2-3【ドクトル・スカル】

呪いの激痛のために気絶していた俺が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。


縛られていない───。


なんだかそれだけで安堵した。


ベッドに仰向けになる俺は部屋の天井を眺める。


「あ~……、知らない天井だな~……」


自分で言ってから思ったけれど、どっかで聞いたことのある台詞だな。


まあ、いいか──。


そして、右にある窓からは日光が燦々と入って来ていた。


知らない部屋である。


「眩しい……」


俺は上半身を起こしてから部屋の中をゆっくりと見回した。


俺が寝ているベッドの横に、もう一つベッドがある。


その他に、これといって目だった物は部屋の中にない。


なんとも殺風景な部屋である。


まるで病室のようだった。


ベッドとベッドの間に俺のバックパックが置かれていた。


シミターもショートソードもある。


どうやら今回は盗まれた物はないようだ。


それにも安堵した。


魔女に拘束されたさいには、荷物はマジックアイテムごと全部失ったからな。


俺はベッドから立ち上がると靴を穿いて窓際に立った。


どうやら二階のようだ。


外を見ると狭い裏路地と数人の娼婦が見下ろせた。


「どうやらまだソドムタウンに居るようだな」


俺がボケッとしていると、部屋の扉が開いて人が入って来る。


「よぉ~、少年。もう立ち上がって大丈夫か?」


話し掛けてきたのは女性だった。


スラリと背が高い女性は、ボディコンドレスに白い白衣を纏っていた。


首には聴診器を下げているので、娼婦じゃあなくて医者なのだろう。


女医だな。


女医って、なんだかエロイ響きだよね。


ぅぅ……、要らんこと考えた……。


ちょっと痛い……。


でも、ナイスボディーとは裏腹に、シャープな顔には怪しげな髑髏の仮面を着けていた。


額、頬、鼻を隠した髑髏の白い仮面。


赤いルージュが塗られた唇だけが怪しく露出されていた。


それでも彼女が美人のお姉さんだと判別できる。


「あんたが俺を助けてくれたのか?」


コスプレかな?


女医さんプレイの娼婦なのか?


俺の質問に腕を小さな胸の前で組んでいる女医がやる気なさそうに答えた。


「ええ、そうよ。ここまで運んでくるのは、大変だったんだぞ」


「あ、ありがとう……」


礼だけは述べておく。


女医は、さばさばした口調で話す女性だった。


とても気さくなお姉さんに思えたし、彼女のボディコンを見ても余り興奮しない。


ペチャパイだからだろうか?


なんだか実の姉を見ているような感覚だった。


だが、女医というキーワードは別であるので気をつけよう。


要らん妄想に繋がり兼ねない……。


そして、女医が自己紹介をする。


「私はドクトル・スカル。スカル姉さんっとか、先生って呼ばれているわ。どちらでも好きなほうで呼んでいいわよ」


「じゃあ、スカル姉さんで」


「先生って呼べよ!」


「選択肢、ないじゃんか!?」


「まあ、いいわ。あんたは弟みたいな年頃だろうからスカル姉さんでも許してあげる」


「許すんかい……」


「で、あんたの名前は?」


「アスランだ」


「うわ、ダサイ名前ね」


なに、ダサイの!?


マジで!?


「で、あんた何か病気なの。私の見た目だと心臓が病んでるっぽいけど」


ああ、やっぱり医者にはそう見えるよね。


まあ、本当のことを言ってもいいかな。


「実は言うと、病気じゃあなくて、呪いに掛かってまして」


「あら、そうなの。それじゃあ私の専門外ね」


「どんな呪いか訊かないのか?」


「なに、訊かれたいの、あんた?」


「訊かれたいと言いますか、話したいと言いますか……」


「どっちなの、ハッキリしなさい!!」


うわ、怒られた!!


「じゃあ、いいわ。話さねぇよ……」


「なによあんた、ここまで焦らして話さんのかい!!」


「聞きたいんかい!!」


「いいから話せよ。聞いてやるからさ!」


俺は少しむかついたが話してやる。


「エロイ事をすると死ぬ呪いなんだ。ちょっとでもエッチなことを考えるだけでも心臓に激痛が走るんだわ……」


「なにそれ、バカ!?」


「バカとか言うなよ、バカ女医が!」


「お前こそバカとか言うなよ。人のことバカっていうヤツがバカなんだからな!」


「バ~カ、バ~カうるせーーよ!」


「なにを、ウッキィーーーー!」


「やるのか、ウッキィーーーー!」


俺と女医は掴みあって揉めた。


やっぱりこの女医は馬鹿だ!


絶対に馬鹿だ!


少し間を置いて二人は冷静さを取り戻す。


「あんたそんな馬鹿げた呪いに掛かってるのに、なんでこの町に来たのよ。自殺行為じゃない?」


「知らなかったんだよ。この町がさ、ここまでピンク色な風俗街だなんて……」


「あんた、潜りかなにかなの。この辺じゃあ有名な風俗街よ、この町は」


「遠い土地から来たばかりなんだよ。だからこの辺のことは何も知らなくて……」


「そうなのか。で、これからどうする?」


「冒険者ギルドにマジックアイテムを売ったら、直ぐに町を出て行こうかって考えている」


「マジックアイテムを持っているのか、お前が?」


「ああ。こう見えても俺は冒険者だ」


ドクトル・スカルは意外そうな顔をしていた。


「どんなマジックアイテムを売る積もりなんだ?」


「これだよ」


俺は売ろうと思っていた魔法のランタンをバックパックから取り出して見せた。


魔法の効果を説明する。


「魔法のランタンで、油の減りが1/10になる魔法が掛かってるんだ。こんな物でも売れるかな?」


「ちょっと触ってもいいかしら」


「ほれよ──」


スカル姉さんが、魔法のランタンを手に取りまじまじと眺める。


クルリと回してランタンの裏側まで丁寧に確かめていた。


「確かに魔法の気配は感じられるわね……」


「そんなランタンでも売れるのか?」


俺は再び売れるかどうか訊く。


「売れるも何も、マジックアイテムなら高額で売れるわよ。少なくとも魔法使いギルドが魔法研究のサンプルとして、何でも買い取ってくれるわ」


「じゃあ、それも、少なくとも売れるのか」


ちょっぴり安堵した。


それを売るために、この町に来たのだ。


売れなかったら、ただ地獄に飛び込んで、ぶっ倒れただけになる。


そりゃあもう、ただのくたびれ儲けだ。


スカル姉さんが言う。


「これは良いものね。家電アイテムは貴族や金持ち商人の間でも人気よ。良かったら私が買い取ってあげるわよ」


「でも役人が、観光ビザだと冒険者ギルドでしか売れないって言ってたぞ?」


「あんた、商業ビザじゃあないの?」


「うん……」


「やっぱり馬鹿だね、あんた」


「なにを!?」


「もう一回ゲートに戻って商業ビザを取ってきな。鑑定済みのマジックアイテムを冒険者ギルドなんかに売ったら安く叩かれるわよ」


「そうなのか?」


「四割から五割ぐらいは叩かれるぞ」


「そんなにも!?」


「鑑定してないと鑑定料だとか何だかんだケチをつけられてな」


「そうなのか──」


「なんなら、私が買ってやろうか。これなら1000Gぐらいで買ってやる。油の相場が一回補充分で3Gぐらいだから300回分ぐらいはお得だからな」


「なるほど」


俺はスカル姉さんに魔法のランタンを売ることにした。


商業ビザを取り直すのは面倒臭かったから、潜りで売買する。


スカル姉さんも、ばれなければいいと言っていた。


彼女も悪よのぉ~。


この女医とは、なんだか気が合う。


本当の姉貴のようだった。


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