8-25【地獄か修羅場か?】

その日から俺の生活は一転した。


体が動かないからだ……。


背骨が折れてたら、そりゃあ~動けないよね。


言葉も小声でしか話せないしさ。


その不自由な環境が、彼女たちを変えたのだ。


今俺は、サザータイムズの完熟フレッシュ亭のベッドの上で、ただただ横になっていた。


まるで沖に打ち上げられた竜宮の使いのようだった。


背骨がポッキリと折れてて動けないのだ。


痛みを感じないほどに全身が麻痺している。


僅かに動いて感覚が残っているのは首より上だけである。


言葉も少し話せるし、食べ物を食べれば味も温かさも感じられる。


それだけが幸いだった。


だが、この不自由も、あと三日ぐらいの我慢だ。


三日もすれば、スカル姉さんの魔法【ゴット・オブ・グレーターヒール】のリチャージが完了する。


そうすれば折れた背骨も修復して元通りに治してもらえるはずだ。


また冒険の旅に出れるだろう。


しかしだ……。


この環境は地獄である。


俺が指一本動かせないのが地獄なのではない……。


否。


これは、修羅場だと言えよう……。


「ちょっとドクトル、お昼ご飯は私が食べさせる順番でしょう!!」


「何を言ってるのだ、スバルちゃん。朝も昼も夜も、私がご飯を食べさせてあげるのが役目だぞ」


「そんなのいつ決めたんですか!」


「スバルちゃんは下の世話をしてればいい。私は流石にそれはできないからさ」


「なんで、下の世話ばかり私に押し付けるんですか!?」


「下の世話をしたくないのか?」


「したいです!」


したいのかよ……。


流石に悪臭美少女スバルちゃんだな。


臭い物には免疫があるらしい。


「私がご飯を食べさせる。スバルちゃんが下の世話をする。それでいいだろ?」


「分かりました。下の世話の担当になります。なりますからアスランさん、早く下をもようしてください!!」


無茶言うね……。


「まーまー、慌てるな。食べるもんを食べないと下ももようしないだろう」


「なるほどですね……」


納得するんかい……。


そんなこんなしていると、壊れた出入り口からユキちゃんが鍋を持って入って来る。


「アスラーン、昼飯を作って来たから昼食にしようか~!」


するとスカル姉さんが意地悪っぽく言った。


「名前は確かユキちゃんと言ったかな?」


「はい?」


「今アスランに私が昼食を食べさせるところだから、店のサービスは結構だ」


ユキちゃんはムスッとしながら言い返す。


「これは店のサービスじゃあないぞ。これは私の真心だ!!」


声がデカイな……。


耳がキンキンするぞ。


「じゃあ、その鍋はそこに置いていってくれ。あとで私がアスランに食べさせてやるからさ」


「何を言っている。これは私の真心なんだから、私が食べさせてやるに決まってるだろ!!」


流石はガチムチジャイアントマッスルガールだな。


スカル姉さんに臆することなく突っ掛かるよ。


怖いもの知らずだわ……。


ここでスバルちゃんがユキちゃんに訊いた。


「ところで何を作って来たんですか?」


「サザータイムズの名物だ!!」


名物?


それは何かな?


大概は、名物に旨いものなしなんだよな~。


でも、楽しみだな~。


「名物って、なんですか?」


「グツグツに煮込んだ超熱々おでんだぞ!!」


おでん!!!


なんでこの世界におでんがあるんですか!?


しかも、グツグツに煮込んだ超熱々ですか!?


それって食べ物じゃあなくて、ただの凶器だよね!!


凶悪な危険物だよね!!


鶴太郎さんの好物でダチョウさんのコントアイテムだよね!!


スカル姉さんがユキちゃんに言う。


「それは旨そうな名物だな。早速アスランに食べさせよう。さー、キミが食べさせよう。超熱々のうちにね!」


「私が食べさせていいのか!?」


「勿論だ、ユキちゃん!」


ヤバイ!!


スカル姉さんが勝敗を捨てて悪乗りに走ったぞ!!


これは超熱々地獄が到来しそうだわ!!


俺のピンチだ!!


スカル姉さんとスバルちゃんが二人で俺の体を起こしてくれた。


壁に背を乗り掛け座った体勢を作ってくれる。


これなら、グツグツに煮込んだ超熱々のおでんも食べやすいよね!!


やーべーー!!


ちょーー、こえーー!!


熱々グツグツが超怖いわ!!


「アスラーン、どの具から食べたい?」


ユキちゃんが俺の横に鍋を置いて中身を見せてくれた。


鍋の中は火に掛けていないのにグツグツとスープが沸騰している。


なんでこんなに沸騰してるの!?


怪奇現象でも見せられているのか、俺は!?


するとスバルちゃんが俺の疑問を代弁するかのように訊いてくれた。


「なんで、こんなにお鍋が沸騰しているんですか……?」


「あー、これね」


質問に答えながらユキちゃんが鍋の中からお玉で何かを取り出した。


「これだよ、これ。焼いた石を鍋に入れてるんだ。だからなかなか冷めないんだよ」


「な、なるほど、それは凄いですね……」


なんでそんなに冷まさないようにしちゃうかな!?


そんな目立ちたいだけの調理法は止めてくれよ!!


食べさせられる身にもなってくれ!!


「じゃあまずは煮卵から食べるか、アスラーン!」


ユキちゃんがスプーンに煮卵を乗せて俺に近付ける。


いきなり煮卵かよ!?


いきなり人気ナンバーワンな具材から投入してきますね!!


「はい、あーーんして!」


こえー!!


あーーんなんて出来ないわ!!


そこでいきなりスカル姉さんがユキちゃんの肩をバシンっと叩いた。


「ユキちゃん、早く食べさせな!」


「あっ!!」


叩かれたショックでユキちゃんの体が大きく揺れた。


その揺れで煮卵が俺の頬に密着する。


あちぃぃいいいいいがなあああ!!!!


「あ、ごめん、アスラン……」


謝って済むかよ!!


頬が火傷しそうだわ!!


耐火向上を持ってる俺でこんなに熱がる食べ物を、食えるヤツが居るのかよ!?


それが疑問だわ!!


「あー、皮膚に触れてばっちいから、煮卵は捨てようか。代わりにちくわを食べないか!?」


ちくわ!!


たっぷり灼熱の汁を吸い込んだ練り物だよね!!


それも凶器だよね!!


穴の空いた凶器だよね!!


それと、ちょっとでも冷めた具材はキャンセルされるシステムも止めてくれ!!


「さー、あーーんして~~。へっくしょん!!」


あちーーーーぃいいいい!!!


何故にくしゃみなんてするんだよ!!


激熱ちくわが俺の唇にダイブして来たじゃあねえか!!


唇が焼け爛れるわ!!!


タラコ唇になっちまうがな!!


こえーーよ、この昼食がこえーーよ!!


「ユキさん、もうちょっと食べやすいように、冷ましてあげればいいんじゃあないですか?」


ナイス、スバルちゃん!!


ナイスなアドバイスだぞ!!


すげーー名案ですよ!!


流石はメインヒロインだ!!


「駄目だ駄目だ、それでは名物の色が薄らぐだろう」


薄らげよ!!


そんな名物の色は迷惑だわ!!


「そうですね、それじゃあしょうがないか……」


スバルちゃん、納得しちゃいますか!?


なんでそんなところだけ素直なんですか!!


もー、可愛いな!!


ここでスカル姉さんが地獄のような提案を立ち上げる。


「なあ、アスランは喉が乾いてると思うんだ。ここは具よりも、汁を飲ませてやってはどうだろう?」


なーーーにーーーーー!!


汁は駄目だろ!!!


マジでアカンわ!!!


それは凶器を通り越して兵器だわ!!


殺人兵器だわ!!


しかも大量殺戮兵器だわ!!


俺がすべてジェノサイドされるがな!!


この薮医者女は、完全に悪乗りしてやがるぞ!!


こいつが一番の悪だわ!!


「分かった。じゃあ汁を飲ませてあげよう!!」


分かっちゃうの、ユキちゃん!!


あんたスカル姉さんの言いなりだな!!


騙されてるのに気付けよ!!


「はーーい、アスラーン。あーーんしてね~~。グツグツ超熱々の美味しいスープですよ~~!!」


飲めるか、馬鹿!!


俺を殺す気か!?


てか、殺す気だよね!?


こいつら三人揃って俺を殺したいだけだよね!!


マジこえーーぞ!!


「はっ、はっ………」


スプーンで激熱おでん汁を差し出しているユキちゃんの鼻がヒクヒクとする。


まーーずーーいーーー!!


また、くしゃみをするきだぞ!!


くしゃみをするならスプーンを下ろせよな!!


ひぃぃいいいいいい!!!


「はぁっくしょん!!!」


そしてスプーンの上の激熱おでん汁が俺の顔面にぶっ掛けられた。


グゥァアアアアアア!!!


あーーつーーいーー!!!


俺は動けない体で、ひたすらもがいた……。


地獄だ……。


この三日間は地獄になるだろう。


「大丈夫大丈夫。どんなに火傷しても私のゴッド・オブ・グレーターヒールで背骨ごと火傷も全部治るからさ」


この貧乳女は悪魔か!?


そもそもそう言う問題じゃあねえだろ。


「私のゴッドオブグレーターヒールは、手足がもげていても生え変わるんだよ。安心しなさい」


それは凄い魔法だな。


「じゃあ、次はさ。その焼けた石を食べさせないか?」


何を地獄的な提案してるんだ。


それは石だぞ!


焼けた石だぞ!!


もう食い物ですらないじゃあないか!!


するとお玉で焼けた石を掬い上げながらユキちゃんが言う。


「嫌ですね~、スカル姉さん。これは食べ物じゃあないですよ~。あっ……」


そしてお玉から落ちた焼けた石がお鍋の中にダイブする。


すると大量の激熱汁が優位に跳ねた。


「「「熱ッ!」」」





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