きまぐれで女勇者に鍛えられた村人Aなボクが、勇者になるまで

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第1話 女勇者さん、鍛えてください

 あるとき、ボクは水浴びをしている天使を見た。


 その天使は胸こそ大きいが、腹筋が六つに割れている。肌のあちこちに傷はあるけど、ツヤ自体はキレイだ。ほんと、天使みたい。


 そんな天使に、迫りくるハチ共が。


 ボクは、ハチミツを取りに行っていたんだった。ボクはようやく、自分の役割を思い出す。


 それより、あの人を助けないと。


「このー。あっちへいけー」


 マッチを擦って、竿付きの煙玉を炊いた。ハチを巣から追い出すアイテムだ。なるべく天使のハダカを見ないように、ボクはハチを追い払う。


 だが、ボス格の巨大ハチまで現れてしまった。


 コイツに、煙玉は通じない。


「どいてろ、小僧」


 天使が、ボクの前に立つ。タオルを自分の身体にかけ……ず、タオルをムチ代わりにしてハチを追い払った。


 たまらず、巨大ハチも退散していく。


 タオルだけで、モンスターを退治するなんて。


「ケガはないか?」


「は……いっ!」


 顔を向けると、お姉さんの裸体がすぐ側にあった。


 ボクは顔をそらす。


「わたしはシルヴァーナ、冒険者だ。キミは?」


「フィオといいます。この湖の先にあるトレンの村に住んでます。よろしければ、休んでいかれますか?」


「助かる」


 冒険者シルヴァーナさんが、街娘風のインナースーツを着る。続いて、銀色の鎧を身に着けた。


「まさか。あなたは、勇者シルバー・ソニック!」


 若くして魔王を倒し、世界を救った伝説の勇者である。


 銀色の仮面をかぶり、正体はわからないと言われてきた。こんなキレイな女の人だったなんて。


「そう呼ばれることもあるな」


 勇者シルバー・ソニックに手助けをしてもらいながら、ハチの巣から蜜を取る。


「お礼の、ハチミツとレモンのドリンクです」


 村に戻ってクエストを済ませ、ボクは勇者を自宅に招いた。


 わが村の名産は、本当はハチミツ酒だ。

 けど、勇者はお酒が飲めないという。


「シルバー・ソニックほどの大物冒険者が、どうしてこんな小さい村に?」


「この村の近くにダンジョンができたと聞いたので、討伐に来た」


 ただ村に入るのでは、モンスターの返り血で汚れすぎていた。洗い流すために、この湖で休んでいたという。


 たしかに、この湖は精霊の加護があって回復機能までついている。万全を期すために、身を清めていたのか。


 ダンジョンは、この世界に浮遊する瘴気が自然界と融合して自然発生する。


「おおかた、魔王の残党かなにかだろう。となれば、見過ごせない。新たな魔王が誕生してしまうかも知れんからな」


 魔王は倒されたが、まだまだ平和になったとはいい難い。


「そうですか。あの、不躾なお願いなんですけど、ボクを弟子にしてください」


「なんだって?」


「ボク、強くなって冒険者になりたいんです」


 シルヴァーナさんに頭を下げて、ボクはお願いをした。


「ここはゴブリンとかの、自警団でなんとかできる規模の魔物しか出ない。村を守る程度なら、それなりでいいじゃないか。それに、キミは冒険者向きの体つきじゃない。焦る必要はないと思うが?」


「村の大人にも言われました。お前には才能がない、って」


「わたしから見ても、そう思う」


 ハチミツドリンクを飲みながら、シルヴァーナさんは告げる。


「強くなってどうするんだ? わたしの力は、人間には過ぎた力だ。イタズラ目的で習得はさせられない」


「わかっています。でも、ボクはどうしても強くならないといけないんです。お願いします」


「普通の生活は、イヤか?」


「そういうわけじゃないです。でも、ただの村人で終わりたいとは思っていません」


「わたしは、普通の村人でも立派だと思う」


 意外な言葉が、勇者さんから出た。


「そうなんですか。世界を救うほうがすばらしいと思うんですが……」


「いや。荒れ地を耕し作物を育てる人も、街でものを売る人も、みんなすばらしい。わたしが手に入れられなかったものだから。キミだって、誰かのすばらしい人になれるさ」


「だとしたら……ボクはもっと強くなりたいです」


 ボクの意思は、変わらない。


「わかった。強くなるということは、それだけ責任が伴うぞ。やれそうか?」


「はい」


「実はわたしも、才能というものを信用していない。向いていないと言われて、黙って引き下がるのは性に合わん」


「ボクも、同じ気持ちです」


「とはいえ、実験的な扱いになる。いわば気まぐれだ。それでもいいか?」


「ぜひ」



 ようやくボクは、勇者の弟子一号となった。

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