マリア様、ジタバタしないで断食ルームに戻りましょう。今なら他の幹部に見つからずに戻れるかも知れませんし……」


「嫌よ嫌よ、私は正門前の露店で新発売の肉マンを食べまくるのよ!!」


肉付きの良いクララが脇の下にマリアの頭を挟み込んで一気に締め上げた。ヘッドロックである。マリアの顔が腕力に潰れて歪んだ。


「マリア様、あんまり駄々ばっかりごねていると、その飢えで混乱した脳味噌ごと捻り潰しますよ」


「うごごごごご……」


容赦ねえな……。


飢えで糞ババア化しているとは言え、神殿の長である人を、容赦無く捻り潰すとか言っちゃうんだもの……。クララがデブくて怖いわ……。


「さあ、帰りましょうね、マリア様!」


「ぎぃぁあああ、帰るのはいいけどカナディアンバックブリーカー風に持ち上げるのはやめてぇ~~。背骨が折れちゃう~!!」


クララは神官長をカナディアンバックブリーカー気味に持ち上げたまま神殿に入って行く。凄いパワーだっま。


「なあ、クララ。俺はそのオバサンに呪いについて話したいんだが……」


「オバサンですって!?」


振り返ったクララが凄い形相で俺を睨み付けた。


「アスラン。 神官長をオバサン呼ばわりするなんて、とても失礼ですよ!!」


「俺が無礼なのは産まれつきだが、その神官長をバックブリーカー気味に連れ帰ろうとしている人物が言える台詞じゃあないと思うのだが……」


「じゃあ、話がしたいならついてきなさいよ。神官長を断食ルームにぶち込んだら話すといいわ」


「えっ、マジ。話すのは許可してくれるんだ」


「そこまで神官長を束縛する義務は私にはございませんわ」


「そうなんだ……」


俺はカナディアンバックブリーカーからアルゼンチンバックブリーカーにチェンジして神官長を運ぶクララの後ろに続いて神官内を進んだ。すると、すれ違うモブ神官たちがコソコソと話す言葉が耳に届く。


「あらあら、また神官長が逃げ出したのね……」


「だって月に一回の断食期間って残酷ですものね……」


「あれだから皆さん神官長になりたがらないのよ……」


「今回の神官長も生け贄よ、生け贄……」


なるほどね……。神官長になるのは、ババを引いたって感じなのか……。ババァがババを引くって傑作だぜ。


それにしても宗教団体って怖いわ……。


クララは殺風景な部屋に到着すると神官長を椅子に鎖で縛り付けた。身体を太い鎖でグルグル巻きにしてから大きな錠前で施錠して、手足も腕輪や足輪で拘束したのだ。その光景は完全に監禁である。


「これは、やり過ぎじゃないか、クララ?」


施錠が終わったクララが手を叩きながら言う。


「いいえ、これでも甘いわよ。この人は監視していないと、このぐらいの拘束ならば三時間もすれば全部外してしまうんですもの」


「ええ~……。そんなに器用なの、このオバサン……」


「何せ神殿に入る前は冒険者だったらしいから」


「ベテラン冒険者ってスゲーな~」


「それで、神官長に呪いについて話したいんじゃなかったの。私が見張りをしている間に済ませてくれないかしら」


「ああ、分かったよ、クララ」


俺は神官長マリアの前に立つと質問を始めた。


「なあ、あんた。呪いは解けるか?」


「あんたとは何よ。私は神官長のマリア様だよ。マリア様って呼びなさい!!」


「そんなにイライラするなよマリア様……」


「私は断食四日目よ。イライラだってしちゃうわよ!!」


俺は異次元宝物庫からケルベロスの焼き肉を取り出すとマリアの前に差し出した。


「なら、ケルベロスの焼き肉だが、食べるかい?」


「本当、わぁ~~い、お肉だ~~」


だが、俺の手から焼き肉が盛り付けられた皿をクララが奪い取る。


「駄目ですよ。マリア様は断食中なのですから、焼き肉なんて食べさせられません!」


そう怒鳴ってからクララは皿の上の焼き肉をモグモグと食べ始める。


「お前が食うなよ……」


「なに、この焼き肉、あんまり美味しくないわね」


しかも贅沢!?


鎖に縛られたマリアがガシャガシャと暴れながら吠えた。


「この糞デブ、断食期間が終わったら貴様から食らってやるからな!!」


この神官長は亡者か何かか……。


「まあまあ、落ち着けよ、マリア様。魔王城街が出来たら、そこに神殿を建てるんだろ。ならば今度は断食なんて無い神殿で神官長をゆっくりやればいいじゃんか」


「そのつもりよ。その時は、この子を次の神官長に推薦してやるんだから!!」


「嫌です。私は新しい魔王城街の神官になるんですから」


「そんなことより、マリア様よ。俺に掛けられた呪いを解いてくれないか?」


「呪いを?」


「キュアカースぐらい神官長なんだから使えるんだろ?」


マリアは俺の顔を凝視しながら言った。


「あなた、呪われているの?」


「ああ、だから解いてくれ」


「あなた、呪われてなんていないわよ。何を言ってるの?」


「はあ?」


「むしろあなたは女神様に祝福されているわよ」


「祝福だって?」


「そうよ。あなた、何か心当たりあるでしょう。例えば転生して来てチート能力を授かったとか?」


「具体的に言い当てるな、オバサン……」


「冒険者をやっていると、たまに出会うのよね。チート能力持ちの転生者とかに」


「そうなんだ……」


確かに俺も何人かの異世界転生者に出合っているな。最近だと盗賊ギルドの若頭も異世界転生者だったもの。


「あなたが呪いって言ってるのは、ペナルティーよ」


ああ~……。糞女神もペナルティーとか言ってたような……。でも、俺が認めなかったんだわ。


「たぶんあなたは何らかのチート能力を授かったはず、そのチート能力を強化するためにペナルティーを受けたはずよ」


「チート能力の強化?」


「何かを下げた分だけ、別の能力を上げているのよ」


「って、ことは、この呪いを解くと俺のチート能力は激弱になるのか?」


「だから、呪いじゃあないわよ。でも、言いたいことは当たってるわよ」


なるほどね。俺のチート能力はハクスラスキルだ。ハクスラスキルを強化するために、俺はエロイ事を禁止されていたのか。知らんかった。


ならば、呪いを解けば俺のハクスラスキルは弱くなってまうのか?


マジックアイテムをガンガン見つけられなくなるのは問題無いが、身体能力が落ちるのは嫌だな。戦闘能力が素から弱くなってしまうじゃあないか……。


マリアが俺の考え込む表情を覗き込むように見ながら言った。


「あなた、悩んでいるわね。ペナルティーが解けたらチート能力が弱まることに」


「うん……」


俺は素直に頷いた。すると怪しくマリアが言った。聖なる神官長とは思えないほどの如何わしい表情である。


「私に名案があるんだけど、聞いてみる?」


「なんだ?」


「チート能力を弱めずに、ペナルティーだけを上書きするのよ」


「そんなことが出来るのか?」


「正確に言えば、ペナルティーの上に別の条件を被せるのよ。それでペナルティーを覆い隠すの」


「難しいことは分からんが、話だけでも聞かせてくれないか」


「簡単よ。女神の力を封じるならば、悪魔の力を使えばいいのよ」


「悪魔……」


一瞬だが、少女Aの顔とロード・オブ・ザ・ピットの姿が頭に浮かんだ。


神官長マリアがオドロオドロしく述べる。


「任せて、私の指示通りに冒険したのなら、ペナルティーを上書き出来るから」


「ほ、本当か……」


「このハイプリーステスのマリア様を信じなさい。何せ、アルカナ二十二札の一人なんですから」


アルカナ二十二札?


なにそれ?



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