8-13【完熟フレッシュ亭】

酒場の中に闘争の空気が溢れ満ちる。


俺は黒い冬服のセーラー服を纏った変態野郎たちに囲まれながら、そのボスらしいゴリラ娘と向かい合っていた。


娘は銀髪で長髪。


一人だけ白い夏服のセーラー服を着ているマッチョでデカイ娘だ。


その剛腕の力瘤は、俺の頭ぐらいありそうだった。


年齢は若い。


たぶん俺より少し上ぐらいだろう。


顔も整っている。


だが、表情とは別に体格は凛々しく太い。


首も太い。


腰も太い。


手足も太い。


筋肉で太いのだ。


ゴリッゴリに鍛え上げられたマッチョなセーラー服女は凛々しく俺の前に立ち塞がる。


俺の前まで歩み寄ると、俺を長身から見下ろした。


「悪いな、お客さん。店内で喧嘩をされると困るんだよ」


俺はマッチョ女の顔を見上げながら言い返す。


「最初に喧嘩を売ってきたのは、そっちだぞ」


マッチョ女も言い返す。


「悪いね、私は見ていない。私が見たのは、あんたがうちの客を投げて、二人目を殴り倒したところだけだ」


「よく言うぜ。俺のほうから喧嘩を売ったってのかい?」


俺は僅かに腰を落として身構えた。


動いたら殴り掛かるぞ。


先手必勝だ。


俺は女子供でも、戦う気があるのならば殴れるんだからね。


手加減なんてしてやらんぞ。


「そうだ。こっちが買ったんだ」


マッチョ女が手を伸ばして来た。


ユル~リっとした動きで大きな手が俺に近付く。


その動きを敵意と認識。


「おらっ!」


俺は瞬時に拳を放って女の腹を殴る。


だが、鉄筋コンクリートの壁を殴ったかのような衝撃が俺の拳に跳ね返って来た。


「痛っ!」


手首が折れる!?


効いていないわ~……。


ぜんぜん効いてないわ~。


マッチョ女の口角がニヤリと吊り上がる。


「いきなり何をするのさ」


そして、 マッチョ女の右手が俺の肩を掴んだ。


服を掴んだのではない。


肩の肉を鷲掴んだのだ。


万力のような力で太い指が俺の肩に食い込む。


「ぬぬっ!!」


痛い!


俺は掴んだ手を払い除けようと、マッチョ女の肘を下から掌で突き上げた。


肘関節を叩き伸ばしてやる。


「ぅぐ!!」


マッチョ女の腕が真っ直ぐに伸びたが掴んだ手は放さない。


ならば!!


俺の右足が跳ね上がる。


弧を描いた脚首がマッチョ女の頬に横からめり込んだ。


頬を蹴り飛ばしてやる。


「がっ!!」


マッチョ女が俺のハイキックで揺らいだ。


だが、掴んだ手は放さない。


粘るな!?


「おーらっ!!」


「ええっ!?」


次の瞬間、俺は一瞬で持ち上げられていた。


マッチョ女に両手で天高く持ち上げられているのだ。


マッチョ女の金髪が、空中で横になる俺の下にあった。


「高っ!」


プロレス技で言うところのボディーリフトだ。


俺の身体は2メートルの高さにある。


ここから投げ落とされるのですか!?


このまま床に叩き落とされたら痛いよ!


「誰か、入り口を開けて!」


「ハイよ!」


マッチョ女に言われてセーラー服オヤジの一人が酒場の扉を開けた。


「おーーら!!」


「嘘~~~!!」


そして俺は頭から真っ直ぐに投げられた。


そのまま空中を飛んで、出入り口から店の外に投げられる。


「デットリードライブかよ!」


だが───。


「よっと!」


俺は身体を丸めると空中で回転して足から綺麗に着地した。


まるで猫のように身軽な着地である。


「あのゴリラ女がっ!」


暗くなり始めた路上には、まだ少数の人が闊歩している。


いきなり店の中から飛んで来た俺に驚いていた。


良かったぜ、歩行者を巻き込まなくってさ。


投擲された俺が通行人に激突してたら大事故だったぞ。


俺がズボンに付いた埃を払っていると、白いセーラー服姿のマッチョ女が酒場から出て来た。


こん畜生め、追って来やがったな。


「あんた、なかなかやるじゃんか」


マッチョ女は両手の指をポキポキと鳴らしていた。


やたらと威嚇的だな。


だが、見かけほど強くない。


喧嘩ならば男勝りな馬力と耐久力だが、武器を使ってしまえば問題がなくなるだろう。


俺は負けるぐらいならば、容赦なく凶器を使えるラフファイターだぜ!


「舐めんなよ!」


腰の剣柄に片手を添える。


流石に武器を使えば余裕で勝てるはずだ。


俺は真っ直ぐ凛々しく立ってマッチョ女を睨み付けた。


居合い抜きの構えに腰を落とす。


「いい顔をしてるね。目がいいわ」


「カッコイイとよく言われるよ」


少し間が空いた。


マッチョ女は何も言わない。


そして、やっと口を開いた。


「嘘でしょ?」


「嘘です……」


ちくしょう……。


なんか悲しいぞ……。


「名前を訊こう。私はユキだ。あんたは?」


可愛い名前だな……。


「ソドムタウンのソロ冒険者、アスランだ」


「ソドムタウン?」


「そう」


「それは随分と遠くから来たもんね」


「旅をしているんだ」


マッチョ女が前に出た。


片腕をほぐすようにグルグルと廻している。


やり合う気かな。


よし、受けて立とう。


魔女にさんざんやられてストレスが溜まってるんだよね。


ここは弱い者イジメになるけれど、ストレス発散をさせてもらうぞ!


そして、マッチョ女が間合いに入ると拳を振りかぶった。


来るぞ!


カウンターをぶち込んでやるぜ!!


「おっらああああ!!!」


「こいや!!」


「おーーーーまーーーーちーーーー!!!」


ええっ!?


俺とマッチョ女の拳が第三者の大声で止まった。


マッチョ女が敵の眼前で踵を返す。


俺に背を見せる。


隙を見せることすら憚らず、大声の主を見てやがるんだ。


俺は身体を反らして大柄の向こうに大声の主を見た。


そこには背の低い女性が仁王立ちで立っていた。


まるで子供のように背が低い。


酒場の出入り口前で、白いセーラー服にエプロン姿の矮躯な女性が、怖い顔で立っているのだ。


中年女性だが、身長が低くて可愛らしい。


150センチも無いだろう。


そのぐらい背が低い。


しかし、今は形相が怖かった。


まるで肉食の猛獣のようだ。


そして、再び矮躯な女性が吼える。


「ユキ、何をサボってんだい!!」


「ママ、こいつがお客さんをぶん投げたから、私も投げただけだよ……」


あれ、なに、この弱気な態度はさ?


急に可愛くなりやがったぞ。


それにママって、母だよな?


この二人、親子ですか?


身体のサイズは違うが、顔立ちは確かに似ているな。


そして、矮躯な女性が更に吼えた。


「投げられたのもお客さんだが、あんたが投げたのもお客さんだぞ!!」


「でも、ママ……」


「言い訳は聞かないよ、いいから店に入って仕事をしなさい。休憩は終わりだ!!」


「はい、ママ……」


ユキちゃんはショボくれて店内に入って行った。


残った矮躯な女性が俺に吼える。


「あんたも店に入りな。投げたお客さんと、叩き伸したお客に謝ったら、皆でセーラー服を着て楽しく飲みなさい!!」


「えっ、謝るの? てか、俺もセーラー服を着るの?」


「いいから、早く店に入りやがれ!!」


また、大声で吼えられた。


俺もビクビクしてしまう。


なんなんだ、この人は……。


俺の表情を見て察したのか、矮躯な女性が言った。


「私は完熟フレッシュ亭の主、ハウリングだ!!」


「ハウリング……」


偽名かな?


でも、女将かな?


「いいからさっさと店に入りやがれ!!」


「はい!!」


俺は叱られてショボショボと店に入った。


それから投げた野郎と叩き伸した野郎に謝罪した。


案外と二人は俺の謝罪をすんなりと受け入れる。


それどころか苦笑いで俺に謝罪を返してきた。


なに、この空気?


スゲー、友好的じゃあね?


俺が騒がしさを取り戻した店内を見回せば、ユキちゃんがお盆を持って酒を運んでいる。


ウェイトレスなのか?


さっきの矮躯な女性はカウンター内でチョコチョコと動いていた。


カウンター越しに銀髪だけがチラホラと見える。


本当に小さいな。


「なんなんだ、この店は……?」


俺の独り言を聞いたセーラー服野郎の一人が答えてくれた。


「この店は、コスプレバーだよ」


「コスプレバー……?」


「そうそう、そして今日はサザータイムズ魔法使い学園の女子服デーなんだ。だから全員セーラー服を着ているんだよ」


「えっ、なに、じゃあ、ここに居る全員は、コスプレ好きな変態ですか……?」


「変態かどうかは議論の余地があるけれど、ここの全員がコスプレ女装マニアだよ」


それを世界では変態って呼ぶんだぜ……。



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