3-7【冒険者の日々】

病室の窓から朝日が入って来る。


「眩しいな……」


まだ眠いが鳥の鳴き声が五月蝿いから俺はベッドを出て三階のスカル姉さんの住居スペースに向かった。


俺が勝手にリビングへ入ると眠たそうなスカル姉さんがカップにコーヒーを注いでいる最中だった。


室内に香ばしい匂いが漂っている。


「おはよう、スカル姉さん」


「おはよう。お前も飲むか、コーヒー?」


スカル姉さんがポットを翳す。


「ミルクとか砂糖とか入れてくれる?」


「ミルクはない。砂糖なんて高価なものは尚ないぞ。朝から寝ぼけているのか、おまえは」


「じゃあ、ブラックでくださいな」


スカル姉さんが二つ目のカップにコーヒーを注ぎながら言った。


「ほれ、座れ。朝食も準備が出来ているから、さっさと食え」


「サンキュー」


この異世界では砂糖は貴重品らしい。


だから甘いお菓子なんて見たことがない。


まあ俺は、甘い物好きでもないから構わないけれど、甘い物好きな女子が転生してきたら絶望するだろうな。


この世界は、やっぱり過酷で不便だよ。


もしも魔法がなかったら、俺も絶望していたかも知れない。


別のラノベとかを読んでいると砂糖や塩を魔法で作る異世界も存在するけれど、この異世界にはそんな御都合主義的な便利な魔法はないのである。


そんなスィーツ事情よりも問題なのはトイレ事情のほうだ。


この異世界ではトイレ事情のほうが過酷で残酷である。


この異世界のトイレにはウォシュレットどころかトイレットペーパーすらないのだ。


そもそも紙で尻を拭くって文化がないのである。


何せ紙が貴重品だからな。


トイレは洗面器だし、壁に汚い荒縄が掛けてあるだけである。


そう、洗面器に用をたして、荒縄でお尻を拭くのだ。


用が済んだら洗面器の中身は外に捨てて、荒縄は壁に戻す。


だから荒縄が使用済みの場わいが多いのだ。


まだ使ってない荒縄の部分を使ってお尻を拭くのである。


これが凄く痛いのだ……。


もう、それは、ただの拷問具……。


お尻の皮がズリ剥けそうになる。


だから誰か早くトイレットペーパーを発明してもらいたいものだ。


今度レベル20になったら、トイレットペーパーを作る魔法でも糞女神から貰おうかな。


多分それだけで大金持ちになれそうだよ。


むしろトイレットペーパーを作れる異世界転生者の設定で、一本ぐらい新作ラノベが書けるかもしれんな。


そんな詰まらないことを考えながら、スカル姉さんが作ってくれた朝食を食べていたら、スカル姉さんが俺に質問を始めた。


「お前はいつまで下の病室で寝泊まりするつもりだ?」


「んん~……。スカル姉さん的には迷惑かな?」


「いや、私は構わんぞ。そもそも入院するほどの患者なんてほとんど居ないしな」


「だよね」


俺がスカル姉さんの診療所に転がり込んで、そろそろ何日ぐらい過ぎただろうか?


その間に病室に入院してきた人なんて見たことがない。


だからスカル姉さんに甘えて病室に居候しているのだ。


「私は考えたんだがな」


「何を考えたのさ?」


「どうせ病室として部屋を空けているなら、二階を改装して下宿にでもしようかと思うんだ。そもそも入院するような金持ちはうちには来ないからな」


「おお、それは名案だね」


「そうすれば、お前からも堂々と家賃が取れる」


「それは反対かな……」


「舐めんなよ、クソガキ」


確かに名案だ。


俺が居候している病室のほかに、二階にはもう二部屋ある。


要するに、二階には計三部屋の病室があるのだ。


正直なところ無駄なスペースとなっているのは間違いない。


だから下宿部屋として解放するのは名案だと思う。


その一部屋を俺が借りれば新しい家を探さなくても済む。


だが、問題もある。


二階に上がるには一階の診療所内を通らなければ階段まで辿り付けない。


二階に人が住むなら、それは不便だ。


スカル姉さんが診療中に、住人がほいほいと診察室を通れば何かとじゃまだし、診療所としては印象も悪かろう。


この辺の問題をどうするのかと俺は訊いてみた。


するとスカル姉さんの回答は──。


「だから大胆に建物を改装しようと思っているんだ」


「大胆にか、マジで?」


「まあ、大工には相談して簡単な見積りを出してもらっている」


「予算はどのぐらいなの?」


「それはお前が気にすることではないぞ」


「そうなん……」


「問題は改装の期間、お前が出ていかないとならんことだ。大工が作業中に、住人が居たら邪魔だろう」


「それは大問題だね。スカル姉さんは俺をソドムタウンの魔境に放り出すつもりかい?」


「そのつもりだが」


「それは酷寒の大地に全裸で哀れな子猫ちゃんを放り出すのと一緒だよ」


「お前なら全裸でも楽しく生きていけるさ。それに子猫には見えんぞ」


「それはそうだけど……」


「そこは否定しないんだ」


「うん」


「じゃあ、この三階で、私と同じベッドで夜を過ごすかい?」


「それはないわ~。絶対にお断りだわ~」


「てか、なんでテメーの呪いが私相手には発動しない。なんで今の振りで苦しまないんだよ。そこは気絶するぐらい妄想しろよ!」


俺は困った顔で言い返す。


「ごめんな、スカル姉さん。朝からそんな気分にはとてもなれなくってさ。そう言うのやめてくれるかな」


「すまん……」


「分かってもらえればいいよ、スカル姉さん」


「今のは私が謝るところか!」


怒ったスカル姉さんがテーブルを両手で叩いた。


テーブルの上の食器が激しく跳ねる。


そんな感じで怒るスカル姉さんを無視して俺は悩んだ。


「マジで、その間、どうしよう……?」


「まあ、考えておけ。いいな」


「うん──」


俺は食事が終わると二階の病室に戻って武具を装備する。


まだちょっと早いが冒険者ギルドに行くことにした。


ギルマスのギルガメッシュに昼から呼ばれているのだ。


まあ、時間潰しは適当にやればいいか。


そんな考えでスカル姉さんの診療所を俺は出た。


俺はローブを深々と被ると、のんびりとソドムタウンを闊歩した。


すると冒険者ギルドに行く道中にある薬屋の前で人集りが出来ているのに気付いた。


なんだろうと覗き込むが、よく分からないので近くの人を捕まえて訊いてみる。


「なあ、この人集りはなんなんだ?」


「なんでも薬師の娘さんが、新薬を発売したらしいぞ」


どうやらこの人集りは新薬の購入待ちの人集りらしい。


それにしても、この世界の住人は、並んで待つって文化がないようだ。


そう考えると日本って凄いよね。


こう言うのってカルチャーショックって言うのかな?


間違ってたらごめん。


コメントで好きなだけ突っ込んでくれ。


とにかく、訊いた話だと体臭を消すポーションが新発売されて話題になっているらしいのだ。


たぶんスバルちゃんが例の魔法を完成させたのだろう。


これで彼女も毒ガス美少女を卒業して、ただのツインテール眼鏡っ子美少女にクラスチェンジできただろうさ。


きっと幸せになれるよね。


顔付きは美形だし、スタイルも可愛いし、性格も良いと来てるのだ。


猛毒的な体臭すら消えてしまえば、町の男どももほっては置かないだろうさね。


たぶんモテモテになれるよ。


これで、めでたし、めでたしだ。


俺は微笑みをフードで隠しながらソドムタウンを進んだ。


すると突然に話しかけられる。


声の主は少年だ。


「やぁ~、アスランくんじゃあないか~」


この声はあいつだな。


えーと、んーと、たしかー。


俺が顔を上げてヤツの顔を見ながら考え込んでいると、ヤツのほうが悟ってくれる。


「クラウドだよ。名前を忘れてたね……」


「いやいや、覚えてたよ。ぜんぜん忘れてないから、スクライドくん」


「いや、もう間違えてるから。スクライドちゃうよ、クラウドだよ……」


完全装備のクラウドの後ろには、あのハゲゴリラ男も立っていた。


凄い野生的な眼光で俺を睨み付けている。


しかし、何も言わずに立っているだけだった。


でも、突っかかりたいのを我慢している様子だな。


ハゲ頭に青筋が走っているもの。


そんな中でクラウドが俺に話し掛けてくる。


「アスランくん、キミはまだ冒険者をやっていたんだね。僕はもう辞めて故郷に帰ったかと思ったのにさ」


なんだろう……。


前以上に、むかつく感じになったような気がするな。


なんか癇に障る。


「なんで俺が故郷に帰らなければならんのだ?」


「いや、だってキミはもうパーティーを誰とも組んでもらえないじゃあないか」


「だから?」


「だからって……。キミはアマデウスさんに逆らって、もう冒険者としては終わりじゃあないのか?」


「いや、今はソロで頑張っているが」


「ソロって、本気かい?」


「ああ、本気だ」


「一人で何が出来るって言うんだい、笑わせるなよ」


「なんでも出来るぞ?」


「なんでも?」


俺はショートソードを抜いてマジックトーチを剣先に掛けた。


更にクラウドにフォーカスアイとディフェンスアーマーを掛けてやった。


更に更にとサモンインプとサモンキャットを唱えて小悪魔と猫を召喚した。


初めて使う魔法だったが、どれもこれも成功する。


するとインプとキャットが喧嘩を始めたのでインプだけ消して猫を抱え上げる。


俺は召還猫を抱えながらクラウドに言った。


「一人でも、このぐらいのことは出来るぞ」


「あ、ああ……」


クラウドとハゲゴリラの目が点になっていた。


そうだろうさ。


コンビニエンス魔法とエンチャント魔法にサモン魔法とデビルサマナー魔法を唱えたのだから。


更に俺は奮発して空を目掛けてマジックアローとファイヤーシャードを撃ち上げた。


空撃ちされた攻撃魔法が青空の果てに消えて行く。


これでウィザード魔法にシャーマン魔法を加えて計6種類の魔法を披露したことになる。


魔法使いじゃない俺が魔法をあり得ない法則で披露したのだ。


一人が習得出来る魔法は二種類か精々三種類が限度である。


更に言うなら俺には魔力に筋力を食われた様子すらないのだ。


そりゃあ、驚くわな。


クラウドもハゲゴリラも目を点にしていた。


「す、凄いね、アスランくん……」


「ああ、俺は凄いよ。だからソロでも大丈夫なんだ」


「そ、そうだね……」


クラウドがボケッとしていると、ハゲゴリラが畏まりながら彼に耳打ちする。


「クラウド兄さん、そろそろ行きませんとアマデウスの若頭がお待ちです」


「そ、そうだね、ゴリ……。じゃあ、またな。アスランくん……」


手を力無く振るうクラウドが去って行く。


俺は抱えた召還猫の手を取り左右に振ってやった。


それにしてもクラウドが兄さんでハゲゴリラが子分なのかな。


あいつも出世したな。


まあ、あいつはあいつなりに頑張ってるってことか。


凄い凄い──。


若干、進む道を誤ってる感じはするがね。


でも、アマデウスの野郎が若頭とは、冒険者ギルドの派閥じゃあなくて、もう893じゃあね?


それはそれで──。


とりあえず俺は召還猫を抱えて冒険者ギルドを目指した。


「この猫さ。サモンインプと違って召還後に消せないんだな……。継続時間が過ぎるまでこのままか……」


サモンキャットはインプと違って消せないようなのだ。


召喚したら愛で続けないと行けないらしい。


魔法が切れるまでの十二時間も……。


まあ、可愛いからいいか。


でも俺は犬派なんだよね。


皆さんは猫派、それとも犬派?


まあ、どっちでも構わんけど、良かったら皆さんがどっち派かコメントくださいな。


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