2-29【主】

夜な夜なスバルちゃんを拘束した誤解が溶けてから俺たちは森の中に入って行った。


二人で一つずつの空樽をゴロゴロと転がしながら運んでいる。


目指すは森の中の沼地だ。


リバーボアが巣くっているかも知れない場所である。


俺たちが採取する目標の水草は、タールロータスと呼ばれる蓮の葉だった。


沼地に生えている蓮は、そのタールロータスぐらいしか生息していないらしいから間違うことはないそうだ。


そしてタールロータスは乾燥してしまうと質が傷んで使い物にならなくなるらしく、樽に水と一緒に入れて運搬するとのことだ。


新鮮さが重要らしい。


ちょっとばかり重労働になるが仕方ない。


それより問題は、やっぱりリバーボアらしい。


狂暴で人間は勿論のこと、大型の動物ですら襲う蛇型モンスターらしいのだ。


普通サイズで10メートルほどに成長するらしく、十年以上生きると20メートルほどまで成長するらしいのだ。


とにかく、大きな蛇だ。


攻撃的な性格は、空腹時では逃げても追いかけてくるらしく、その速度は人間の足では逃げ切れない速度だそうな。


蛇なのに足が速いらしい。


なんとも蛇足な話である。


なのでリバーボアと出合ってから向こうさんが鎌首を傾げたら、それがヤツの空腹時の合図だそうな。


そうなったら、もう戦闘を覚悟しなくてはならないとか。


「俺一人で勝てるかな?」


俺が未知のモンスターに臆した台詞を吐くとスバルちゃんが言う。


「今まで冒険者ギルドに依頼して派遣されてきた人たちは、面接済みで派遣されたと言ってたから、だからリバーボアに負けないだけの実力が、アスランさんにも備わっていると思いますよ」


「なるほどね。ここに巣くってるモンスターの強さを知ってて派遣するのだから、派遣される冒険者の強さなら負けないってわけか」


「それに私も魔法で援護しますから大丈夫ですよ」


「スバルちゃんは、どんな魔法が使えるの?」


「魔法に関してはポピュラーですよ。基本は錬金術がベースなので、エンチャント魔法が少々です」


「なるほどね。支援魔法か~」


俺は樽を転がしながら覚悟を決めた。


「でも、リバーボアが現れたら俺一人で戦うから大丈夫だよ。スバルちゃんは安全な場所に退避して見ていてくれ」


「はい、そうするつもりです」


あっさり言われた。


まだ縛ったことを怒っているのかな?


そんなこんなで俺たちは空樽を転がしながら沼地に到着した。


なんか雰囲気の悪い場所だった。


草木の形がおどろおとろしている。


沼地と聞いていたから、もっと泥が凄いヘドロの溜まりかと思ったけれど、思ったより普通の池っぽい。


そして、目の前の水辺には黒々とした蓮の葉がみっしりと浮いていた。


水面から水中が見えないぐらいにだ。


「これがタールロータスなの?」


「ええ、そうですよ。この葉と水を樽に入れて帰ります。水の中に入る時はリバーボアに気をつけてくださいね。ヤツらは水面を泳いで近づいて来ますから」


「え、俺が池に入るの?」


「はい、お願いします。そんなに真ん中まで行かなければ浅いので心配ないですよ」


「どのぐらいの深さなの?」


「アスランさんの身長なら膝ぐらいですかね」


そのぐらいなら安心かな。


「ああ、分かったよ」


俺はブーツを脱いで、ズボンの裾を出来るだけ上に上げてから水の中に入って行った。


「水が冷たいよ……」


「我慢してください」


俺は武器を外していない。


ショートソードを腰に下げ、バトルアックスを背負ったままだ。


「うわぁ……、ヌルッとするな……」


水の底はヘドロが溜まっているのかヌルッとした。


でも、確かにそんなに深くなさそうだ。


「じゃあ、これにタールロータスの葉を水と一緒に入れてください」


スバルちゃんが空樽を俺のほうに流す。


ぷかぷかと浮かんだ空樽が俺の側に到着すると、周囲を警戒しながらタールロータスの葉を根本からちぎっては樽の中に放り込む。


足がヘドロに取られているせいか、俺の警戒心が過敏になっていた。


いつ水中からリバーボアが襲ってくるか分からないのだ。


もしも、ここで襲われたら、フットワークが失われている分だけ不利になる。


とにかくそれが怖かった。


俺は両手で一生懸命に蓮の葉を掬っては樽の中にぶち込んだ。


早く済ませて陸に上がりたい一心でだ。


そして、一つ目の樽が満タンになると、水を加えてから丘に上げる。


するとスバルちゃんが次の樽をこちらに渡してくれた。


彼女は俺が新しい樽に蓮の葉を詰めている間に、前の樽の蓋を閉めて運び出す準備をしていた。


「よーし、もう少しで終わるぞ!」


俺がそう意気込んだ時である。


スバルちゃんが叫んだ。


「アスランさん、リバーボアです!」


「なに!」


やっぱり来ましたか!


俺は素早く背中からバトルアックスを取ると、樽を陸地のほうに蹴飛ばしてからリバーボアの姿を探した。


樽はスバルちゃんの前まで流れて行く。


すると水辺の奥から蓮の葉を掻き分けて、何かが水中を進んで来るのが分かった。


「あれだな!」


あれがリバーボアだろう。


水面をクネクネと泳いでやがる。


そして、それは、俺の数メートル前まで近づくと水中から頭を出した。


「しゅるるる~」


蛇の頭部だ。


間違いない、噂のリバーボアだ!


どんどんと鎌首を上げて水面から首を伸ばすリバーボアの高さは2メートルほどあった。


「大きいな……」


首と言いますか、体と言いますか、どっちか分からないけれど、かなり太い。


こりゃあ体長が10メートルあるのは間違いないな。


まさに大蛇だ。


そして、俺を睨んでいるってことは、お腹が空いてるのかな?


捕食する気なのかな?


どっちだろう?


俺の視線とリバーボアの視線が合う。


意外とつぶらな可愛い瞳だぜ。


「ぬぬぬっ……」


「しゅるるる~……」


そして、俺と心が通じ会ったのか、リバーボアは鎌首を返して水中に戻ると右に去って行った。


どうやら戦闘は免れたようだ。


「なーんだ、俺に恐れをなして逃げやがったぜ」


俺が拍子抜けしちゃうなって思っていたら、更に水面から別のリバーボアが頭を出した。


どんどんと鎌首を伸ばして行く。


その長さは5メートルほどだ……。


おそらく水中に隠れている分を合わせると、20メートルはある巨体だろう。


先程のリバーボアと比べると倍の大きさだ。


しかも特大サイズである。


「うわぁ~~。もっと大きいのが来たよ……」


そして新たなる特大リバーボアは、シャーーっとか言って威嚇して来る。


前のヤツと違って、明らかに攻撃的な本能を剥き出しにしていた。


「この子が多分さ。ここの主だよね……」


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