13-6【魔王城への入り口の村】

社長エルフが白いスカーフとネクタイを外すと、後ろに控えていた若い衆の一人が恐縮しながら受け取りに出て来る。


社長エルフは上着も脱いで、その若い衆にあずけた。


「持ってろ」


「へいッ!」


上着を脱いだ社長エルフは逆三角形のマッチョマンだ。


胸板は厚く、首も腕も太股も太い。


腰だけが引き締まり括れている。


ギルガメッシュにも劣らない筋肉質であった。


しかも身長ならばギルガメッシュより大きい。


疑問……。


これがエルフと言えるのであろうか?


破極道山にアンドレアもそうだし、社長エルフの背後に控えている長身の若いエルフたちもそうだが、このエルフの村にはエルフや人間の枠を遥かに勝る化け物が多いようだ。


そして、社長エルフが袖を捲りながら息子に言った。


「まあ、見ていろ、凶介」


「ぅ…………」


「父の強さを、父の偉大さを!!」


社長のファイティングポーズはボクシングスタイル。


素手だ。


もう完全に俺と、やり合う気でいますよ。


大人気ないな、もー。


でも、なんだ、この構え?


爪先で軽いステップを刻んでいる。


大柄なのに身軽そうだ。


体は横向きで、左肩が前だ。


そして、前の左腕が腰の高さで肘を曲げて拳を緩く握っている。


奥の右腕は顔の高さまで肘が上げられて、開いた掌がゆったりと泳ぐように顔の脇に添えられていた。


サイドワインダー?


いや、ちょっと違うな……。


ブルー・◯ー?


否。


ケン●ロウ?


この長身、この巨体でカンフーなのか?


いや、マーシャルアーツか?


ジークンドー?


構えを築き、爪先でステップを刻む社長が微笑みながら俺に言った。


「新魔王候補よ、その夢ごと私の聖なる光拳で打ち砕いてやるぞ!!」


「うわー、やっぱり勘違いしまくってるよ。誰も魔王になろうとは思っちゃあねーーよ」


「憚るな、我を!!」


「もー……、憚ってねぇってばさ……」


このハゲ親父は、完全に誤解してやがる。


てか、なんかこの社長エルフは、厨二臭い妄想癖がありそうだぞ。


「ふぅ~~……」


息を吐きながら社長エルフがゆっくりと前進して来た。


「ふっ!」


そして、ユルユルと流れるような歩行で一気に俺との間合いを詰める。


接近を許してしまう俺。


速くないが、反応できなかった。


本能の隙を突かれたような歩行であった。


自然な動きでベストポジションを取られている。


そこからの──。


「えっ!!」


フリッカージャブ!?


社長の前にある左腕が鞭のようにしなるとスナップの効いた裏拳が俺の顔面を叩いた。


舜打だ。


パチーーンっと音が鳴る。


打たれた!?


長くて速い!!


俺の視界に火花が飛んだ。


鼻血が舞う。


「くっはぁっ!!」


「ひゅーー!!」


続いてゴンっと俺の頭に衝撃が響く。


今度は蹴られた。


上段風車蹴り。


少し可笑しな上段蹴りだった。


その蹴り技で俺の首が吹っ飛んで行きそうなぐらい右にしなった。


その破壊力を腰で支える。


我慢だ!


「耐えたか、ならば!!」


今度は連打だ。


一瞬の瞬きの間に多彩な拳打が打ち込まれた。


正拳、手刀、平拳、掌打、肘鉄、裏拳、腕刀、槌拳、抜き手、一本拳。


様々な拳技で上半身を連続で打たれた。


水月、人中、喉仏、月影、嵐門、急雨、稲妻、電光、紫宮、妙見。


本当に様々な急所を正確に叩かれたぞ。


どれもこれも金槌のような針の痛みだった。


刺さるようで重いのだ。


俺の前進に苦痛の信号が駆け巡る。


それが声となって口から漏れた。


「ぐぅっはぁ!!」


上半身を両手で庇いながら俺はよろめくように下がった。


その足を社長の水面蹴りが素早く狙う。


「逃がさん!」


「うひょっ!!」


体勢を低くして地面ギリギリを滑って来る太い廻し蹴りが、俺の両足を同時に力強く払った。


瞬間、俺の体が空中で横になっていた。


浮いてる!?


舞ってる!?


「更にっ!!」


腕っ!?


否、肘か!?


追撃だ!?


空中で頭を殴られた!!


「アックスボンバー!!」


「ふごっ!!」


ラリアットのような横降りのエルボーを食らって頭が混濁して揺れた。


それが視界に風と変わって混ざる。


「ぐぅがぁぁああーーー!!」


俺は猛スピードで飛んでいた。


回っている。


俺は円盤のようにクルクルと回転しながら飛んでいた。


そして広場の隅の木に、横向きで激突して止まる。


「ぐふん……」


俺は地面にドサリと落ちた。


その隣には破極道山がまだ気絶して倒れている。


「い、痛いわぁ~……


多彩な拳で打たれた上半身のあちらこちらが悲鳴の信号を上げていた。


全身がズキズキと痛む。


アックスボンバーも痛かったぞ。


首が折れるかと思ったぜ。


それに、木に激突した脇腹がめっちゃ痛いぞ。


背骨が軋んじゃってるわ。


それでも俺は立ち上がった。


「痛てぇ~……」


痛いが、まだ行ける。


手数は多かったがミケランジェロのローキック一発分のダメージも無いぞ。


俺が打たれ強くなっているからだろう。


に、してもだ──。


こいつは何者だ?


カンフーなのか空手なのか?


それともジークンドーかプロレスか?


どちらにしろ、ここは西洋ファンタジーの異世界だろ、なんで拳法があるんだよ!


可笑しくね?


そもそもこの村に来てから可笑しなことが多すぎる。


外見に単語、名前も可笑しい。


ヤンキーに相撲取り。


凶子、凶介、社長。


特攻隊に風林火山。


まだまだあるぞ。


ここって日本か?


なんで単語が日本語なんだよ?


エルフなのに日本人か?


絶対に可笑しいぞ。


ギャグで収めきれない。


明らかな異常である。


「ほほう、まだ立てるか。流石は新魔王を語る不届き者だな」


「魔王じぁあねえよ……」


大股を開いて腰を落とした社長エルフが胸の前でパチンと音を鳴らして両手を合わせた。


まるで拝み倒す僧侶のような構えである。


「拳脚を合わせて十三打。どれもこれもクリーンヒットだ。それに私の必殺技のアックスボンバーまで食らっている。普通は立てんぞ」


俺は手足をブラブラと振りながら答えた。


「あんたらエルフと鍛え方が違うんでな」


「ふっ、違うか──」


社長エルフは鼻を親指で擦ってから言う。


「我々とて普通のエルフとは異なる」


そりゃあそうだろ……。


完全にお前らは頭のネジが緩んでやがるもの。


それに遺伝子組み換えしてるだろ。


俺は休憩がてら訊いてみた。


「なあ、俺から見ても、あんたらはエルフとして異常だ。何故にそんなに異常なんだ?」


「わけがあると思うか?」


「あるんだろ~?」


「くっくっくっ、聞きたいか?」


「ああ、聞きたい」


乗って来たか、社長エルフ?


チョロいな。


「では、語ろう。我々入り口を守るエルフの秘話を、ここで語ろうじゃあないか!」


軽っ!!


口が軽いよ!!


乗って来たよ!!


私でも連れたわって感じだわ!!


てか、どうせ語りたかったんだろ!!


いいよ、聞いてやるよ!!


全部聞いてやるよ!!


さー、語れ、ほれ語れ!!


「我々入り口を守るエルフは五百年前の対戦で、人間の勇者と共に戦った一族である」


だろうな。


それは予想できますよ。


でも、それとこのヘンテコな風習とは別の話だよね。


「そして我々と人間、それにドワーフとの連合は、一年間の戦争の上で勝利したのだ。そしてこの戦いは、後々一年戦争と呼ばれて語り続けられることとなる」


なんか聞いたことあるような戦争名だな……。


宇宙歴か?


「魔王は強かった。最後に魔王城に魔法のバリアーを張ったうえで、天空の城アヴァロンまで落として魔王城を防衛しようとした。その時にできたのが、このクレーター山脈だ」


えっ、なに!?


このクレーターの山って、コロニー落としでできたの!?


いや、アヴァロン落としか。


「しかし魔王は、自分の城の周りにメティオスストライクとして天空の城アヴァロンを落としたにも関わらず、我々勇者軍に押され続けたのだ」


社長は戦闘を忘れて長々と話していた。


すると凶子が俺に近付いて来て耳打ちする。


「パパンの昔話は長いから覚悟してね」


「お、おう………」


「ところであなた、名前は?」


周りを見ていない社長エルフは語り続ける。


「そして、我々勇者軍が魔王城の正門を打ち破り、場内に突入したのだ!」


俺は社長エルフの語りを無視して凶子に名乗る。


「俺はソロ冒険者のアスランだ」


そんな俺らを眼中に入れずに社長エルフは語り続けていた。


「城の中にもまだまだ魔王軍の兵力は沢山いた!!」


凶子も父を無視して俺に名乗り返す。


「私は凶子よ、よ・ろ・し・く・ね、てへぺろ♡」


「トロール、オーガ、サイクロプス、タイタン!!」


「なんであなた、この村に来たの?」


「リッチにデーモンまで魔王軍の軍勢に居たのだ!!」


「いやね、魔王城の権利を買って、その周辺に人間の町を作ろうと思ったんだ」


「それは魔王軍の四将だったのだ!!」


「なんでこんな田舎に町なんか作ろうと思ったのさ。人なんか来ないよ? だって辺鄙だもん」


「その時に我々エルフの兵は四将の一人、タイタンのタイタロスと激戦を繰り広げたのである!!」


「いやね、転送絨毯って言うテレポートアイテムを持ってるから、手軽に人でも物でも輸送できるんだよ」


「私は一人で副将のサイクロプスと戦った!!」


「へぇ~、それは便利だね~」


「だが、もう少しのところで力及ばず敗北してしまう……」


「テレポーターでソドムタウンと繋ぐ予定でね。そうしたら観光地として魔王城を見に来る人だって、わんさか来るさ」


「その時である! 私は今の母さんに助けられたのだ!!」


「ええー、じゃあ私もソドムタウンやゴモラタウンに遊びに行けるの!?」


「後に母さんは私の連れ子まで、全てを受け入れてくれたのだ。そして私の一族も!!」


「ああ、もちろんだよ。こっちからも好きなだけ向こうに行けるからな」


「そして、私と母さんでタイタロスを撃破できたのだ!!」


「わぉー、すごーい、マジでー!!」


「そして、勇者様が魔王を討伐して戦争は終わったのだ!」


「それじゃあさ、エルフたちも町作りに協力してくれないか?」


「戦後には生き残った魔物たちは逃げ去り、この地に平和が訪れたのである」


「うんうん、協力するする、あたいも町作りするよ!」


「そして我が社のエルフたちは、ここに寝ずいたのである」


「よし、じゃあ話は纏まったな!」


「交渉成立ね!」


「おいおい、お前らは私の話を聞いていたのか……?」


「パパン、新しい事業を始めるわよ!!」


「えっ、ええっ……?」


戸惑う社長エルフが娘エルフに腹を叩かれる。


ビクともしないけれどね。


「ほら、お父さん、服をちゃんと着てよ。今晩は宴なんだからね!!」


「宴……?」


「この町は、魔王城の入り口のから、新魔王城の入り口のに生まれ変わる時が来たってことよ!!」


「えっ、凶子、何を言ってるのだ……」


「アスランが、この町をオシャレな都会にしてくれるのよ。ねっ、アスラン♡」


「あ、ああ……」


都会とまでは言っていない。


ただ観光地にするつもりだけれどね……。


「本当にどういうことだよ、父さんにもちゃんと話なさい!!」


「さあ、行こう、アスラン♡」


「ああ……」


そして俺は凶子に手を引っ張られて木の上の家に連れ込まれる。


まさか女の子に手を引っ張られて連れ回される時が俺にも来るとは思わなかったぜ!!


しかも女の子の家に上げてもらえるなんてさ!!


いたたた……。


この胸の痛みと、手と手から伝わる淡い感触が、俺の良い想い出になるだろうさ──。


糞っ!!


呪いが!!


「凶子、待ちなさい! 父さんを仲間外れにしないでくれ!!」


その晩に俺は、社長エルフの家の食卓で、豪華な木の実ばかりのご馳走を振る舞われるのであった。


「木の実、うめーー!!」



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