18-9【捨て駒】
俺は咄嗟の刹那に思考を巡らせた。その思考の瞬間は0.001秒。
うそ……。
俺、刺されてる?
うん、刺されてるよね……。
後ろからズブリってさ、ダガーで刺されてますよね。
なんで!?
誰だよ、刺したの!?
ええっ!?
ミーちゃんが刺したの!?
チラッとミーちゃんの表情を伺って見れば、めっちゃ悪い顔をしてるじゃんか。してやったりって顔だよ!!
てか、天秤ってなんだよ!?
ミーちゃんだよね!!
えっ、ミーちゃんが敵なの!?
ミーちゃんが天秤って名前なの!?
でも、分かってることは、俺を背後から刺したのはミーちゃんってことだよね!!
敵だ!!!
そうか、ミーちゃんは敵なのか……。
「ふぬっ!!」
俺は腰の鞘から黄金剣を引き抜くとバックスピンでミーちゃんの首を狙った。しかしミーちゃんは頭を屈めながら滑るように後退して俺の一振りを回避した。
躱された?
ミーちゃんが俺の一打を躱せるのか!?
でも、躱した。
躱せるぐらい、腕が立つのかよ。
確かに今の動きは訓練されている回避術だった。不動産屋の一般人が見せる動きじゃないぞ。
そして、ミーちゃんの手には俺の背中を刺したダガーが握られている。
って、ことは……。
はーー、ひーーー!!!
傷口を塞いでいた蓋が取られたよ!!
血が噴水のように飛び出てるじゃんか!!!
ヤバイやばいヤバイ!!!
真っ黒な血だ!!!
って、ことは!!!
傷が内臓まで達っしてるってことだよ!!
これ、死ぬパターンの負傷だわ!!
不味い、血を止めないと!!
そうだ、ヒールだ!!
ここは異世界、魔法の国だ!!
世にも便利な回復系魔法が有るので有る!!
「ヒール!!」
俺は背中の傷口に手を当てて魔法を唱えた。だが、血が止まらない。傷が塞がった様子が見られない。
「なんで!!??」
俺が青ざめながら驚いていると、刺したダガーをにやけた顔の前でフリフリしながらミーちゃんが言った。
「アスラン君、ヒールは無駄よ。このダガーはマジックアイテムでね。このダガーで受けた傷は魔力で回復しないのよ~♡」
「ええっ、うそ、マジ!?」
「本当よ~ん♡」
意地悪なマジックアイテムだな。スゲー厄介だぞ。
ああっ……。
膝が崩れた……。
目眩がして片膝をついてしまう。出血が激し過ぎるんだ……。身体に力が入らない……。
俺の様子を見ていたクラウドがミーちゃんに声を飛ばす。
「天秤さん、なぜ!?」
あー、それ、俺も訊きたいわ。なんでミーちゃんが俺を刺すんだよ?
ミーちゃんはドヤ顔で答える。
「私もね、アマデウス様からアスラン君の暗殺を命じられていてね~♡」
更に俺たちの戦いを黙って見ていた角刈りポニーテールも言った。
「俺もだぜ。もしもクラウドがアスラン殺しに失敗したら、俺が手を下せってな。まあ、天秤が手柄を持って行きそうだけれどよ」
糞っ……。
マジやべぇ……。
そうだ、ガルガンチュワの巣穴でゲットしたスーパーヒーリングルビーを使うか──。
これならこの窮地を打開できるかも知れない。でも、二つしかない取って置きなんだよな。
てか、もしかして魔力を受け付けないとか言ってたから、スーパーヒーリングルビーを使っても効かないとかあり得るぞ。
効かなかったらどうしよう……。
いや、今はそんなことを考えている余裕は無いぞ。
段々と意識が薄らいできやがった。このまま傷を放置してたら出血多量で気を失ってまうわ。ここは勿体ぶってる場合じゃあないぜ。
俺は異次元宝物庫からスーパーヒーリングルビーを取り出した。
すぐさま口に運ぶ。
だが、俺がルビーを咥えようとした瞬間であった。ミーちゃんが鞭で俺の手を打ったのだ。
しなった鞭がバチンっと鳴ると、俺の手からスーパーヒーリングルビーが落ちて転がった。
「うそ~ん、マジで……」
更に二打三打と鞭が床を叩いてルビーを弾く。すると転がったルビーが5メートルほど先に飛んで行った。
「やべぇ……」
俺は立ち上がってルビーを追おうとしたが腰に力が入らない。追うどころか曲がった膝を伸ばして立ち上がることも出来ないのだ。
これは、マジで不味いぞ……。
「ヒルダ、プロ子……」
俺がメイドたちに助けを求めると異次元宝物庫からヒルダとプロ子が姿を表す。
すると即座に二人が動いた。
『ヒルダちゃん、アスラン様を!!』
『はい、プロ子御姉様!!』
プロ子がバトルアックスを振りかぶりながらミーちゃんに飛び掛かるとヒルダが俺の側に掛け寄って来た。
『アスラン様、大丈夫ですか!』
「だ、大丈夫じゃあねえ……。それより、ルビーを取ってくれ……」
『はいっ!』
返事をしてからヒルダがルビーに駆け寄ったが、そのヒルダに飛ばされたプロ子が激突した。
更にルビーが転がりクラウドの足元に飛んで行った。
鞭を持ったミーちゃんとロングソードを抜いた角刈りポニーテールが並んで近寄って来る。
「そっちにも助っ人が居るなら、このアキレウスも出番で文句なかろうて」
ミーちゃんがアキレウスに言う。
「アキレウスさん。あなたにメイドたちはあげますわん。だからアスラン君は私にくださいな♡」
「女は切りたくないが、これは仕事だ。しゃあないか」
ヤバイ、角刈りポニーテール野郎まで動きだしたぞ……。
今は昼間だ。たからヒルダもプロ子も本気を出せないはずだ。むしろこんな日差しの下に出して悪いことをしている。
「こりゃあ、マジで不味いわ……」
俺が観念して両膝を地面につけると異次元宝物庫からゾロゾロとメイドたちが出て来てミーちゃんとアキレウスに飛び掛かって行った。
だが、飛び掛かった順にメイドたちはアキレウスに斬られて散って行く。量産型のミイラメイドでは歯が立たない。
そんな中で一人のメイドが振り返り叫ぶ。
『プロ子御姉様、ヒルダ御姉様、この隙にアスラン様を連れて逃げてくださいませ!!』
うわ、健気!!
こんな俺に忠義を決め込むなんて可愛過ぎだぞ!!
『アスラン様、立てますか?』
ヒルダが俺の傷口を手で押さえながら肩を貸す。
俺はヒルダに寄り掛かりながら立ち上がった。
しかし、足が重たい。まるで鉛の鉄下駄でも穿いているようだ。
んん?
鉛なら鉄下駄じゃあないか?
まあ、いいや……。
「畜生……。歩けねぇ……」
『失礼します』
歩けない俺をヒルダが気遣う。するとヒルダが俺の身体をお姫様だっこで抱き抱えた。
『走ります!』
「あんまり揺らさないでね……」
俺が言った刹那だった。ヒルダの足元にメイドの腕が飛んで来る。
あの角刈りポニーテール野郎、マジで量産型メイドたちを刻んでやがるのか!?
俺を抱えたヒルダが踵を返すが隣に立つプロ子はバトルアックスを構えて動かない。
『ヒルダちゃん、アスラン様をよろしくね……』
『はい、プロ子御姉様……』
ちょっと、マジか!?
プロ子まで捨て駒に!?
冷めた眼差しのヒルダが走り出した。だが、その瞬間にヒルダが転倒する。
前に投げ出された俺がヒルダのほうを見てみれば、ヒルダの身体が胴体から真っ二つに切断されていた。上半身と下半身が切り離されている。プロ子の奴も既に倒れて動かない。
倒れるヒルダとプロ子の向こうにミーちゃんとアキレウスがゆっくりと歩んで来る姿が見えた。
「逃がさないよ~、アスランく~ん♡」
「思ったよりも弱いな、このメイドたち」
強い……。この二人は強いのか……。
やべぇ……。マジで目が霞んで来たぞ。殺される前に意識が途切れそうだわ……。
霞んだ視界がコマ送りで進んで行く……。
並んで歩いて来るミーちゃんとアキレウス。
そのアキレウスの頬に踵がめり込んだぞ?
踵??
飛び蹴りだ。
その蹴りで蹴られたアキレウスに巻き込まれてミーちゃんまで飛んで行ったわ。
誰だ?
誰が飛び蹴りなんて?
あれ?
後ろ姿に見覚えがあるぞ。
白衣──。
黒髪のロン毛──。
赤いハイヒール──。
その女性が振り返った。その顔には髑髏の仮面が嵌められている。
ああ、スカル姉さんか……。
そこで俺の意識が途切れた。気を失う。
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