8-10【魔女との激戦】

ついに俺は、黒山羊の頭を被った魔女の前に立った。


魔女は先の尖った包丁を手にしている。


俺の脇の壁は木の扉ごと吹っ飛んでいた。


マジックバズーカなんて魔法は聞いたことがないぞ。


デビルサマナー系の魔法なのかな?


まだまだ勉強不足だな、俺も……。


この異世界には俺が知らない魔法は山ほどありそうだ。


そして魔女が包丁をブラブラさせながら言う。


「なに、覆面レスラージャギってさ?」


俺は臆することなく答えた。


「ニューヒーローだ!」


魔女は呆れた口調で言い返す。


「そのニューヒーロー様が、私を退治したいってわけ?」


「そうだ。正義の鉄拳をお見舞いしてやるぞ!」


俺は手にあるロングボウを構えて弦を引いた。


矢の狙いを魔女の頭に定める。


「これが俺の鉄拳だ!」


「面白いじゃあないの、やってみなさい」


「食らえ、スマッシュアロー!!」


俺はスキルを乗せて矢を放った。


真っ直ぐ飛んだ矢が魔女の眼前でコースを外す。


矢は右に逸れて壁に刺さった。


「魔法のディファイングアローよ。私には矢は無効なの」


「糞、弓矢は効かないか……」


俺は矢を異次元宝物庫に仕舞うと代わりに黄金剣を引き出した。


ここは全力で行くしかない。


こいつには手加減とかは考えてられないからな。


最初っからクライマックスで行くのが得策だろう。


「あら、かなり良い剣をお持ちね」


「斬る!」


俺は魔女の言葉を無視して走り出した。


だが魔女が次の魔法を撃って来る。


「マジックプレス!」


「のわっ!!」


俺の体に強い重力が掛かると膝が曲がった。


走るどころではない。


「重い、重いぞ!!」


まるで背中に子鳴きジジイでも背負ったかのような重力が全身にのし掛かる。


「ぬぬぬ……」


俺は立ち止まり重力魔法に耐えた。


「あら、ぺしゃんこにならないのね。かなり足腰を鍛えているのかしら、覆面レスラージャギさん」


「なんの、これし、き……」


俺は重力に耐えて足を進めようとした。


一歩前に出る。


しかし、次の魔法で吹き飛ばされる。


「マジックバズーカ!」


「どわぁぁあ!!!」


今度は正面からの衝撃魔法だった。


俺は納屋の外に飛ばされて行く。


まるで胸に横綱の突っ張りを食らったかのような激しい衝撃だった。


「ぐぐぅ、息が詰まる……」


呼吸が出来なかった。


たった一撃で5メートルほど飛んで、更に3メートルほど転がって止まる。


「なろうっ!」


俺は止まると直ぐに立ち上がり横に飛んだ。


野外の闇に紛れて姿を隠したのだ。


「追ってくるか……?」


いや、魔女は追ってこない。


魔女は明るい納屋の中に残る。


「さあ、戻ってらっしゃいな。可愛がって上げるから~♡」


ちくしょうが……。


やっぱり語尾にハートマークを咲かせてやがるぜ。


嫌いだわ~。


そう言うヤツが嫌いだわ~。


俺は闇の中でイリュージョンデコイを唱えて走らせた。


幻影のデコイを魔女に向けて走らせる。


デコイに釣られた魔女がマジックプレスを撃った。


「マジックプレス!」


幻影のデコイが魔法で潰れると霧のように消えて無くなる。


「イリュージョンデコイの魔法ね」


「正解だ!!」


「っ!?」


俺は天井裏から飛び下りると魔女の背後に着地する。


「背後がガラ空きだぜ!!」


「なっ!?」


魔女が振り返ろうとしたが、俺はバックスタブに攻撃スキルを乗せて放つ。


「ウェポンスラッシュ!!」


俺が繰り出す黄金剣の逆水平切りが魔女の首を狙う。


「甘いわ!!」


魔女は床を滑るようにスライドして剣の間合いから逃れた。


「何その移動!?」


「私は魔法だけの強者じゃあなくてよ」


俺の黄金剣が黒山羊の眼前を過ぎる。


「外した!!」


「あはははははーー♡」


笑ってやがる。


「だが、甘いぞ、魔女!!」


俺は連続攻撃に入る。


「ダッシュクラッシャー!!」


俺は3メートルダッシュからの袈裟斬りを放つ。


スキルの猛ダッシュで距離を縮めた俺の切っ先が魔女のエプロンを切り裂いた。


しかし、当たりが浅い。


否。


当たっていない。


俺の袈裟斬りで切り裂いたのはエプロンの胸の部分だけだ。


おそらく下のワンピースすら切り裂いていないだろう。


だが、諦めない。


ここで退いたら俺のターンが終わってしまう。


連続攻撃に続く連続攻撃だ。


このまま接近戦を続けなければならない。


離れたら敗けになる。


故に俺のターンは終わらない。


「とやっ!」


俺は袈裟斬りで魔女の脛を狙う。


しかし、魔女は足を引いて切っ先を躱す。


続いて俺は、逆水平で喉を狙った。


「うりゃ!」


だが、魔女は頭を引いて俺の攻撃を回避した。


俺は黄金剣を振るった勢いを殺さずに体を捻ると後ろ中段回し蹴りを繰り出す。


「ふんっ!!」


狙いは魔女の腹部だ。


だがしかし、魔女は包丁を付き出して、俺の蹴り足を串刺しにして止める。


包丁が俺の足の裏を貫通して、足の甲から刀身を覗かせた。


「痛ぁぁあああ!!」


「だから甘いのよ♡」


嘘っ!?


痛いわーー!!


包丁が足を貫通しちゃったよ!!


「凄い連続攻撃だけど、残念ね。踏み込みの一つ一つが緩いのよ」


「くぅ!!」


俺は包丁から強引に足を引いて抜く。


大丈夫だ、この程度なら戦える。


立てる。


歩ける。


きっと走れるはずだ。


攻撃だって続けられる。


「まだまだ!!」


「根性だけは認めてあげるわね♡」


「ぜえぁ!!」


俺は剣で魔女を突く。


しかし、容易く躱された。


だが左手を伸ばして肩を掴んだ。


そして力任せに引き寄せると頭突きを打ち込んでやった。


俺の頭と黒山羊の頭が激突する。


「痛いわね!」


「なら、もう一丁行くか!?」


「断るわ、マジックバズーカ!!」


「どふっ!!」


見えない衝撃波が俺の胸を襲う。


俺は魔女から手を放してしまい、そのまま後方に飛ばされる。


肋がきしんで肺から空気が押し出されていた。


「マ、マジで呼吸が出来ないぞ……」


しかし今度は転ばなかった。


立ったまま持ち堪える。


「ぜぇはー、ぜぇはー。なんのぉ……」


「マジックバズーカ!」


「ぐふっ!!」


俺は二発目の魔法も耐えた。


両足を踏ん張ったまま後方に滑り、3メートルほど後退したが倒れなかった。


「マジックバズーカ!」


「ごはっ!!」


またか!?


三発目を食らっても俺は倒れない。


更に2メートルほど滑ったが耐える。


「やるわね、覆面レスラージャギさん」


「ごほめ、い、たらき、ありがぁぁどう……」


褒められたので俺は口から血を垂らしながらもお礼を返す。


やーべー、もう限界だ。


たぶん肺が潰れているわ……。


息が苦しい……。


「セ、セルフヒール……」


「あら、ヒーリングなんて使えるの、ずるいわね」


これで少し楽になったぞ。


再攻撃だ!


俺は片手を突き出し魔法を唱える。


「マジックアロー!!」


「マジックブレイカー!!」


魔法攻撃を消し去る防御魔法だろうか?


魔女が無空を握り締めるとマジックアローが消滅してしまう。


「ならばファイヤーシャード!!」


「なんですって!?」


だが炎の飛礫は魔女の眼前で消え失せる。


レジストされたのか!?


レベルの低い魔法だと効かないのかよ!?


ならば!


「ライトニングボルト!!」


「きゃあ!!」


俺が放った電撃魔法が魔女に命中した。


直線の電撃が魔女の腹を貫く。


やっとヒットしたぜ。


まだまだ行くぞ!!


「マジックプレス!!」


「くはっ!!」


俺が繰り出した重力魔法に魔女が片膝を付いた。


チャーーンス!!


俺は剣を振り上げて飛び掛かる。


「ヘルムクラッシャー!!」


しかし──。


「グラビティーゲイザー!!」


「ぐわぁあ!!!」


剣を振りかざして飛び掛かった俺の体が真上に飛ばされた。


まるで火山の噴火に巻き込まれて空に向かって飛ばされたようにだ。


俺は納屋の天井を突き破り夜空に浮き上がる。


人生で初めて打ち上げ花火の気持ちが理解できたぞ。


儚いな……。


「ぐぐぅ……」


背中が痛む。


天井を突き破ったときに背中を痛めたっぽい。


体が上手く動かない。


落下する……。


このままでは着地できないぞ。


「まだよ♡」


俺が横を向くと魔女が被っている黒山羊の顔があった。


このDQN女は、空中にまで追って来やがったのか!?


なに、フライの魔法でも使ってますか?


「死んじゃえ、グラビティープレス!」


「のわっ!!」


俺は重力に引かれる以上のスピードで急降下して行った。


「ぐぅぅううう!!!」


俺が貫いて作った天井の穴を潜って納屋の床に叩きつけられる。


納屋の中にドンっと重い音が轟いた。


背中から落ちてワンバウンドする。


体のどこかから骨が砕ける音が聞こえた。


霞む視界がドロドロに映る。


呼吸が……。


気持ち悪い……。


吐き気が生温かい……。


「がっはぁ……」


しばらくすると俺は埃の舞う納屋の床で大の字になって居るのを自覚した。


「は、早く立たねば……」


でも、立ち上がれない。


やーべー……。


今のは致命傷だったぞ……。


全身が痛いわ~……。


体は動くかな?


黄金剣を持った右腕はなんとか動くか……。


左腕は動かないな。


肩が凄く痛いぞ。


折れたのは左肩かな?


あちゃ~……。


下半身も動かないわ……。


後頭部を強く打ち過ぎたかな。


完全に麻痺してやがる。


ヒールだ。


セルフヒールで少しは回復するだろう。


「セルフ──」


「はーい、残念。ヒールは使わせないわよ~♡」


俺は魔女に口を塞がれた。


柔らかい手で口を押さえられている。


ちくしょう!!


口を封じられたら魔法が唱えられないじゃんか。


しかも唯一動く右腕は、膝を乗せられ固められている。


もう完全に万事休すだな……。


「あら、あなた見覚えがあるわね?」


あっ、顔に巻いていたタオルがいつの間にか外れて素顔を晒していますがな。


あーあ、正体がばれたぜ。


まあ、ばれても問題はないんだけどね。


「あなた、確かちょっと前に私から逃げた男の子だよね?」


俺は倒れていて口も塞がれているから答えられない。


でも、覚えてらしたのね。


出来れば忘れてもらっていたほうが良かった気がしますわん。


「それにしても、凄く成長したものね。前に会ったときは、ただのヘタレだったのにさ。今は普通じゃないわね」


何が言いたいんだ?


「あなた、何種類の魔法が使えるの?」


ああ、そのことか~。


「攻撃魔法、精霊魔法、幻影魔法、回復魔法、それに悪魔魔法まで使ったわよね。五種類なんて異常よ、異常」


ちょっと会話をしたいからこの手をどけてくれないかな。


どけないなら、手の平を舐めちゃうぞ。


「そうだわ。面白いことを思い付いたわ♡」


えっ、なに?


またSっぽいことを思い付きましたか?


あんたの発送は怖いから聞きたくないんだよね。


「あなたの命は助けて上げるわ。だからしばらくは動かないでね、わかったかしら?」


俺はコクコクと小さく頷いた。


実力差も分かったから、殺されないなら少しぐらいじっとしてますがな……。


すると魔女は俺の口から手を放すと立ち上がった。


手にある包丁の切っ先が、ランプの明かりを弾いてキラリと光る。


何をする気だ?


「あなたに会わせてあげるわ♡」


そう言うと魔女は、吊るされていた四人の人質の首を手際良く切り裂いて行った。


嘘っ!!


マジかよ!!


この糞女は、全員殺しやがったぞ!!


「うふふふ~♡」


黒山羊を被って表情は見えないが、魔女は怪しく笑っていやがった。


吊るされた四人の首から暖かい鮮血が流落ちて床に溜まる。


その床に広がった血溜まりが、ユラユラと揺らぎ始めた。


「な、なんだ……!?」


「黙って見てらっしゃい」


血溜まりの中から何かが出て来る。


それは、黒山羊の頭に上半身裸の男性だった。


下半身は獣の物である。


そして、背中に蝙蝠の羽を生やしていた。


でも、チンチロリンは人間サイズだな。


しかも少し小さくね?


粗珍だよ。


まあ、トータルしての答えは──。


「あ、悪魔か……」


魔女がそれを紹介してくれた。


「こちらの方が、我が主。奈落の帝王、ロード・オブ・ザ・ピット様よ!!」


『ぐぅぅぁぁがあああああががががが!!!!!』


ひぃーー!?


なんか吠えてるよ!?


悪魔と言うより獣じゃんか!!


ワイルドでアニマルなクレイジーだよ!!



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