2-21【別れ】

俺はソドムタウンの一角に念願のマイルームを確保したので、荷物を取りにスカル姉さんの診療所に戻ることにした。


だが、なんだか複雑な気持ちである。


なんやかんや言っても一人暮らしは初めてになる。


炊事とか洗濯とか一人で、やれるだろうか?


コンビニも存在しない異世界だ。


ましてや電子レンジすら存在しないんだぞ。


それなのに、炊事なんてやったことがない俺がやれるか心配である。


洗濯機もないから洗濯って、どうするんだろ?


前世では自分の部屋の掃除ですら、ほとんど母ちゃんまかせだったのだ。


整理整頓ぐらいはやっていたが、掃除機すらかけたことがない。


なので、今から色々と心配である。


そして俺は本音を呟いてしまう。


「ちょっと無理っぽいよね……」


皆だって文明の力が無い異世界で一人暮らしとか出来るかい?


今まで語ってきていないけどさ、すっごいことがいっぱいなんだよ、ファンタジーってさ。


言っとくけど、それなりの都会的な町中なのにさ、トイレに紙すらないんだよ。


荒縄があるだけだよ。


あなた方は大便をしたあとに、荒縄でお尻を拭いたことがありますか?


ないでしょう!


ないだろうとも!


俺だってなかったよ!!


初めての時は、意味が分かんなかったし、今でも肛門の皮がズリ剥けそうなんだよ。


超ローテク世界を舐めんなよ!


てか、今は炊事洗濯掃除の問題だよな、失敬。


お尻の話題じゃあないか。


まあなんにしろだ。


このままでは完全にゴミ屋敷を拵えそうだわ。


そうだ!


メイドでも雇うか?


メイドさんって、いくらで雇えるのかな?


てか、どこまでならセクハラにならないのかな?


ソフトタッチぐらいなら笑って許してぇぇええぇええあえああだたあだだだ!!!


心臓がぁぁあああ!!


死ぬぅぅうううう!!


おーちーつーけー!!


俺、落ち着けー!!


ぜえはー、ぜえはー……。


また油断して卑猥な妄想を巡らしてしまったぜ……。


畜生が!


こんなのが続いたら欲求がいつか爆発するんじゃあないか、俺!


欲求どころか股間が何かを発射しかねないぞ!


まあ、いいさ!!


難しいことは考えずに一人暮らしをやってみるだけだ!


まずは、チャレンジだよね。


やってみたら、どうにかなるやも知れないしね。


うん、前向きに行こう!


そんなこんなでスカル姉さんの診療所に到着した。


もう、辺りは日が沈みかけている。


まず俺は、一階の診療所に顔を出してみた。


「ただいま~」


「おかえり」


スカル姉さんは机に頬杖をついて暇そうにしていた。


患者は一人も居ない。


てか、俺が転がり込んでからと言うもの、ほとんど患者の姿を診療所で見たことがない。


「暇そうだね?」


「ああ、暇そうだよ」


「患者さんこないの?」


「こないね」


「なんで?」


「怪我人も病人も少なくて平和なんじゃあないの」


「もしかして、スカル姉さんって、薮医者なの?」


「失礼な、ちゃんとした名医だ。ヒールだって使える魔法医者だぞ!」


「じゃあなんで患者さんが来ないんだ?」


「診療費をきちんと取るからじゃあないのかな」


「え、お金をガメツクガンガン取るの?」


「こっちだって仕事でやってるんだぞ。ただで怪我や病気を治してやるわけがないだろ」


「貧乏人からは、お金を取らないとかしないの?」


「するか。そんな義賊みたいなことは、貧乏人のためにもならないぞ」


「なんで?」


「働かなくてもあの医者は面倒を見てくれるなんて知れたら、私も俺もと、どんどんと貧乏人が押しよせて来る。ほとんどが栄養不足の病人がだぞ。そいつらえの特効薬は何だと思う?」


「え、なにかな?」


「食事だ」


「なるほど、ただの栄養不足だもんね」


「一人に食事を振る舞えば、他のヤツらが私も俺もと次から次にと押し寄せる。一人に施したのに、なんで私には施してくれないのとわがままを言い始める。そこで全員に施せば、こっちが破産して、貧乏人の仲間入りだ」


「ゾンビがゾンビを増やすみたいだね……」


「そう言うことだ」


「じゃあ、なんで行き倒れていた俺を助けてくれたの?」


「それは、お前が……」


「俺が?」


「お前が、死んだ弟に似ていたからさ……」


嘘だな!


「じゃあ、なんで俺がプレゼントしたウルフファングネックレスを速攻で売ったんだ?」


「バレてるの……?」


「うん、バレてるよ」


「もうさ、私の目は治ってるからさ。何せ二年前の負傷だよ。そんなの流石に治ってても可笑しくないじゃんか。あははははーー」


「なに笑ってんだよ、薮医者が!」


俺はチョキで目潰しを放った。


「ぎゃぁぁぁあああ!!」


モロに目潰し攻撃を食らったスカル姉さんは、髑髏マスクを押さえながら床の上をのたうちまわる。


しばらくしてスカル姉さんもダメージから復活した。


「おー、痛い……。じゃあ夕飯にしようか」


「うん」


俺は夕飯を食べながら、食事後に診療所を出て行くことをスカル姉さんに告げた。


住む場所も見つかって、賃貸契約も済ませてきたと言う。


「そうか、やっと出て行くか」


「うん……」


そして、食事も終わり荷物をまとめて旅立つ時が来た。


俺とスカル姉さんが玄関で向かい合う。


「長々とお世話になりました、スカル姉さん」


「じゃあ、たまには顔を出せよ」


「不味いけど、たまに飯を食いに来ます」


「不味いなら来んな!」


「冒険の旅が終わって、ソドムタウンに帰ってきたら、必ず顔を出すね」


「そうか、冒険者として頑張れよ」


「うん」


「死ぬなよ」


「うん」


夜になって辺りも暗いが、二人の空気も暗くなっていた。


「それとさ、さっきの弟の話だけど……」


「嘘だ。騙されたか?」


「うん、騙され続けそうだ」


「そうか」


スカル姉さんは笑顔で見送ってくれた。


そして、俺たちは別れた。


俺は荷物を背負って新居を目指す。


声を掛けてくる風俗嬢を無視して俺は俯きながら歩いた。


ふと、何気なく顔を上げる。


空を見上げれば、ソドムタウンの屋根が赤い夕日で照らし出されていた。


え?


照らしだされる?


夜なのに?


赤く照らし出されるの?


その時である、男の声が叫ばれた。


「火事だーー! 火事だぞぉーー!!」


えっ?


まさかね……。


そう言う落ちで来ますか、ここまで引っ張ってさ……。


俺は走った。


新居に向かって。


そして、目撃する。


俺が借りたばかりの新居が建物ごとゴーゴーと派手に燃え上がっているのを……。


うん、予想通りのオチですわ。


ここまでの数話がすべて台無しですな。


なかなかの損害だよね。


そして俺は、わざとらしく声を出した。


「わぁ~お、どうすっかな~。困っちゃったな~。家が燃えてますわ~」


笑顔の俺は引き返した。


住み慣れた家に向かって───。


スカル姉さんの診療所に────。


「ただいま~!」


「帰るの早っ!?」


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